バスケットの中から出てくる可愛らしいランチマットの上には黒っぽいパンにレタスと、豪快に挟み込まれたハムのサンド。これに温かな紅茶が添えられた。
「あっ、このハムってもしかして!」
「はい。先日ハインツ様が狩ってきたオークの肩肉で作ったものです」
キラキラした目でハムを見つめるハインツは大きな口で頬張る。一口で厚さ七センチはあろうサンドイッチを半分食べてしまった彼は目を輝かせた。
「美味しい! 肉の旨味はあっさりだけど、その分肉質が柔らかくて甘みがあるね!」
「それだけ肉が新鮮で良いものだったのです」
「若いオークだったからね。深みはなくても違う旨味があるよねぇ」
美味しく残り半分も食べて更にもう一つ。この大柄な体を支えるにはやはりそれなりの食が必要なのだが、現状ケンプフェルト家には十分な食料が少ない。
足りない分をどう賄うか。だが答えは簡単。無いなら狩ればいい。
この世界には魔物がいて、狩った魔物は狩った本人に素材などの権利がある。
ハインツは元々寄宿学校で物理、魔法攻撃において優秀な成績を修めた人物。王都から少し行った先にある初級~中級の狩り場などどうということはない。
先日は若いオークを狩ってきた。一旦マジックバッグに入れて持ち帰り、ギルドの解体場所で自分で解体してきた。
オークは豚の頭を持つ二足歩行の魔物で、簡単な道具を使う程度の知能がある。力は強いが愚鈍なもので、ハインツは一発で頭を落としてその場で足にロープを括り付けて血抜き等の下処理をして持ち帰ってきた。
とはいえこいつから取れる素材の大半は肉だ。
平均して二〇〇センチ以上と大きく、よく動くので肉質はしまっていて味は凝縮されている。良い物を食べている個体などはサシも入っている。
バラ、ロース、もも、肩などは半分もらい他は売却。少ないヒレと、魔物一体につき一個ある魔石は全て貰ってきた。
三つのサンドイッチを平らげ最後の一つにと思っていたところで、不意に表の呼び鈴が鳴った。
手を止めたハインツを押しとどめてカミルが立ち上がって出て行く。見送り、紅茶を飲んで暫くで怪訝な顔のカミルが客人を連れて戻ってきた。
「あっ」
「こんにちは、ハインツ様。昨日ぶりですね」
「アーベルさん!」
相変わらずきっちりとした身なりに小柄で美しい青年が笑って近付いてくる。控えたカミルはもの凄く警戒した顔をしているが、ハインツは近付いて笑いかけた。
「昨日は大変お世話になりました」
「とんでもない、俺としても大変嬉しい事です」
互いに握手をした所で、ふとアーベルが動きを止めた。
「おや、何やら素敵な匂いが二つほど。一つは美味しそうで、もう一つは花の」
「庭の手入れをしていたのです。あっ! 手は汚れていません! 食事をしている最中で……って! やっぱり手が汚れているかもしれません!」
慌てて手を離してオロオロするハインツだが、アーベルはまったく気にした様子もなく笑って頷いている。
「確かに、とても見事な庭です。手入れが行き届いていて、とても元気に花も咲いて」
「趣味でして。花のお世話が好きなんです」
言いながら、少し元気を無くしていくハインツ。色んな者に言われてきたのだ、次期跡取りが庭いじりなんてとか、顔と趣味が一致していないとか。
ハインツとしては好きな時間で、楽しい趣味。手塩に掛けた花が蕾をつけ、日に日に膨らみ花開いた時の感動は涙が出るくらいなんだ。
でも、理解されないかもしれない。結婚したらこんな趣味は辞めるよう言われるかもしれない。そんな思いで表情は曇ってしまった。
「素敵なご趣味ですね」
「え?」
(今、素敵な趣味って言った? いいの? 認めてくれるの?)
思いがけない肯定の言葉に目を丸くして見てしまう。同時に込み上げる喜びは胸がジンとするものだった。
「おかしくないですか?」
「趣味の善し悪しなど他人がどうのこうのと言うものではないでしょ? まぁ、悪趣味なものであれば止めますが、美しい花を育て心安らげる場を作り上げる貴方の趣味は大変素晴らしいものだと思いますよ」
「貴族らしくないし」
「貴族の遊びや趣味こそ、悪趣味だと思いますけれどね。少なくとも俺はこちらのほうが平和だと思います」
「!」
これにはカミルも驚いた顔をする。
ハインツはとにかく嬉しくて幸せで、ちょっと涙ぐんでしまった。
それを見たアーベルが胸元からハンカチを取りだして腕を伸ばし拭ってくれる。
「ありがとうございます」
「いいえ。よろしければ、ご一緒してもよろしいでしょうか?」
「はい、勿論!」
喜んで招く東屋。カミルが紅茶を淹れた所で、バスケットの中に一つ残っていたサンドイッチが目に入った。
「あぁ、美味しそうな匂いはこれでしたか。良いハムですね」
「あぁ、私が先日狩ったオーク肉で作ってもらったんです。カミルは料理が上手なんですよ」
「狩った?」
これに驚いた顔をするアーベル。ちょっと照れくさく笑ったハインツは頷いた。
「まだ若いオークだったのですが、その分肉が軟らかくて癖が少なくて」
「危ないじゃないですか!」
「えぇぇ!」
庭いじりは良くてそっちは怒るの!
「貴方は寄宿学校を大変優秀な成績で卒業されたと話に聞いておりますが、だからといって怪我をするような荒事を不用意にされるのは感心しません。まさか一人ではありませんよね?」
「一人ですけれど……」
「危険です。最低でも三人パーティーを組んでください。貴方は俺のお嫁様になるのです。大切な体なのですよ」
「う……」
確かに言われてみれば危険かもしれない。こちらが圧倒的に強いとはいえ、狩りは不測の事態も起こりやすい。そんな時に一人では助けを呼ぶこともできず死んでしまうかもしれない。
それに、アーベルと結婚するのに傷だらけの体じゃ申し訳ない。
ん?
「あの」
「はい」
「私はオメガとして求められているのでしょうか?」
恐る恐る聞いてみた。昨日娼館に道場破りのような突撃をかました身の上だが、今までオメガとしてモテたことはない。むしろオメガにモテる。種が強そうとか、逞しい人に抱かれたいとか言われる。
(違うの! 私もオメガだから君たちを抱くなんて出来ないの! 孕ませるなんて! 絶対! 無理ぃ!)
そんな感じだったので、思わず聞いてしまったのだ。