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たぶんはじめてのおつかい⑥




 ◇ ◇ ◇




「んあー! 弁護士が来るまで話しません!」


 薄暗い室内で太ったメガネの青年、タクオ・ナードが複数の男達に押さえつけられ、裏返り気味の声を上げる。


 タクオの部屋にはアライシティ治安部隊が突入していた。マヨとマロンナが倒したドローンとキントキの通信記録から、犯人がタクオであることを特定したのだ。


「痛いです! 何なんですか! ハラスメントですよ!」


「ナマ言ってんじゃねぇー! 余罪滅茶苦茶めちゃくちゃあるじゃねえかてめェー!」


 押さえつけていた治安部隊員達は一旦手を放し、警棒を持ってタクオを叩き始めた!


 ガンガンガンガンガンガン!


 アライシティ治安部隊の気性は荒い。街の定めたルールはちゃんと守り、横領・収賄などはほとんどないが、ルールを破った人間に対しての攻撃性の高さはやりすぎと言われても仕方のないレベルである。ドローンと作業ロボの遠隔操作騒動だけでなく、通信ネットワークを利用しての侮辱ぶじょく罪・脅迫きょうはく罪など、タクオには複数の余罪がある事も今回の捜査で発覚。それは治安部隊員達の怒りを爆発させるのに十分じゅうぶんな事実であった。怒りのエネルギーは警棒を振る力に変換され、タクオを襲う。


 ガ  ン  !


 一撃。タクオの頭に、他とは違う重さと衝撃の一撃が、入った。


 時間の流れが遅くなる。タクオはそれに気づくこともなく負の感情に呑まれ続ける。なんで、なんでだ、何もしていないのに、あいつらが悪いんじゃないか、どいつもこいつも、ミチぽん、なんで、なんでこんな目に。


 愚かな青年の意識は暗い底へ落ちていく。何を間違えたのか、わからないまま。




 ◇ ◇ ◇




「あー! もう冷蔵庫入んねえぞ!」

「仕方ねえ食うぞ今日、全部! 全員で」

「いや食えるか!? この量……」


 日が落ちて少し経った頃。レトリバーの厨房ちゅうぼうではスタッフ達が大きな冷蔵庫の前で作業しながら騒いでいた。というのも――


「沢山もらっちゃったねえ、事件解決のお礼……」

「もう飢え死にはしねぇです!」


 テーブル席で休憩するマロンナの隣で、マヨがフライドチキンにかぶりつく。


 街で暴走する作業ロボを停止させ、被害を小さく抑えた二人は街の人々に盛大に感謝された。半ばお祭り騒ぎのような雰囲気でもみくちゃにされながら、大量の肉・野菜・魚・果物・etc.をプレゼントされたのだ。ソラマメ一機だけで運びきれる量ではなく、結局またトレーラーを借りてなんとか艦に運び入れ……今、そのデカすぎる感謝の気持ちに厨房のスタッフ達は圧倒されている。




「しかしアレだ、やっぱ小さい子に簡単におつかい頼んじゃいけねえな」

「ンだねー、おばさん左腕大丈夫?」


 対面に座るニッケルとリンコは缶ビールを飲みながら話す。


「治るまでちょっと時間かかりそうだから、料理は他のみんなに手伝ってもらわなくちゃねぇ。ゴメンねぇ」


 マロンナの左肩の様子は洋服でかくれて見えない。だがテーブルに座っている今、身じろぎ一つするのにも慎重になっている様子を見ると、確かに完治までは少し時間がかかりそうだ。


「いやいや、おばさんのおかげでマヨが大した怪我ケガもせずに戻ってこれたんだからよ」




 ニッケルがフォローを入れる横でリンコはマロンナをじっと見つめる。


「マヨに聞いたんだけど……おばさん、空飛んでるドローンを小石で破壊して、宙に投げ出された大人を空高く飛んでキャッチしたり、トレーラーくらいデカい作業ロボ転倒させたり――」

「いや! その、私は別に昔そういう、傭兵ようへいとか賞金稼ぎみたいな? 仕事をやってたとか、そういうのじゃあ……ないよ?」

(この期に及んでまだ誤魔化ごまかしたいのか……!)


 目が泳ぐマロンナに、ニッケルとリンコは疑惑ぎわくあきれの視線を向ける。




「クソァ! 豚丸ごと一頭とかあるぞ!」

「こっちは二百キロのカボチャだ!」

「料理長! なんかいい作戦ねえか!」


 渡りに船とばかりにマロンナは椅子から立ち上がる。


「厨房大変そうだねぇ! ちょっと見てくるわね!」


 逃げ出すようにテーブルから離れていくマロンナに、じっと視線を向け続けるニッケルとリンコ。マヨは肉汁溢れるフライドチキンを口いっぱいに入れながら、その光景を眺めていた。




 ◇ ◇ ◇





 翌朝。レトリバー医務室。


 部屋の外から、朝の業務を行うクルー達がひびかせる雑音が聞こえてくる中、カリオは頭の後ろで手を組み、仰向けになって天井を見つめていた。


「あら、ヤムさんは今いないのね」


 ひょっこりと医務室の入り口からマロンナが顔を出した。


「すれ違わなかったか? 朝メシだと思ったんだけど」


 カリオは体を起こす。しばらく動かしていない体はどこか関節や筋肉に違和感がある。カリオはその場で首を回してみた。


「トイレかもねぇ。それはそうとだいぶ良くなったみたいね、ホッとしたわ。あ、昨日ね、いっぱい貰っちゃって――」

「ああ、聞いた。なんでも派手にトラブルに巻き込まれてそれで――」


 カリオがそこまで言いかけると、ドサリと部屋の端のテーブルに何かが置かれた。

 見たことのない、大きさ二十センチメートル弱の謎の巨大な卵が数個と、ワイバーンのような謎の生き物の丸焼き。


「ナニソレ」

「……大丈夫よ。昨日食べた子達は美味しいって言ってたし、今朝もピンピンしてたわ」


 カリオは怪訝けげんな顔をする。食べろ、という事だろうか。


「聞いたんだけど……おばさん、空飛んでるドローンを小石で破壊して、宙に投げ出された大人を空高く飛んでキャッチしたり、トレーラーくらいデカい作業ロボ転倒させたり――」

「いや! 昔は物騒な二つ名まで付いてた傭兵だったとかそんなんじゃないわよっ!? ブラッディ・オーガとかじゃないから!」


 それはもう必死で否定するマロンナにカリオは疑惑と呆れの視線を向ける。




「……昔、か」


 マロンナは巨大卵と鳥の丸焼きの隣に普通サイズの卵を置きながらぽつりと言った。


「マヨちゃん、昔の事思い出せればいいなって思ってたけどさ。もし、すごく凄く辛いことを経験してたとしたらって、ちょっと心配になるのよね。いつか来るかもしれない記憶を取り戻す時のこと」


 上を向くマロンナが話すのを、カリオは静かに聞く。


「私もアンタも、他のクルーだって、みんな思い出したくない、忘れたくないコトって少なからずあるじゃない? そういうの、綺麗きれいサッパリ忘れちゃってる方が幸せかもしれないのかなとか……いや、いけないわね。あの子はきっと思い出したがっているのに、こんなこと言っちゃ」

「わかるよ」


 カリオはまた頭の後ろで手を組んでドカっと仰向けになった。


「俺も時々そう考えちまうよ。あんな小せえのに荒野のド真ん中にほっぽり出されてたんだ。ろくでもないコト、経験してるかもしれねえ。思い出した方がいいのか、それとも忘れたままにしておいた方がいいのか、正直俺も、どっちがいいのかわかんなくてさ」


 天井を見つめるカリオ。卵を指先でつつくマロンナ。




「……ただ、おばさんには自分の昔の事、忘れて欲しくねえな」

「あら、どうして?」

「今みたいなウマいメシの作り方まで忘れられちゃ困るし」

「……アンタって勝手ねぇ。ふふっ、ま、ウジウジ考えても仕方ないか」




 マロンナはよしっと息を吐いて、立ち上がった。


「厨房の様子見てこなくちゃ。私も怪我の様子をてもらわなきゃだから、また昼頃に何か持ってくるわね」

「いや……! この謎卵と謎ドラゴンで十分じゅうぶんだから!」


 露骨に遠慮するカリオ。その時、食堂の方から叫び声が聞こえてきた。


「料理長ー! これ食えるのかー!? なんか青と緑だぜ!?」

「はーい、すぐ行くからー!」


 これ以上変な食べ物はいらないと主張するカリオをスルーして、マロンナは元気な声で答えると食堂へ向かっていった。




(たぶんはじめてのおつかい おわり)

(ダンス・オブ・バトルオジョウサマへ続く)



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