青年の名はハインツ・ケンプフェルト。ケンプフェルト侯爵家の嫡子である。
この国でケンプフェルト侯爵家と言えば一様に『王家の忠臣』と返る程に古くから献身的に仕えてきた一族であった。
実際ハインツの祖父は先王時代に長く側で仕え、現王も知っている人物であった。
ハインツ自身、長くこの祖父には世話になった。母共々王都のタウンハウスで不自由なく生活し、将来を見越して寄宿学校にも通わせてくれたのだから。
だが、結局全てを無駄にしてしまったが。
立派な家というのには、必ず何かしらの闇がある。ケンプフェルト家もそうだった。
祖父は立派だったが、その息子でありハインツの父は凡庸かつ気位と金遣いだけは侯爵らしく、立派な祖父への劣等感の塊のような人だった。
父が二十五歳の時、祖父の命で王都の伯爵令嬢であった母と結婚したが、これが合わなかった。
深窓の令嬢であった淑やかな母は美しかったが、俗物な父にしてはつまらない女だったのだ。
結果、結婚後一ヶ月で父は遊び歩くようになってしまった。
結婚を機に領地運営を任された父だが、そもそも能力がなく怠惰。遊ぶ事と快楽に溺れて全てを周囲に任せて夜ごと家を空ける。
そしてあろう事か男爵令嬢の派手な女を愛人にして、正妻よりもこちらと子供を作ってしまったのだ。
これには流石の祖父も激怒し、母の生家からは離縁と賠償の話まで出た。
この時既に領地の金に手をつけていた父は発覚を恐れて愛人と生まれた息子を別宅にやり、正式な跡取りを正妻との間に儲ける事を約束した。
そうして生まれたのがハインツである。
待望の男児ではあったが、生まれた時から頑強だったそうで、生まれた直後に「ねぇ、首据わってる?」と言われたそうだ。
母にも父にも似ていない事から種を疑われ、教会にて親子関係の鑑定が行われたが間違いなく両親の子だと判明。その後、母の実家の先祖にこのような屈強な者がいたと分かって「そこの遺伝か」と落ち着いた。
こうして生まれたハインツは見た目に厳つくかなり大きく、同い年の子供の中で頭二つは飛び出していたが気が優しく、友人にも慕われていた。
屈強な肉体で頭も悪くなく、義兄よりも余程優秀であった。
祖父は義母と義兄がいる領地の屋敷ではなく、王都のタウンハウスに母とハインツを呼び寄せ生活をさせ、家庭教師や剣術の師、魔術の師まで付けてくれた。
元来素直だったハインツは疑わずに取り組み、更には努力家でもあった為に早々に才能は開花。寄宿学校に通うようになってもその成長と成績、更には性格もよく順調であった。
将来は有望。そう思われていたハインであったが、卒業間近に行われた第二性検査でとんでもない結果が出た。
なんと、オメガだったのである。
この世界には生まれながらに得る男女の性の他、第二性と呼ばれる生殖に関わる性別がある。
一握りの優秀な遺伝子と能力を持つアルファ。
大多数が属するベータ。
そしてヒートと呼ばれる発情期があり、男女の関わりなく子を宿すオメガ。
ベータは生まれ持った性に基づき男女間で子を成すが、アルファとオメガは違う。
アルファはベータとの間に子供ができず、ベータとオメガがどれだけ番おうと子ができない。オメガだけがアルファの子を産む事ができるのだ。
一般的にオメガは「孕む性」と言われて下に見られる。ヒートがあり、仕事にも支障をきたすからだ。
また、このヒートの時に発情フェロモンを出してしまう。これはアルファもベータも関係なく発情させてしまう強烈なもので、トラブルの原因となるので組織はオメガを嫌う。
淫乱だとか、はしたないだとか言われる事も珍しくはない。
一般的に貴族の家督を継ぐことはオメガには出来ない。
これで綺麗なら教養を磨かれ、有力貴族の政略結婚の相手として使い道があっただろう。
実際オメガは見た目に華奢で色白で美しい者が多い。宿す性であるから相手を誘う事も自然と出来る者が多く、庇護欲を擽られるそうだ。
まぁ、ハインツにそんなものはないが。
祖父は落胆し、母はショックのあまり寝込んで、その後修道院へと入った。
そして祖父はこの検査結果から四ヶ月後に病死した。老齢でもあったが、心労だろう。
騎士団から誘いを受けていたがそれも無くなった。集団生活の場においてオメガのフェロモンが広がれば大変な騒ぎと混乱が起こるからだ。
喜んだのは父と義母、そして義兄だろう。
家督が巡ってくると分かった義兄はそれは見下し……は出来なかったが、侮蔑と嘲笑の目でハインツを見た。
だがハインツはべつに家督に拘る事はなかった。
幸い祖父は王都のタウンハウスと私的な財産をハインツに残してくれたし、幼い事から居てくれる従者もある。
少し落ち着いて就職活動をして、ゆっくりと身の振りを考える余裕くらいはあったのだ。
だが、寄宿学校卒業から半年後、事態は急変する。
父と義母、義兄が多額の借金を踏み倒して逃げたというのだ。
タウンハウスに乗り込んできたガラの悪い男達はハインツにビビり倒しながらもこの事態を告げ、借金返済を迫ってきた。
金額を確かめると数千万Gに達してる。祖父の残したお金や、屋敷の調度品を売っても足りない。
この事態に慌てたハインツが金を工面する時間が欲しいと丁寧に申し出ると、男達はいくつかの条件でそれを飲んだ。
屋敷の調度品を担保に入れること。そこには母から譲り受けた宝飾品や、ケンプフェルト家の大切な宝もある。
だが、これを拒めば領地を担保にと言われ了承するしかなかった。
それから必死に金を集めたがどうしたって足りない。返済期日は一週間後。
こうなればもう身売りしかない! 自分はオメガなのだから、娼館なら需要があるはず!
そう、身を切るような思いであらゆる娼館を回った結果が今である。