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7.続・二人で過ごす初めてのヒート

 ティエリーとヒートの期間を一緒に過ごした。

 警察官という仕事があったので、サイモンは欠かさずオメガのフェロモンに対する抑制剤を飲んでいた。飲まなくてもフェロモンが効きにくい体質だったので、ヒート中のオメガに出会っても吐きそうな匂いを感じるだけで体が反応することはなかった。


 番ができてから他のオメガのフェロモンに反応することはなくなったので、サイモンは抑制剤を飲まなくなった。抑制剤は安全に開発されていたが、長期間飲むとだんだんと強いものにしていかなければ体に抵抗がついて効かなくなるということで、いつかは辞めなければいけないと分かっていたからちょうどいいタイミングだった。

 微熱を出したティエリーがヒートの前兆を起こしているということで、病院に連れて行ってから、連れて帰って遅れて警察署に出勤したが、番休暇を届け出ると、同僚のジルベルトがすぐに気付いてサイモンに促してくれた。


「番のオメガの夫が待っているんでしょう? 早く帰ってあげなさい」

「ヒートになったら連絡をくれるようには言っているよ」

「ヒートになったら、そんなこと考えられなくなるものよ。連絡ができるだけの冷静さなんてなくなっちゃうの」


 まだ番のいないオメガの女性であるジルベルトは、チームの中でオメガの被害者の対応をすることが多くて非常に助かっている。

 オメガなのでオメガのことはよく分かるのだろう。


 定時で仕事を終わらせて、同じ班の警察官に引き継ぎをして部屋に戻ると灯りが点いていなかった。

 ティエリーは眠っているのかと思ったが、ドアを開けた瞬間に浴びたフェロモンはものすごい量で、サイモンは理性が焼き切れそうになるのを何とか堪えた。

 ティエリーの姿を探すと、サイモンのベッドでサイモンの衣服を使って巣作りをしてそこに座っていた。下半身は裸で汚れた衣服を持っているところから、自分で体の熱を処理しようとしていたのが分かると、サイモンはティエリーを即座に押し倒したくてたまらなかった。


 服を汚したことやベッドを汚したことを謝るティエリーが、捨てないでと泣きそうな顔で言って来るのに、捨てるはずがないとサイモンは強く思う。

 ティエリーとはもう結婚しているし、ティエリーがこの世界の常識を知ってサイモンから離れたいと思うのならば、サイモンはティエリーの生活を生涯サポートするつもりはあったし、財産も全てティエリーに相続されるように取り計らうつもりだった。


 フェロモンに誘われるように口付けをすると、ティエリーは驚いたように菫色の目を見開いている。深い口付けをすれば、拙く応えてくるが、慣れた様子はない。

 口付けはあまりしたことがないのかもしれないと思うと独占欲が満たされて、何度も口付けをしながらティエリーの体を暴いた。

 前からも後ろからも抱いて、背中の傷跡には触れないように気を付けながらも、うなじを舐めるとティエリーが体を反らせて震える。白いうなじにはくっきりとサイモンが噛んだ痕が残っていた。


 うなじに執着してしまうのはアルファの本能なのかもしれない。

 血が出ない程度に噛み付いて、吸い上げて、いくつも痕を付けていくと、それすらも気持ちいいのかティエリーが震える。

 必死に声を我慢しているようなので、声を出すように言えば、噛み締めている唇もそのままにふるふると首を振る。


 声を聞いたら萎えるとか言われたが、萎えるどころかフェロモンの香りとティエリーの体と反応にサイモンは理性が切れそうになるのを必死に耐えなければいけないほどだったので、萎えるなどないと言って口付けで唇をこじ開けて声を出させた。


 サイモンは男性のオメガとの経験はティエリーが初めてだった。


 それまでは女性のオメガかベータの女性としか経験がなく、女性のオメガもフェロモンに誘われてなどではなく、ヒート期間中ではないときに体を交わしてからオメガだと分かっただけだった。

 オメガの女性の方はフェロモンを出していたようだが、抑制剤を飲んでいるサイモンには少しも感じなかった。


 ティエリーは抑制剤を飲んでいてもフェロモンを強く感じたし、緊急の抑制剤を打っても理性が飛ぶのを止められなかった。


 ティエリーのフェロモンはベータの医者だったが、その医者が言うには抑制剤でヒートが治まったと感じられるほど薄いものだったようだ。元々ティエリーはフェロモンが薄いオメガなのだろう。

 それがサイモンには暴力的なまでに効いてしまったのだから、医者の言っていた「運命の番」というのも間違いではないのかもしれない。


 これまで女性しか抱いたことがなかったサイモンが、ティエリーの体は貪るように抱いてしまって、溺れそうになっている。もうすでに溺れているのかもしれない。

 女性を抱いたときでもこんな興奮は味わったことがなかった。


 最初が最悪で手荒に抱いてしまったので、今回は理性が切れないように必死に耐えたが、ティエリーはヒートの最初の三日が過ぎて落ち着いてきたころに、サイモンの理性を試すようなことを言ってきた。


「サイモン……こういうとき、なんて言えばいいのでしょう?」

「こういうときって?」

「ものすごく幸福で……これが幸福って言うんですよね? 合ってますよね? 幸福で、満たされていて、泣きたいくらいなんです、今」


 シャワーを浴びて三日間碌に摂れなかった食事を摂っている最中でなければ、サイモンはティエリーをベッドに引きずり戻して抱いていたかもしれない。


「愛してるよ、ティエリー」

「愛してる……愛しています、サイモン」


 あぁ、自分はこの少し変わっていて、酷い目に遭って来たのに純粋にサイモンを慕ってくれている番を間違いなく愛しているのだとサイモンは自覚した。

 番休暇は一週間。

 残りの四日間もサイモンはティエリーを抱いて過ごした。


 ヒートの後からティエリーは自分の望みを少しずつ口にするようになった。


「サイモンの服、また借りてもいいですか?」

「いいよ。自由に使ってくれ」

「サイモンの部屋に入ってもいいですか?」

「構わないよ。おれの部屋の本も読みたいものがあれば全部借りていい」

「サイモンのベッドで一緒に眠ってもいいですか?」


 最後の問いかけに関しては、サイモンは即答できなかった。

 普段からティエリーは僅かに甘いフェロモンの香りをさせている。

 アルファは香りに対するこだわりが強いので、サイモンもシャンプーもボディソープも無香料のものを使っていた。洗剤も香料が入っていないものを使っているのだが、ティエリーが部屋にいると、いつも好ましい甘い香りがする。

 その香りに包まれて眠るとなると、サイモンの理性を試されることになる。


 ヒート期間中以外に抱いてはいけないということはないのだろうが、サイモンが求めればティエリーは嫌であっても了承するだろう。そういう風にティエリーは育てられてきたのだ。

 ティエリーが自分の意思でサイモンを拒めるようになるまでは、サイモンはヒート期間中以外はティエリーに触れないことを誓っていた。

 嫌々抱かれるティエリーなど見たくはない。


「おれの帰りが遅いときには先に寝てくれるか?」

「サイモンがそう言うなら」

「食事もちゃんととるか?」

「はい」


 条件付きでサイモンはティエリーがサイモンのベッドで眠りたいというのを叶えることにした。ティエリーの方から望んできたのだから、できる限りは叶えてやりたいと思ったのだ。


 一週間の番休暇をもらったせいで仕事は山積みになっており、昼の休憩時間もマンションに帰ることができないくらい忙しかったが、サイモンは一つずつ課題をこなしていった。


 人身売買組織が使っている精肉工場も突き止めた。

 そこも摘発して警察官が入り、稼働を止めさせて、商品が流通しないようにする。

 精肉工場で作られた商品を買っていた顧客のリストも探し出した。


 悪趣味な人肉嗜好者たちを捕らえて裁いていくのは大変だったし、罰金刑程度で終わることも少なくなかったが、それでもできる限りのことはした。


 仕事の途中に裁判所で証言しなければいけないときがあって、スーツに着替えにマンションに戻ると、ティエリーが定位置のリビングのソファにいなかった。部屋にいるのかと思って声をかけずにサイモンが自分の部屋に行くと、ティエリーはサイモンの椅子に座ってサイモンの部屋着のカーディガンを膝の上にかけて読書をしていた。


「サイモン、帰って来たんですか? すみません、部屋を勝手に使っていました」

「いいよ、そのままで。今から裁判所に行くから着替えに来ただけなんだ」


 謝るティエリーに謝ることはないと伝えて、着替えていると、ティエリーがじっとサイモンを見ている。視線を辿ると見ているのはサイモンだけではなくて、脱ぎ捨てた服のようだった。


「これ、いる?」

「いいんですか?」

「使い終わったら、洗濯機に入れておいて」


 脱いだ服を欲しがるティエリーに手渡すと、嬉しそうに匂いを嗅いでいる。目の前で脱ぎたての服にそんなことをされると照れてしまうのだが、番のオメガはアルファのフェロモンで落ち着くと医者にも言われていたので、サイモンはティエリーの手から服を取り戻しはしなかった。

 サイモンが部屋を出るときには見送りに来てくれたが、その後はティエリーはまたサイモンの部屋で読書を続けるようだった。


 人身売買組織の構成員の裁判が始まり、司法取引を持ち出すものが現れて、次々と顧客の情報も手に入る。

 顧客の中にはオメガを買い取って残酷な目に遭わせたり、逆に可愛がって愛人として迎えていたりするものもいた。

 残念ながら助けに行ったときには番にされているオメガもいたし、死んでしまっているオメガもいたが、生きているものは全員保護して、証言を聞いた後で保護施設に送った。


 一歩間違えればティエリーも入っていたかもしれない保護施設。

 サイモンは保護施設でオメガたちが自立できるように祈ることしかできなかった。


 黒幕は捕まっていないが、国外逃亡したのではないかと思われるのでこれ以上の追跡は無駄かもしれないと捜査がひと段落して、サイモンは定時に帰れるようになった。


 日勤のときには十八時、夜勤のときには翌日の八時までの勤務だが、サイモンはほとんど夜勤を入れられない。

 仕事が落ち着いてきたので、早く帰れるようになってからティエリーは前よりも落ち着いてきたようだった。


 食事は交代で作ろうかと提案したこともあったが、サイモンがいないときはティエリーが自分の分を作って、サイモンがいるときはティエリーは一緒に食事を作る。

 食べるのもできるだけ一緒に食べることを好み、サイモンがいないと寂しがる。


 そんなティエリーが体は大きいが純粋で可愛くて、サイモンはますますティエリーに惹かれるようになった。


「ティエリー、家族に会ってくれるか?」


 人身売買組織の一件が落ち着いたら申し出ようと思っていたことを口にすると、ティエリーが戸惑っているのが分かる。


「わたしがサイモンの家族に会ってもいいのですか?」

「結婚式には間違いなく会うだろう。その前に挨拶をしておくのは当然じゃないか?」


 警察官なのでサイモンもいつ殉職するか分からない。そんな状態でティエリーを一人にしてしまうのは不安があった。そのためにもティエリーには家族に会っていてほしい。家族に認められて、サイモンに万が一のことがあったときにも、支えてくれる相手がいてほしい。

 そんなサイモンの願いは口には出さなかったが、ティエリーはティエリーなりに考えてくれたようだった。


「失礼のないようにしたいので、色々教えてください」

「もちろん」


 ティエリーの言葉にサイモンは快く頷いた。


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