まだ日が昇らぬ、深夜の内にレトリバーはヨシムラシティに到着した。街に入ってすぐ、ミランダの味方の役員が
「セキグチシティでもこういう部隊は使えなかったのか?」
「いなかったし、彼ら全員よりあなた達の方が強いと思うわ。素人目だけど」
左腕に包帯をグルグル巻いたニッケルの問いに答えたミランダは、上着のポケットからクレジット管理端末を取り出した。
「さて、
「ヨシムラシティまでとは言ってたが……ホントにここまででいいのかい?」
「大丈夫、そこの彼は私とも、アレックスとも友人で何年も親交のある人よ」
気を遣うカソックに彼女はそう説明すると、クレジット端末を操作して入金処理を行う。カソックのクレジット端末が通知音を鳴らした。
「無理しないでね。目、充血してるよー」
「ホントだな」
リンコとカリオがミランダの顔を
「全部終わったらゆっくり休まなきゃね。ホントに色々ありがとう――また死にそうになったら仕事をお願いするわ」
冗談っぽくそういうと、ミランダは
◇ ◇ ◇
「
「よしよし、これで終わりだ安心しろ」
レトリバー医務室、上半身裸で痛がるカリオの横で船医のヤム・トロロが処置を終え、器具を片付け始める。
「明後日、また状態を確認するから来てくれ。まあもう痛いのはないだろ……多分」
シャツ姿の船医は黒縁メガネをかけ直すと、手術台から離れた椅子に雑に座り、テレビのスポーツ中継を見始めた。
「クソ痛え……あ、ヤムさん」
Tシャツを着ながらカリオは、背中を向けたヤムに声をかける。
「ヤムさんってさ……天国とか信じる?」
「患者があの世に行かねえように仕事してる奴に聞くかそれ」
「お、おう、それもそうか……」
ヤムは、左腕を恐る恐るさするカリオの方に向き直る。
「またクライアントと何か変な話でもしたか?」
「いや、まあそう言われるとそうというか……同じ質問されたんだけどよ、上手く答えられなくてさ……」
「……おまえはなんていうか、変な所でちょっとお人好しな部分があるよな」
何か少し恥ずかしくなったのか、カリオの目が泳ぐ。
「カリオはお人好しですか」
突然、カリオの座る手術台の陰から、マヨがひょっこりと顔を出した。
「おわあ!? なんでいるんだよ!」
「そうだな。カリオはな……ちょっと素直じゃないところはあるが真面目でよいこだぞ」
「よいこって何!?」
「カリオはよいこですか」
にこにこ笑顔で見つめるマヨの頭をこつんと叩いて、カリオは子供のようにふてくされた表情で医務室を後にすると、マヨが賑やかにそれを追いかけて行った。
◇ ◇ ◇
数日後、ヨシムラシティ――ミランダは黒塗りのセダンの後部座席に乗り、陸上艦の船着き場へと向かっていた。
ゴードンがアレックス殺害に関わったとされる証拠は無事、ヨシムラシティの自治組織、及びマンプク社役員会に採用された。程なくしてゴードンには処分が下るであろう。
ただ、本人及び協力者に対する適切な拘束が行われるまでは、報復などの危険性は残っている。ミランダはしばらく、護衛付きの生活を余儀なくされる。間もなく陸フェリーに乗って、セキグチシティへと帰るが、戻ってからもしばらくは緊張した生活が続くだろう。
船着き場に着くと、例の味方の役員が待っていた。聞くと、社内で見つかったあるアレックスの所持品を持ち帰ってほしいとのことだ。きっとアレックスと君にとって大事なモノだろうと。渡された小さな箱には「ミランダへ」と書かれた小さな札が付いていた。
役員に礼を言い、陸フェリーの指定席に座る。周囲はやはり護衛に囲まれて。自分だけひどく物々しい雰囲気を出しているような気がして少々恥ずかしさを感じる。
ミランダは先程の小さな箱を数秒、角度を変えながら見つめると、丁寧に開け始めた。
中から出てきたのは、リングケース。ミランダはさらにそれを開ける――
――喉が詰まる。涙をこらえる。唇が震える。
入っていたのは小さな、しかし美しいダイヤモンドのはめられた指輪だった。その眩い輝きを見て、すぐにその指輪が何を意味するものかはわかった――婚約指輪。
(バカなんだから……こんなもの会社に持っていくのバカじゃないの……)
ミランダは胸の奥で、アレックスを罵倒する。だが彼はもういない。彼に彼女の何物も、伝わることはない。
耐え切れず、指輪をギュッと握りしめ、
(こんなのずるいよ……私はあなたに何かあげたくても、もう叶わないのに……)
彼はもういない。それでも――それでも彼のことを思わずにはいられない、彼に
陸フェリーは荒野を進んでいく。透き通るような高い青空がどこまでも続いていた。
(What is your wish? おわり)
(極秘書物を奪還せよ! に続く)