問われたアーベルはキョトッとした後にニヤリと笑う。
「番になるとは、そういうことでは?」
「!」
求められている!
雷に打たれたような衝撃とはまさにこの事。
(え? 私この人に抱かれるの? 抱かれるの! こんな白くて綺麗なお人形さんのような方が私を……きゃぁぁ!)
恥ずかしいやら嬉しいやらで心の中はお祭り騒ぎ。褐色肌なので赤面が分かりにくいけれど、思わず顔を覆ってしまうくらいにはアーベルを見られない。
「もしかして、お嫌ですか?」
「嫌なんてそんな! はっ、はじゅかち! 恥ずかしいだけなのでお気になさらないでください」
アタッカーでありながらタンク。人間砲。むしろ人間なのか? 人に擬態したゴーレム。散々言われてきたのに、体の心配をされ、オメガ扱い……慣れない。慣れないわ!
「アーベル様」
「ん?」
顔から実際に湯気を出しているハインツの側に控えていたカミルが進み出て丁寧に礼をする。それに、アーベルも向き直った。
「改めまして、ハインツ様の従者をしておりますカミルと申します。この度は我が主を見初めて頂き、ありがとうございます」
家令の見本のような畏まった態度のカミルにアーベルは苦笑する。出会いは剣呑とした目を向けられたのだ。
「主をたぶらかす害虫ではなくなったかな?」
「その節は失礼をいたしました。我が主を見初めるとはお目が高い。この方はとても愛らしく、そして勇ましいかた。少々ご自分の価値を見誤っておりますが、その辺りはどうぞ正しくお導き頂ければと」
「そういえば、昨朝のあれは……」
「私が目を覚ました時分にはもう姿がありませんでした。思い込むと行動が突飛になり、かつ迅速です。ご注意を」
「行動力と決断力が高く、発想は斜め上なんだね。分かった、心に留めておく」
伝えると、カミルはニッと鋭く笑った。
ここでようやくハインツも戻ってきて、アーベルに座るように促したのだが。
「(ハッ!)素敵なお召し物が汚れてしまいます! よろしければ私の膝の上に」
とアタフタしながら言ったので、おそらくちゃんと戻ってきてはいなかったのだろう。
「失礼します」
すかさずカミルが敷布を東屋の椅子に敷き、事なきを得た。
「あの、よろしかったらお一ついかがでしょうか?」
一つ残っていたサンドイッチを差し出すと、アーベルはニッコリと微笑む。そして七センチ超えのサンドイッチを丁寧に半分に割った。
「俺は昼食を頂いた後ですので、少し味見をさせて頂くだけで構いません」
「そうですか?」
「はい」
正直に言えばもう少し食べたかった。
ハインツは半分にしたパンを一口で食べてしまう。その横でアーベルは一口囓り、思わず目を丸くした。
「美味しい」
「はい。魔物の肉は家畜肉よりも美味しい事が多いのです。肉に微量の魔力が含まれているせいだとか、色々言われてはいますが」
「存じておりますが、これは……臭みがまったくなく、更には丁寧な仕込みがされていますね」
「肉はハインツ様が狩りに行かれた際、狩ったその場で血抜き等の下処理を全て済ませてしまいます。無駄な傷もつけませんので可食部が多く、臭みもありません」
「味付けはカミルがしています。とても料理上手なのですよ」
「ふむ……」
これを聞いてアーベルは何かを考え込む。それに合わせて指が何かを弾くような動きをしているのを見ていたハインツだが、やがて彼はニッと鋭く笑った。
「これは、面白い事になりますよ」
「え?」
何が面白いのだろう?
カミルと二人顔を見合わせるハインツであった。
程なく食べ終わり、立ち上がる。そして改めてアーベルはハインツの服に顔を近づけた。
(うきゃぁぁ! 近い近い! いやぁ、恥ずかしいぃ! 臭いかな? 汗かいてるよね。そんなに汗臭かったのぉぉ!)
「あの」
「複数のバラの香りがします。何かしておりましたか?」
「え? あっ!」
思い出したハインツは慌てて倉庫兼作業場へと向かった。そしてそこにある蒸留器を見てほっと胸を撫で下ろした。
「よかったぁぁ、止まってるぅ」
精油作りの為に蒸留器を使っていたのをすっかり忘れていたのだ。
魔石を使った加熱ランプはある程度の時間になると止まる仕組みになっている。おかげで道具を駄目にする事なく止まってくれたのだ。
ちょうど蒸留も終わっていて、受ける用の瓶にはたっぷりの水がある。
それを、遅れてきたアーベルが見て笑みを浮かべた。
「バラの精油ですか?」
「はい。間引いてしまう花が可哀想でこのように。他にもポプリや押し花にもするのです」
近付いて行き、機械から瓶を外す。そこから香る匂いは何とも言えずよいものだ。
基本はバラの芳香ではあるが、その中に甘いフルーツのような強い香りがあると同時に柑橘のような爽やかさも併せ持つ。これは香りの強い二品種を混ぜているから。
「甘く強い香りはボレロですか」
「おわかりになりますか!」
香りを嗅いだアーベルが珍しそうにハインツの手元を覗き込む。手で香りを寄せるような仕草をしながら、僅かに首を傾げる彼はそれだけではない事に気づいている。
「でも僅かに爽やかな感じもあります」
「ブルームーンも一緒に」
「なるほど」
分かったみたいで嬉しい。けれどそれだけじゃない。微香ではあるがアンジェリカも入れている。一つ一つじゃ敵わないが、沢山入っているのでバラらしい品のある香りもちゃんとしているのだ。
「まだ、完成ではありませんね?」
「え? あぁ、はい。冷やして分離をするので。今氷を」
「氷ならあります」
首を傾げるハインツの目の前でアーベルが指を鳴らす。すると用意してあったボウルは細かな氷で一杯になった。
「凄い……氷の魔法が使えるのですね!」
「ふふっ、お役に立てましたか?」
「はい! あっ、では早速」
とても冷たいそこに瓶を差し込むと徐々に分離が進んでいく。軽い水は上へ、重い油は下へ。この上澄みはローズウォーターと言われ、飲むこともできるし僅かな香りを付ける事もできる。オイルに比べれば微香だし香りも続かないが、それでも楽しむのには十分だ。
そうして残ったものが精油。上澄みを丁寧にスポイトで空の瓶に移し終えたあとで、もう一つ用意した瓶にこれらを移していく。透明でサラリとした液体はほんの一滴でも素晴らしい香りを室内に広げていく。
「純度が高いですね。これと同じ物を作る事は可能ですか?」
「まったく同じのはちょっと。あくまで間引いた花を使っているので、量とかバランスとかも毎回違います」
「なるほど。逆に言えば一期一会か……うん」
何かを考えた後、アーベルは一つ頷いた。
「ハインツ様、こちらを是非お譲りいただけないでしょうか?」
「え?」
何故……。
「もしかすると、大金に化けるかもしれませんよ」
「!」
大金……現状借金で首が回らないハインツとしては可能なら欲しいものだ。
「あの、本当に?」
「まだ分かりません。売り込み方次第……というところですが。ハインツ様にはこれからも、間引く花で色々な精油を作っていただけたらと思います。勿論、無理に刈り取る必要はありません。あくまで、間引いたものを使ってです」
「分かり、ました」
どうするのだろう。分からないけれど、アーベルは商人だから何かいいルートなんかを持っているのかもしれない。商売はからっきしだからハインツには分からないけれど。
そのままアーベルは去っていった。
「はっ! アーベル様は一体何の用で当家にいらしたのでしょう!」
※嫁の現状把握の為でした。