正直、このお金は喉から手が出るほど欲しい。これがあればタウンハウスを売ることもしなくていいし、勿論身売りもしなくていい。
けれど、そんなに甘えていい筈も無い。先程会ったばかりの人なんだ。昔に助けた事があるみたいだけれど、こちらが覚えていないってことは大した事じゃない。
ほら、そういう思い出って勝手に壮大かつ美しく脚色するしね。実際は本当に些細な事だったんだよ、うん!
それにもう一つ、大切な事もあるんだ。
「あの、アーベル様」
「ん?」
「実は私、ケンプフェルト侯爵位を持っていないんです」
これが一番の問題だった。
現ケンプフェルト侯爵位は父が持っている。これを継承するには父から譲る旨を広く領民と城に知らせ、書面にして国に提出して了承されなければならない。跡取り問題とか、財産とか、領地とか。面倒な事が多いからきっちりとしないといけないんだ。
でもその父が爵位をそのままに夜逃げしてしまったんじゃどうしようもない。持ち逃げだよ! ちゃんとしてくれないと困るのに!
だがこれについてもアーベルは何か考えがあるようで、ニッコリと微笑んでこちらを見た。
「それについても、おそらく問題無い形でハインツ様の所に転がり込むだろうと思います」
「領地もきっと荒れていますよ?」
「そうでもありません。我が商会が少々手を回しておりますので、民の生活は保たれております」
「既に!」
(え? 予言スキルとかあるのこの人? 凄くない? 凄くない!)
思わず尊敬の目で見てしまうハインツに、アーベルはニッと笑った。
「まぁ、ですが不安に思うのはもっともな事です。そうですね……では、借金はひとまず肩代わりということで俺が全額を相手方に支払いましょう。ハインツ様は万が一の時は俺に返してください。返済期日無し。無担保、無利子です」
「それは駄目ですよ!」
「全て上手くいって、貴方が俺の花嫁となってくださった時にはこの借金は帳消しで。結納金の先払い、とでも思ってください」
「もっと駄目ですよ!」
とはいえ、これほどの好条件は他にはない。背に腹はかえられないし、無いものは逆さにして振っても出てこない。
結局はこれを受け入れるしか、ハインツには無かったのである。