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たぶんはじめてのおつかい③




 ◇ ◇ ◇




「お……もう痛くねえな」


 カリオ・ボーズは胸に大きく残った縫合のあとをさする。


「運動はダメだ。あと五十一時間三十三分四十二秒は安静にしていろ」


 机の上の時計を見ながらレトリバーの船医、ヤム・トロロはカリオが何か言う前にぴしゃりと制止した。


「クソ、今は全然寝られねえし暇なんだけどな」

「ふむ、インスタント麺の待ち時間ぐらいなら暇つぶしできるかもしれん。見てみるか?」


 そう言うとヤムは、ベッドの上で座るカリオの脚の上に何枚かの紙を置いた。


「お前にその派手な傷をつけた相手な、ある程度素性がわかったらしい。艦長に借りてきた」




 カリオは紙を手に取って読んでみる。布告されたばかりの賞金首の情報だ。どこにそんなものが存在していたのか、先日交戦した四人の真正面からの顔写真がきっちりせられている。ヤムは黒縁くろぶちメガネをかけ直した。


「エナルゲ・ファミリーってマフィアについては、俺よりお前さんの方が詳しそうだな。そのマフィアが壊滅したらしい。ツツミシティがその写真の奴らに襲われる少し前にな」

「エナルゲ・ファミリーが?」


 カリオは驚いた表情を見せる。エナルゲ・ファミリーといえば規模こそ大きくはないものの、強力なビッグスーツ部隊を抱えている事で有名だった。腕利きの傭兵や他勢力のパイロット達が次々に敗北をきっし、カリオ達をようするレトリバーも自分達の実力をかんがみて、出来る限り交戦を避けるように立ちまわっていた程である。


「内部抗争らしい。そのユデン・イオールって奴が主犯で間違いないって見方だ」

「エナルゲ・ファミリーの構成員だったのか……でも四人とも初めて見る顔だ。エナルゲ・ファミリーのビッグスーツ乗りで有名だったのは何人か顔写真を見たことがあるけど……」

「その資料は複数の街の調査によるものだが、それだけ色々わかっていてツツミシティでの一戦以外の交戦情報が記載されていない。マフィアに所属していた時はあまり目立ってなかったみたいだな」


 信じられねえ、とカリオは資料を見つめたまま声に出す。五十の人型兵器を壊滅させた四人が、マフィアにいた頃は花の世話や皿洗いでもさせられていたのか? カリオは納得いかない様子で眉間にしわを寄せる。


「流石に懸けられた賞金は高額だ。ユデン・イオールが三億テリ、他の三人――タヨコ・ソーラ、チネツ・マグ、フリク・フシャがそれぞれ一億五千万テリ」

「いい額じゃねえか……うーん、誰かさっさとブッ倒してくれねえかな」


 カリオは読んでた紙をポイっと布団の上に放り出すと両手を頭の後ろで組んで仰向けになった。


「お前さん、リベンジはいいのか?」

「いや~流石にアレとは出来ればやりたくねえ……でも放っておくと街が次々に更地にされそうだから誰かやっつけて欲しい」

「他力本願だねえ……それはそうと気をつけないとな。頭角を現してきた奴はそいつらだけじゃねえ。最近はあちこちで動きがある。流れてくる情報には目を光らせておかねえとな」


 ヤムは資料を手に取り、運動はまだダメだとカリオに念押しして、自分の机に戻るとテレビを見始めた。




 ◇ ◇ ◇




「ふぬうううう! ふんすふんす!」


 十メートルはあろうかというビームスナイパーライフルと、それよりかは小ぶりだが、やはり大きなシールドをせたトレーラーに牽引チェーンを装着して、マヨはソラマメでチェーンを引っ張る。


 ゴゴゴゴゴゴ


 車輪が回り、ゆっくりとトレーラーが動き出すと、そばで見ていたマロンナは歓声を上げて拍手をした。「ユニバーサ」のロゴが入った作業着を着た店の社員も安心した様子だ。


 ビッグスーツの各種装備・部品販売業者である「ユニバーサ」の店舗は、扱っている商品が商品だけに、屋根のある部分は少なく敷地が広い。本来であればAIで管理されたトレーラーヘッドが縦横無尽に行きかう中々迫力のある光景が見られるのだが、今日はトレーラーヘッドは見られず、代わりにトラブルに振り回される客とその対応に追われる店員が動き回っている。動く物体のサイズがあまりにも違うので、いつも以上にその敷地は広く感じる。


「お手数をおかけします」

「いいのよ割引までしてもらっちゃったし」


 頭を下げるユニバーサ店員にマロンナは笑顔で声を返す。


「装備を運び入れてトレーラーを返却して……ここから一往復半だね。結構距離あるから、マヨちゃん疲れたら無理しないで言ってね」

「大丈夫です、ふんすふんす」


 二人が店舗の出入り口をまたごうとした時だった。




 ブブブブブブブブ!


「きゃあ!?」

「わわっわ!?」


 店舗の外では沢山の通行人が飛び回る何かを必死に避けている。一瞬、はちか何かかと思ったがその予想はハズレだとすぐにわかった。飛びまわっている物体は虫どころか鳥よりも大きい。


 ブブブブブブブブ!


 人々が避けているのはドローンだ。どこの所有物だろうか。取り敢えずあんな風に人に危害を加えようとするモノは普通は街に存在しない。街に元からあるものでなければ、例えばテロリストが攻撃に使うモノなどであろうが、それなら爆弾積むなり、市民ではなく要人や重要な施設を狙ったりもっと物騒だ。


 恐らく目の前のこれは、個人の所有物のドローンか、あるいは他人の所有物をハッキングしたドローンを悪戯いたずら目的で飛ばしているのであろう。




「あらま、性質タチの悪い悪戯するわね、っていうかぶつかりでもしたら悪戯じゃ済まないわね」


 言うなり、マロンナは地面の小石を拾った。縦横無尽の予測がつかない軌道で飛び回るドローンを見据える。


 マロンナは体をひねり左足を上げて片足立ちの姿勢になると、その左足を踏み出して体重を移動させながら、右腕を勢いよく上から振り下ろす形で小石を投げた。地球時代から親しまれ、惑星マールでも楽しまれているスポーツ、「野球」でボールを投げる時の動作だ。


 ヒュッ!


 小石は独特の風切り音を立てて凄まじい速さで宙を飛ぶ。


 カァン!


 ライフルの弾丸の如き速さで飛ぶ小石は、ハエのように不規則な軌道を描いて飛ぶドローンに命中、ドローンのボディを貫通して穴をあける。ドローンは動作を停止して、力なく地面に墜落ついらくした。


「よし! ……ん?」


 小さくガッツポーズしたマロンナは周囲からの視線に気づく。投球を目撃した通行人は皆、口を半開きにして呆然としている。無理もない。予測不能な動きかつ高速で飛び回る金属の塊に小石で穴をあけたのだ。


「あ……流石にどこのドローンかわからないのに勝手に叩き落しちゃったらマズかったわね……!」


 違う、そうではない。横に立つソラマメのコックピットではマヨがツッコむべきか否か迷っていた。


 周囲の困惑の理由を勘違いしたままのマロンナと、トレーラーを引っ張るマヨはユニバーサの店舗を後にした。




(たぶんはじめてのおつかい④に続く)

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