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15 夜会のパートナーになれました

 しっかりとした大人の女性になると決めたけど、何をどうしたらいいのかわかりません。


 こういうときは、身近にいるしっかりとした大人の女性の意見を聞きましょう。


 私は自室から出て母の元へ向かうことにしました。


 メイドに母の行方を尋ねると、今は大ホールにいるとのこと。


 城の大ホールでは、夜会が開かれていました。天井に大きなシャンデリアがあり、どこもかしこもキラキラと輝いていたような気がします。あれに比べるとバルゴア城の大ホールは、ただの広い空間です。


 まぁ、ここの大ホールはダンスをする場所というより、非常時に領民を避難させるための場所なので仕方ないような気もします。


 そんな大ホール内で、母は数人のメイド達と何やら忙しそうにしていました。


 私が『出直したほうがいいかも?』と思っていると、母が私に気がつきます。


「あら、シンシア。どうしたの?」


 そういってやわらかく微笑む母は、娘の私から見ても美人です。母と同じ金髪と紫色の瞳は私の密(ひそ)かな自慢です。


「お母様、お忙しそうですね」

「ええ。ほら、もうすぐいつもの交流会でしょう?」

「交流会……?」


 不思議そうな顔をした私を見て、母は「もう」とあきれています。


「レイムーアとの交流会よ。二年に一度、友好国レイムーアの外交官が王都に行くでしょう? その途中で、バルゴアに一週間ほど滞在するのよ。今は歓迎会の夜会に必要なものを確認しているところなの」

「あー」


 そういえば、そうでした。私はレイムーアの人達が来たときは夜会に参加しないので、すっかり忘れていました。


「シンシアは、今年もまた参加しないつもり?」


 母からの視線が痛いです。


「今年はテオドール様がいるから、夜会のパートナーになってもらったら?」

「パートナー……」


 とても魅力的な話に私の心がグラグラと揺れます。


 テオドール様と一緒に夜会に参加できたら楽しいでしょうね。


 正装したテオドール様が見られるし、もしかしたら、一緒にダンスを踊ることもできるかもしれません。


「シンシアは、ここには何をしにきたの?」


 あ、そうでした。


 私が母に「しっかりとした大人の女性になるにはどうしたらいいのでしょうか?」と尋ねると、母は頬に手を当てながら「そうねぇ」と考え込みます。


「自分の考えをしっかり持った女性は強いかもしれないわね」

「自分の考え……。どうしたら、それを持てますか?」

「難しく考えなくていいのよ。シンシアは何かやりたいことはないの?」


 私は顔をよせると母の耳元でささやきました。


「実は私……テオドール様に女性扱いしてもらいたいんです。今は子どもか、妹くらいにしか思われていなくて……」

「あらあら、そういうことだったのねぇ」と母はとても嬉しそうです。


「そうよね。シンシアももう社交界デビューしたのだから、私の仕事を一緒にしましょうか」

「お母様のお仕事といえば、辺境伯夫人のお仕事ですよね?」

「そうよ。いずれリオが辺境伯を継げば、私の仕事は辺境伯夫人になったセレナさんにすべて引き継がれるわ。だから、あなたは将来的には、セレナさんの補佐をすることになるわね」


 母がいう『セレナさん』とは、麗しい兄嫁様のお名前です。


「わ、私がセレナお姉様の補佐……? できる気がしません」

「どうして? 家庭教師達は、みんなシンシアはとても優秀だと言っていたわよ」

「それはお兄様と比べてですよね……」


 お兄様は勉強せずにすぐに抜け出してどこかに行ってしまっていたから。


「そんなことないわ。あなたは貴族に必要な知識やマナーをきちんと学んできたわ。自信を持って。あとは経験を積むだけよ」


 私でも経験を積んだら、しっかりした女性になれるのでしょうか?


 確かにセレナお姉様の補佐ができるくらい優秀になれば、テオドール様も私を見直してくれるかもしれません。


 私は両手をぎゅっと握りしめました。


「私、頑張ります!」


 こうして、私はレイムーアとの交流会を開くための準備を母と一緒に進めました。初めはわからないことだらけでしたが、ひとつひとつ覚えていきました。


 その間、役人として勤めるようになったテオドール様は、めきめきと頭角(とうかく)を現し、あっという間に父に重宝される人物になりました。


 どうして私がそれを知っているのかというと、たまたま廊下で父がテオドール様の肩を叩きながら「君がリオの補佐官になってくれれば、バルゴアは安泰だな」と言っているのを見てしまったからです。


 やっぱりテオドール様ってすごいんですね。


 それなのに、偉そうな態度を取ったり、自慢したりすることがありません。しかも、忙しいはずなのに、毎日私とお茶をしてくれます。


 今日もお茶の時間になるとテオドール様は、私の部屋を訪ねてきてくれました。


「シンシア様、お会いできて嬉しいです」


 輝く笑みを浮かべるテオドール様。


「わ、私もです」


 テーブルにつく前にテオドール様が口を開きました。いつも穏やかな方なのに、今日はどこか興奮しているように見えます。


「実は辺境伯から、外交を任せていただくことになりました!」

「お父様から?」


「はい、ですから、今シンシア様が準備を手伝ってらっしゃる、レイムーアの歓迎会も私が担当させていただけることになったのです」

「すごいです! あれ、ということは……テオドール様と一緒にお仕事ができる……?」

「そうです!」


 じわじわと嬉しさが広がっていきます。テオドール様は、そんな私の顔をのぞき込みました。


「シンシア様。レイムーアの歓迎会として開かれる夜会でのパートナーはお決まりでしょうか?」

「あ……まだです」


 口が裂けてもテオドール様と一緒に参加したいなんておこがましいことは言えません。


「でしたら、ぜひ私をパートナーとしてお連れください」

「え?」


 幻聴でしょうか?


 とんでもないことが聞こえたような気がします。


 私が固まっている間に、テオドール様はまるで騎士のように床に片膝をつきました。


「シンシア様。あなたをエスコートする栄誉を私にください」


 真剣なまなざしが私を見つめています。本当に良いのでしょうか?


 差し出されているテオドール様の手に、私はおそるおそるふれます。


「よ、喜んで……?」


 クスッと笑ったテオドール様に「どうして疑問形なのですか?」と言われてしまいます。


「だって、まさか、テオドール様に誘っていただけるなんて思っていなくて……」

「どうして?」

「どうしてって……」


 立ち上がったテオドール様の瞳から逃げるように私は視線をそらしました。


「だって、バルゴア領は田舎ですし……」

「王都ではそう聞いていましたが、実際に見てみると田舎なんてとんでもないです。確かに王都のような華やかさはないですが、軍事都市として栄えていますよ」


「そうなんですか?」

「はい」


「テオドール様がそういうのなら、きっとそうなんですね」

「私の言うことなら信じてくださるのですか?」


「はい、もちろん」

「そうなのですね」


 テオドール様の笑みはとても素敵です。ドキドキしすぎて自分でも何を言っているのかわからなくなってきました。


「で、でも、バルゴアが田舎でなくても、私は流行りも何も知らない田舎者ですし、何もできないし、しっかりしていないし、緊張してはっきり話すこともできなくて……」


 テオドール様の手が私の手を包み込みます。


「シンシア様はとても素敵です。こんなに素敵な女性を私は知りません」

「テオドール様……」


 それってもしかして、私は子どもや妹扱いから抜け出せたのでしょうか?


 もしそうだとしたら、とても嬉しいです。


「あなたに夜会用のドレスを贈らせてください」

「え? いいんですか?」

「はい、私も給金をいただいていますので」

「あ、ありがとうございます」


 まさかテオドール様からドレスを贈っていただける日がくるなんて思いませんでした。まるで夢のようです。


 顔が熱くて、口元がにやけてしまいます。


「……嬉しい」


 ぽつりと漏れてしまった言葉を聞いたテオドール様は、私の手の甲にキスをしました。


「え?」


 手の甲へのキスはふりだけで実際にはしないはずなのに、テオドール様の唇が私に当たっています。もしかして、私の記憶違いでしょうか?


 そのことをテオドール様に尋ねると、テオドール様はなんだか意地悪そうな笑みを浮かべました。そんな顔も素敵です。


「通常はキスをするふりです。でも、夜会のパートナーにだけは本当にキスをしてもいいのです。これは王都での新しいルールです」

「そうなのですね。知りませんでした」


 王都はたくさんルールがあって覚えるのが大変です。


 私もせっかくテオドール様に教えていただいたので、さっそく王都の新ルールを実践しようと思います。


 テオドール様の手を握ると、顔をそっと近づけました。


「――というのは、もちろん冗だっ」


 テオドール様が何か言ったような気がしたのですが、聞き取る前に私は手の甲にキスをしてしまいました。


「テオドール様、すみません! 今、何か言いましたか? あれ?」


 いつかシロツメ草畑でみたときくらい、テオドール様が赤面しています。


「え?」

「……あなたの前でだけは堂々としていたいのに。それが、こんなに難しいなんて……」


 口元を手で隠したテオドール様は、顔をそらしてしまいました。


 私、また何か間違えましたか!?

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