◇ ◇ ◇
「えっ、ちょっ何、えっはぁっ!? アァー! 何でぇー! ほあぁー!」
薄暗い室内でタクオは甲高い奇声を上げた。遠隔操作していたドローンからの映像が突如途切れたのだ。破壊されたのか? 誰に? それとも不具合? タクオは頭をかきむしる。
つまるところ、ユニバーサ店舗前のドローン暴走騒ぎはタクオの仕業であった。ドローンの制御に使われているコンピューターをハッキングし、自室から手動操縦していたのだ。そんなすごい技術があるのなら何故もっと真っ当な方向に生かさないのか。
タクオは何度もPCデスクをバンバン叩いて息を荒げる。 そして再び頭をかきむしるとモニターに向き直った。
「いいし! もう、こんなん、こんなんさー、もう本気出すし、もう知らんからな、許さん、ほんまに、アァ」
モニターには先ほどとは違うパスワードの入力フォームが表示された。
◇ ◇ ◇
「よし、搬入OK! 助かったぜ」
レトリバーのメカニックの一人がタオルで顔の汗を
「ニッケルとリンコのテスト、長引いてんだよ。なんか不具合でもあったんだろうな。カリオのクロジの修理も忙しいし、あんたらが装備取りに行ってくれて助かったよ」
「ふんすふんす!」
ソラマメから降りて休むマヨは、メカニックのお礼に対して喜びの感情を思いっきり表情に出し、鼻息を荒くする。
「カリオの様子はどんな感じか聞いているかい?」
マロンナは街で買ってきたペットボトル飲料を口にしながらメカニックに尋ねた。
ことクルーの病気や怪我にマロンナは敏感である。うっかり大袈裟に伝えてしまったりするとしばらくつきっきりで身の回りの世話をされかねない。そんなマロンナはレトリバーのクルー達、特に若い連中にとっては単なる料理長以上の存在になっている。
「カリオは見た感じ大丈夫そうだったぞ。ヤムさんがまだしばらく安静にって言ってるけど、もう大事になる心配はなさそうだ」
「そりゃよかった! あとで見舞いの品も買ってきちゃおうかねえ。ありがと」
そう話すマロンナの隣で、マヨはペットボトルを逆さまにして飲料を飲み干した。
「行くです!」
「元気ねえ、ホントに大丈夫?」
マヨは頷くと勢いよくソラマメのコックピットに飛び乗った。
◇ ◇ ◇
アライシティ、市街地。
とある町工場。屋根の高い作業場で、人の身長よりも随分大きい金属製品に傷などがないか、複数の作業員がチェックしている。
「よし、問題ないだろう。『キントキ』でトレーラーに載せてくれ」
年配の男性作業員が、若い男性作業員に指示を出す。
「はい……あれ、今日使用許可取りましたっけ?」
「あ、忘れてたな。後で部長には俺が頭下げておくから気にせず持って来てくれ」
若い作業員は頭を下げると工場の屋外へと出た。
「キントキ」は「ソラマメ」と同じメーカー製だが少し仕様の違う作業ロボだ。グリーン色のソラマメに対してブラウン色のキントキ。キントキの方がやや高額で一部のスペックが高い。
若い作業員が敷地の一角に佇むキントキを目指して歩いていく――作業員は目を細めた。キントキが……動いている?
作業員は慌ててキントキに走り寄った。誰かが先に乗ったのだろうと、声をかけるつもりで。
だがすぐに作業員は足を止めて、逆に後ずさりし始めた。目の前のキントキは大きく腕を振り回したり、地球でいう「力士」のように四股を踏むような仕草をし始めたのだ。明らかに同じ工場で働く仲間がさせている動きではない。
キントキは若い作業員を視界に入れると、腕を振り回しながら近づいてきた!
「おわっ! なんだ誰だ!? クソっ泥棒か、誰か! 誰か!」
◇ ◇ ◇
トレーラーを店に返却したマヨとマロンナは、停泊所へ向かって帰路についていた。
「あ、そうだ、お見舞い。他のみんなにもお土産とか……でもマヨちゃん付き合わせちゃ悪いか」
「ばっちり付き合いますよ! ソラマメ強いしボデーガードです!」
「あら頼もしいねえ、無理せず疲れたら言ってね」
少し傾いた太陽の光が当たる通りを、そう二人が話しながら歩いていた時である。
奥の方から沢山の人々が走ってくる。何かから逃げている様子だ。奥の方へ目をやると、路肩の自動車や屋台を無差別に破壊しながらこちらへ向かってくる大きな「何か」が見える。
「何かしら……あれってまさか」
「うおおお!? ソラマメのお兄さんです!?」
マロンナとマヨは身構える。近づいてきて見えてきたのは、マヨのソラマメと似ている、丸みを帯びた作業ロボ。町工場から飛び出してきたキントキだ!
「もしかしてさっきのドローン騒ぎと関係あったりするのかしら、てか危ないわね、マヨちゃん下がって……」
マロンナが言いかけた時、突然、キントキの方向から悲鳴が上がった。
振り上げられたキントキの腕、その先を見ると――人が掴まれている!成人した女性と思われる通行人が、キントキに捕まって中空に持ち上げられていた!
(まずい、洒落になってないわ!)
マロンナがキントキを見据えて腰を落としたその時。
「うおおおおお!!」
マヨのソラマメがキントキに向かって走り出した!
(たぶんはじめてのおつかい⑤へ続く)