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極秘書物を奪還せよ!②

 レトリバー応接室、二人掛けソファの中央に老人が座っていた。掛けている片眼鏡モノクルや小奇麗なスーツベスト姿のせいもあり、知的な印象を受ける。老人はテーブルに置かれたティーカップを持ち、紅茶を一口飲んでふうっと小さく息を吐いた。


 テーブルを挟んで応対するのは、艦長のカソック・ピストン。この老人――ワタゲ・フワーリは仕事の依頼に来ていた。


「ハードな仕事になりそうだな……ちと高くつくがいいかい?」

「どれ、成功すればこれだけ出そう」


 カソックの言葉を聞いてワタゲは小切手を取り出し、金額を記入して見せた。書かれた額を見て、紅茶を飲みかけたカソックは盛大に吹き出した。


「ゲホッ、ゴホッ、すまねえ……でもこれ書き間違いじゃねえのか!?」

「あの書物を取り返すのであればこれぐらいは当然。成功した暁にはこの小切手を渡そう。ただし――」


 ワタゲは小切手を茶色のブリーフケースにしまうと、人差し指を立てて一言付け加えた。


「何の書物かは確認しないこと」




 ◇ ◇ ◇




 レトリバーは荒野地帯から草原地帯へと進んでいく。 


 先日まで黄土色の岩と土が地平線まで続いていた舷窓からの景色が様変わりしていた。背の低い草の絨毯と遠くに見える若々しく美しい木々が、見る者の胸に爽やかな風を送り込む。




 そのブリッジ。艦長に呼び出された三人の傭兵は、契約書類に書かれた報酬額を見て戦慄していた。


「うわあああああ……」


 カリオとリンコは口を半開きにして言葉を発せずにいる。


「正気かよ……いやワタゲ・フワーリならあり得るのか?」


 ニッケルはギリギリ言葉を発せられる程度の理性を保っていた。


「えー……有名な学者さんってこんなにくれるもんなの?」


 なんとかして離脱しかけてた意識を取り戻し、リンコは口から戸惑いの言葉を発した。


 ワタゲ・フワーリはテエリク大陸における物理学の権威である。とりわけ有名な実績は、彼の姓から名付けられたフワリニウムという物質の発見・実用化であろう。電気エネルギーを加えると強い斥力せきりょくを生み出す、摩訶不思議まかふしぎなこの物質を機体の一部に組み込むことで、ビッグスーツはスラスター、推進剤なしでも短時間なら飛行することができる。地上艦のホバー機構にも用いられるなど、様々な場面で利用されている物質である。


「これだけ出して取り戻したい書物って一体なんなんだよ……関わっても大丈夫なのか?」


 やっと意識が戻ってきたカリオだったが、異様に高い報酬額と依頼内容から警戒感を募らせる。


「そう思うなら、書物が何かは探らないことだ。ブツはカーボンアタッシュケースに入れられ、ブックカバーも装着されているらしい。盗人が雑に扱わない限りは中身を知ることはないだろう」


 カソックはブリッジの隅にあるテーブルのパネルを操作する。テーブルの上に、中央の高さ四十メートル程の建造物を、同じくらいの高さの防壁で囲った施設の立体映像が現れた。


「では見ていこう。今回襲撃する施設だ」




 ◇ ◇ ◇




 青々とした草原の中に、似つかわしくない巨大なコンクリートの壁に囲まれて、その施設はあった。


 三機のビッグスーツは施設から一キロメートル程離れた場所で様子を伺う。


「この距離だと撃ってこねえか……ニッケル、ホントにそれちゃんと使えるのか?」


 カリオが言っているのはニッケルの機体に追加された新しい装備のことである。


「ん? ああ〝チョーク〟のことか。シミュレーションではだいぶ慣れた」

「大丈夫かよ。マニュアル操作の浮遊砲台だろ? それ」


「『腕が何本か増えるようなもんだ』って説明されたけど、その通りって感触だな。実際最初は全然動かせなかったが……」


 話し込むカリオとニッケルの横で、リンコは片膝をついてスナイパーライフルのスコープを覗く。


「じゃあ私が防壁上の砲台を先に破壊するね。なんていうか、いつも通り?」

「悪いな、頼む」




 リンコが一つ目の砲台を撃とうとした時だった。


 防壁の内側から無数の機械が飛び出てくる。多い……非常に多い! めちゃくちゃ多い! 


 円筒状で数十機はいるだろうか。大きさはビッグスーツより小型だが、なにぶん数が多く蜂の群れに出くわしたかのような怖さがある。


「え、何アレ何アレ!?」


 機械の群れは猛スピードで三人のいる場所へ接近してくる、そして――


 ビッ! ビッ!


 リンコがスナイパーライフルを一旦下げると同じタイミングで、二機の空飛ぶ機械がビームを三人に向けて放った。


「マジかよおい!」


 カリオとニッケルが応戦する。一機をカリオがビームソードで斬り、もう一機をニッケルがビームライフルで撃ち落とす。


「動きは単純だな……! 無人機か!」

「多すぎんだろ!」


 撃墜して一息つく間もなく、瞬く間に数十機の無人機が三人を包囲する。リンコも二丁のビームピストルを抜いて応戦し始める。


 ビッ! ビッ! ビッ! ビッ! ビッ! ビッ! ビッ! ビッ!


 何発ものビームが三人を襲う。


 カリオはタイミングを読み、地面を蹴り、ジャンプする。剣を振りかぶり、空中で無人機を真正面に捉える。


 真っ向!


 縦に真っ二つに割れた無人機は力なく地面に落ちていく。


 そのカリオの背後に、もう一機の無人機が回り込んでくる。


 バシュゥ!


 すかさずニッケルがビームライフルで撃ち落とし、背後からの攻撃を阻止する。


 カリオが着地すると同時に、四機の無人機がカリオとニッケルの四方を塞ぐ形で包囲する。


 バシュッ! バシュッ! バシュッ! バシュッ!


 リンコがビームピストルを連射して、四機をすぐさま撃墜する。


 直後、リンコの背後に無人機が回り込んだところを、カリオが左から右に薙ぎ払い、撃墜する。横一文字!


 撃墜した矢先に別の無人機が間断なく襲い掛かってくる。三人はお互いと敵機の位置関係に注意を払いながら、無人機を次々に落としていく。




 バァン!


 突如、遠方から弾丸が飛来する。実体弾。目の端で捉えたリンコは間一髪、後方にステップし回避した。


「今度は何!?」


 三人は失念していた。防壁上の砲台の事を。

 無人機が多数襲い掛かる今この状況で、砲台が攻撃を始めたのだ。


 バァン! バァン! バァン!


「冗談キツイぞおい!」

「うおおおおお!」


 三人は大きく跳躍し、散開して――……




 ……




 ……




 ……数分後。




 バシュゥ!


 ニッケルは最後の砲台を破壊した。


 気づけば防壁は目の前、辺り一面にはおびただしい数の無人兵器の残骸。


 三人の機体はその場にへたり込んだ。機体には多数の弾痕と傷が付けられ、搭乗者の三人の体もフィードバックで擦り傷だらけになっていた。


「ゼェ……もう無理……! 私帰りたい……! 帰りたい……!」

「ゼェ……ニッケル……! おまえその……チョークだっけ……? 使わねえのかよ……! 使わねえのかよ……!」

「ゼェ……いや……あの状況で新兵器は無理だろ……! 無理だろ……!」




 ニッケルは息を切らしながら防壁を見上げる。


「報酬もおかしけりゃ、防衛網もヤバい……こりゃ相当だぞ標的の書物。」




「……でも、諦めるほどじゃねえ」


 カリオはうめき声をあげながらも立ち上がり、防壁へ向かって歩き――




「……じゃねえけど、もうちっと休憩しよう……」


――出すことはなくまた座り込んだ。




(極秘書物を奪還せよ!③へ続く)

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