「アイリス、お前を断罪する」
その言葉を私は静かに受け止めた。
何をやっても悪になってしまい、
やることなすこと全て裏目に出た人生も、
ようやく終わるのだなと、静かに受け入れた。
私はアイリス。
この国では悪の令嬢などと言われている。
貴族の家に生まれた私だったが、
何をしても裏目に出てしまった。
善意は曲がって受け取られたし、
善い行いをしようとすると陰口を言われた。
何かすると悪い結果になったし、
そのつもりがなくても悪い方に取られてしまった。
その気がなくても悪になってしまった。
私は褒められたかった。
私は愛されたかった。
よくできたねと言われたかった。
無償の愛が欲しかった。
それだけがなぜできなかったのだろう。
私は皆の前で処刑され、
私の命は終わったはずだった。
気が付くと、私はキラキラ輝く場所にいた。
夜空のようでもあるし、雲の上のような場所のようでもある。
そこに誰かがいる。
人影のように見えるけれど、よくわからない。
「アイリスよ」
人影はしゃべった。
男とも女とも、年齢もよくわからない声だ。
「よく、がんばったな」
声は一言そう言った。
私はずっとそう言われたかった。
涙があふれそうな感動を覚えた。
「私はこの世界の神だ。お前があまりにも哀れなので、転生をさせようと思う」
神様が言うことには、
いろいろな世界の神で会議をして、
神同士の合意があれば、転生が成立することがあるとか。
私は、あまりにも理不尽な人生を生きてきたので、
今度は平和な世界で生きて欲しいと、
この世界の神が申し出て、
平和な世界の神が受け入れて、
転生先の肉体も準備がされているという。
「転生先は男の赤ちゃんの身体になる」
「それは、乗っ取ってしまうということかしら」
「いや、その赤ちゃんと一緒に生きてくれるだけでいい」
つまり、男の赤ちゃんの肉体に、
私の魂と、赤ちゃんの魂が同居して生きるらしい。
男の赤ちゃんの家庭は平和そのもので、
今度こそ私は愛されることを感じられるはずだという。
「何をしても褒められるし、どんなことをしても愛されるだろう」
「そんな、都合のいいことが」
「あるのだよ。今度は幸せになりなさい」
「赤ちゃんのお名前は?」
「ダイゴというよ」
私は決めた。
その赤ちゃんを世界で一番愛される存在にしようと。
全てが悪になってしまった、私のような不幸を感じることなく、
ただただ、愛されて幸せな存在にしようと。
ダイゴが幸せになれば、私も幸せになれるはず。
ダイゴが愛されることは、私も愛されること。
「決めたようだね。では、赤ちゃんのもとに君の魂を転生させよう」
神様が手をあげた。
私の意識はごうごうとなったような気がして、
ぷつりと意識が途切れたような気がした。
次の瞬間、私は寝床にいた。
私が何か考えるのだけど、
同時によくわからない言葉が流れていっている。
言葉というよりもイメージのようなものに近い。
手を持ち上げると小さい。
これは赤ちゃんの手だ。
私の意識を無視して、頭を駆け抜ける意識が指をしゃぶる。
このイメージの意識は、赤ちゃんであるダイゴの意識だ。
考えというものがまだ言葉になっていないんだと私は理解した。
映像や嗅覚や触覚、聞こえる音。
それらのイメージが流れていくけれど、
これらを言語化して考えるということに至っていないらしい。
なるほど、これが赤ちゃんの意識かと私は納得する。
今の状態であれば、私がダイゴの意識を乗っ取るのは簡単かもしれないけれど、
以前何をしても悪い方向に行っていた私が、
ダイゴを不幸にさせるのはよくないと思う。
私は、ダイゴを導こうと思う。
この小さな身体の持ち主であるダイゴが、
この世界でみんなに愛される勇者のような、
そんな大人になる人生を送れるよう、
私が手伝って上げられればと思う。
「ダイゴくん」
私は意識で話しかける。
ダイゴくん。自然とそう呼びかけていた。
これから人生を共に生きる存在に、
呼び捨てはよくないと思った。
「ダイゴくんは、この世界の勇者になる存在です」
ダイゴくんの意識のイメージがごちゃごちゃするけれど、
勇者というイメージが作れないようだと私は理解する。
多分、ダイゴくんは、偉いとか、強いとかも、まだ理解できない。
もっと簡単な言葉を言っても、
まだ言葉を理解できないだろうなと思う。
私は意識でイメージを送る。
たくさんの人に抱きしめられるイメージ。
たくさんの笑顔。
頭を撫でられたり、手をつないだり、
触れあってみんなで笑っているイメージだ。
アイリスとしてずっと欲しかったものを、
ダイゴくんにイメージとして届けた。
寝床にいるダイゴくんは、キャッキャと笑う。
ダイゴくんのイメージが明るいものになる。
この無垢な魂を導いてあげたい。
誰からも愛される、この世界の勇者にしてあげたい。
何をしても褒められて、
ただただ無償の愛を感じて、信じられる人生を送らせてあげたい。
成長すればいろいろなことが起きるかもしれないけれど、
出来事を乗り越えられるくらいの強さも持たせてあげたい。
私は元悪の令嬢アイリス。
今度はダイゴくんをこの世界の勇者にする。
そして、ともに幸せになる。
私はダイゴくんの無垢な意識を抱きしめると、
一緒にトロトロとまどろんだ。
ダイゴくんの勇者への道は、まだ始まったばかり。