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極秘書物を奪還せよ!①

「奴は必ずブツを奪還しようと刺客を送ってくるだろう」


 照明を落とした室内。複数のモニターと電子機器のランプだけが光を放ち、観葉植物が隅で青白くその姿を浮かび上がらせている。


 ソファに腰掛けた老齢の男性は葉巻を吹かす。生来のものと入れ替えられたものであろう赤い瞳の眼球が、テーブルを挟んで対面のソファに座った男を真っ直ぐ見つめる。


 老人の正面に座る男は傭兵だ。鍛え上げられた肉体、二メートル近い身長、「天誅てんちゅう」の文字が映し出されたサイバーサングラスは他の人間に威圧感を与えるのに十分過ぎる程であった。


「この施設に入ってくる奴らを皆殺しにすればいいんだな?」


 傭兵のサイバーサングラスの文字が「確認」に切り替わる。


「そうだ。奴を殺すためにお前達とは別の傭兵を雇っている。奴の死を確かめるまでが契約期間だ」


 老人はまた葉巻を吹かす。傭兵は片方の口の端を吊り上がらせる。


「しかしまあ、随分払ってくれるじゃねえか爺さん。後でやっぱ減らしますってのはナシだぜ?」

「……ブツの価値を思えば、出し渋りはできん」


 煙の中で老人の瞳と葉巻の先が赤く光った。




 ◇ ◇ ◇




「どかしてほしいのはコイツだ。危ないからゆっくりだぞ」


 地上艦「レトリバー」格納庫、メカニック達の声と作業音で活気づいている中、ツナギ姿の青年が作業ロボ「ソラマメ」の搭乗者に指示を出す。


「うおおお! ふんすふんす! やってやるですよ!」


 ソラマメの搭乗者――マヨ・ポテトが鼻息を荒くする。


「危ないからゆっくりだっつの!」


 ターバンタイプのヘッドバンドのずれを直しながら青年はマヨに注意を促す。


「ガキンチョに何やらせようとしてんだよタック」


 上階の通路の手すりにもたれかかって、紙パックジュースを飲みながらカリオ・ボーズがツナギの青年――タック・キューに声をかける。


「おう、この子が作業ロボ使えるって言うからさ、ちょっと廃パーツどかすの手伝ってもらおうと思ってな」

「ご褒美ほうびにコミック買ってもらうです!」


 元気旺盛げんきおうせいなマヨの様子を、カリオは呆れ顔で眺める。


「ってかタックは作業ロボ使えねーのかよ」

「よし、がっちりつかんだです」

「聞いちゃいねえ」


 タックはレトリバーのチーフメカニックだ。傭兵たちのビッグスーツやレトリバーの調整・修理・改良を取り仕切っている。仕事内容を考えると作業メカを動かせそうなイメージはあるが、どうやらそうではないらしい。


 四、五メートルはあるであろう金属の塊を、ソラマメの両腕のマニピュレーターはしっかり掴み、一メートルほど浮かせる。そのまま足踏みしながらゆっくり回転して、少し前進して木製のパレットの上に移動させる。


「おお、おチビなのにいい腕してんじゃねーか!」

「コミックいただきです!」


 タックは少しかがんで、ソラマメから降りてきたマヨとハイタッチする。視線を廃パーツが元々置かれていた場所にやると、何かが落ちているのに気づいた。


 タックはそれが落ちている場所まで歩いていき、拾い上げる。


「なんだ変なゴミでも落ちてたか?」


 カリオが階下に降りてきた。一方のタックは目を大きく見開き、わなわなと震えている。


「失くしてた『えちえちユニバース』の十二巻がこんなところに!」


 タックは生き別れた兄弟か何かと再会出来たかのように喜んでいる。


「エロ本かよ」

「えっちな本ですー!?」


 無論、カリオとマヨは軽蔑けいべつの冷たい眼差しをタックに向ける。


「なんだよ、これは生き物としてごくごく自然な欲求に基づく行動であって、断じてそんな目で見られるような謂れはないっ!」

「子供の前でエロ本持ってはしゃぐな」

「クソ真面目かよクソ丸刈り!」


 タックは「えちえちユニバース」を大事そうに自分の作業スペースにある本棚に片付ける。


「カリオはなんか用事があって来たのか?」

「いんや、ニッケルが新しい武器を装着してもらったとか言ってたからよ、どんなもんか見に来ただけだ」


 カリオはビッグスーツのハンガーまで歩み寄るとニッケルのコイカルを見上げた。

 背中にくさびに似た形状の武装が二つ装備されている。


「おまえはそれいらねえのかよ? ナカイシティにまた寄ることあったら買えるぞ、高えけど」

「見に来ておいてなんだが、こんなややこしそうな武装は使う気になれねえよ。金もねえし。ところでゴミ箱ねえか?」


 飲み切ったジュースの紙パックを捨てたがるカリオに、タックは食堂にあるごみ箱に捨てろと注意する。カリオはため息をついてまた上階に上がっていった。




(極秘書物を奪還せよ!②へ続く)




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