それから必死に金を集めたがどうしたって足りない。返済期日は一週間後。
こうなればもう身売りしかない! 自分はオメガなのだから、娼館なら需要があるはず!
そう、身を切るような思いであらゆる娼館を回った結果が今である。
「オメガなのに……」
※いや、場所間違ってるでしょ。
「一体どこなら買ってくれるんだ」
※冒険者ギルドか奴隷商じゃないですかね?
悲嘆に暮れるハインツ。地に蹲って大きな背中を震わせ泣いている背後にふと、一人の男が進みでた。
「すみません。もしや、ハインツ・ケンプフェルト様ではありませんか?」
「え?」
呼ばれ、振り向いたハインツはそのまま暫く時を止めた。
その青年はとても見目麗しい人物だった。
流れるような黒髪にエメラルドの瞳。色が白くほっそりと華奢な輪郭。目鼻立ちがよく、とても整った威厳と品位のある青年だった。
が、ハインツはとんと記憶にない。名前を知っているのだから会ったことがあるはずなのに。
(え? 誰? どうしよう知らない。凄く失礼だよ私!)
「ケンプフェルト様?」
「ひゃい!」
オロオロしているところに追い打ちで噛んだ。
恥ずかしくて顔を上げられないハインツへと青年は笑みを崩さず手を差し伸べてくれる。完璧な所作と流れるようなエスコート。
(何これイケメン! 王子様なの!)
不意に心臓がドキドキする。この見た目のハインツだ、エスコートを求められる事はあってもされる事はなかった。
伸べられた手に手を乗せるが、大きさというか存在の方向性が既に違う。青年の手は白くスラリと長いピアニストのような手をしている。
一方ハインツの手は二回りは大きく、筋張ってゴツく傷も多い。
(ぴゃぁぁ! なにこの手、綺麗! どうしよう、グッと握ったら砕けそう)
心の声は忙しいが、見た目には静かな面持ちのハインツは手を重ねて立ち上がる。すると青年を見下す身長差になってしまう。
(嘘、小さい。可愛い。えっ、怖い。逆に怖い。私みたいな馬鹿力が触れていいはずない。お人形のようなこの人に触れられるわけがない)
※実際は一七〇センチ後半くらいの長身で、それなりに立派な成人男性です。
ドキドキしながら見下ろしていると、青年は見上げてニッコリと微笑んでくれる。優しげなその笑顔に更にキュンとしたハインツに、青年は丁寧に頭を下げた。
「申し遅れました。俺は王都子爵家のアーベル・シュタールと申します。貴方にお話があって参りました」
「お話?」
「まずは場所を変えたいのですが、付いてきて頂けますか? 決して貴方にとって不都合なお話ではないとお約束いたします」
見知らぬ人の誘いに乗るかどうか、考えてしまう。
けれど既に人生のどん底にあり、これ以上どうしたって悪い事にはなりようがない。
アーベルは悪いようにはしないと言っているのだから、信じてみるのもいいかもしれない。少なくともここに居るよりは何か変わってくるだろう。
ハインツは頷き、案内されるまま黒塗りの馬車に乗り込む。
そうして一路、貴族街へと向かったのだった。