目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

What is your wish?②

 日が傾き空が赤く染まる頃、レトリバーはセキグチシティに到着した。


 船着き場に艦を残し、マンプク社従業員に連れられて、艦長のカソックとカリオ・ニッケル・リンコの四人は街中を歩いていく。


 セキグチシティはマンプク社も含めて、複数の大企業と繋がりがある。企業との経済活動で得た利益は街並みに反映されており、他の街と比べて建物は大きく、頑丈で新しい。複数の高さ百メートル程のビルを見上げながら、一糸乱れず並んだ街灯の下を、レトリバークルーは進んでいく。


 やがて、一つのビルの中へ案内され、エレベーターに乗る。元々人口密度がそれほど高くない上、先のケーワコグ共和国が倒れた内紛でいくつもの高層建造物が失われたテエリク大陸では、エレベーター付きの建物がいくつも存在するセキグチシティはそこそこ珍しい存在だ。


「いつ乗っても落ち着かないな、この一瞬フワっとする感覚」

「この街でマンション借りて住めば慣れたりしてな」


 リンコとカリオが久しぶりのエレベーターをネタに話しているうちに、すぐに目的の階に到着した。


 エレベーターを降りて廊下を少し歩き、窓から地平線が見渡せる三十平方メートル程の部屋に入ると、奥のデスクからブロンドのウェーブヘアの女性が立ち上がって歩み寄ってくる。依頼人のミランダだ。


「レトリバーの皆さんね、お会いできて嬉しいわ」


 ミランダは右手を差し出す。


「艦長のカソックだ。後ろの三人は今回の主戦力となるビッグスーツ乗り」


 ミランダはカソックと握手をすると、続けて三人の傭兵ようへいとも順番に握手した。


「貴社のビルに入れてもらえるとは思ってなかった。危険じゃないのか?」

「外の別の場所で落ち合う事も考えたんだけど、結局このビルのセキュリティを信用するのが一番安心だったの。このフロアは私自身が許可した人でないと入れないし。」


 ミランダの表情からは、暗殺から自身を守る暮らしでの疲れがやや見える。


「とは言っても、ついこの間、自宅で窓を開けっ放しにして寝てたことがあったんだけどね。案外そんなにピリピリしなくても大丈夫だったりするのかしら?」

護衛ボディーガードが数秒よそ見をした瞬間に殺された要人を何人か知っている。油断は禁物だ。」

「そうなのね、嫌になっちゃう」


 カソックの言葉にため息をつきながら、ミランダは部屋の隅にあったスーツケースに手をかけた。


「行きましょう」

「最初の仕事だ、彼女を艦まで護衛する」

了解オキドキ


 カソックの言葉に、三人の傭兵はラフに返事をし、気持ちを切り替える。




 ◇ ◇ ◇




 ビルを出る頃にはすっかり日が落ちていたが、セキグチシティはまだ活気づいている。


「眠らない街ってやつか」

「こんだけ街が明るいとほんとに星が見えなくなるんだね」


 雑談するニッケルとリンコだが、リラックスしているように見えて周囲への警戒は解いていない。


 ビッグスーツの脳波コントロール技術は、搭乗者の脳が発する電気信号によって、通常「自身の肉体」が動くところを、一時的に「ビッグスーツのからだ」が動くようにする技術である。ビッグスーツの脳波コントロールをオンにしている間、自身の肉体は首、顔面の各部位以外は基本、動くことはない。腕を動かそうと思えばビッグスーツの腕が動き、足を動かそうとすればビッグスーツの足が動く。普段体を動かしている感覚でビッグスーツを動かすことができる。


 その性質上、ビッグスーツを用いて戦果を挙げているパイロットは、素の運動能力も高い傾向にある。カリオ・ニッケル・リンコの三人も、生身の状態での戦闘能力も十分にある傭兵である。ニッケル・リンコは拳銃を、カリオは日本刀に近い剣を携え、周囲を警戒しながら歩く。


「二人か」

「二人だな」

「二人だね」


 唐突に三人揃って口にした言葉にミランダは反応する。


「二人?」

けられてる、数は二人」


 尾行されているとの言葉にミランダは一瞬驚き、周囲を見回した。


「落ち着いて、そのまま歩いてくれ。大丈夫だ、街中で襲いかかるつもりはないらしい」


 ニッケルはミランダを気づかい、ゆっくりと落ち着いた口調で普段通りに歩くことを促す。


(俺たちとりあって騒ぎになることを警戒しているのか、確かにこの場で襲撃するつもりはなさそうだ。あくまで監視に徹している。……裏を返せば街の外、荒野に出ればどこかで必ず襲撃してくる……)


 カリオはそう思考しながら、尾行者への警戒を続ける。同じ歩道の真後ろに一人、向かいの歩道にもう一人。


「ミランダさん、次の角を曲がったところで合図するから走れるだけ走ってくれ」


 ニッケルがそう言うと、ミランダは顔をこわばらせる。


「大丈夫、さっきも言ったように連中、ここで襲うつもりはない。だがこのまま尾行されるとマズいからカリオに妨害してもらう」


 ニッケルがカリオに目配せするとカリオは黙って頷いた。


「よし……走って!」


 ニッケルの合図と共に全員が走り出すと、カリオは逆方向、尾行者の一人に向かって一気に接近する。


 不意を突いた動きに焦った片方の尾行者が焦って拳銃を取り出す。襲撃者の頭を狙って撃とうとするが、カリオがふところもぐる方が速かった。カリオはさやから素早く剣を抜き斬りかかる。


 居合いあい


 キィインと人の肉を切り裂いたものとは明らかに違う甲高い高音が響き渡る。金属音。カリオの剣が斬ったのはサイバネティクス義手だ。肘より先の部分が火花を散らしながら地面に落ちる。


 不意に義手を切り落とされた尾行者は驚き、反射的にもう片方の腕をカリオの方に向ける。向けた手が直線の切れ込みをさかいに分割され、変形する。こちらも義手だ。一瞬で短機関銃に変形し終わり、カリオに照準を合わせる。


 もう一人の尾行者もカリオを排除すべく、義手を変形させる。同じく短機関銃だ。


 カリオは両者の短機関銃が撃たれるより速く、大きく後方に跳躍すると、もう一度跳躍し、路地裏に入った。


 ダダダダ!


 二人の尾行者が撃った弾丸は照準が間に合わず、誰もいない歩道に弾痕だんこんを残した。何人かの通行人がパニックを起こし、悲鳴を上げながらその通りから逃げていく。尾行者は襲撃者を追いかけ路地裏に入る。しかし、そこに既に人の気配はない。


「クソっ!」


 標的も襲撃者も見失い、尾行者は目を血走らせ怒りをあらわにして怒声をあげた。




(What is your wish?③へ続く) 

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?