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14 今度は計画的に【テオドール視点】

 指摘を受けてから初めて、自分がシンシア様の手にふれていることに気がついた。


 私の手が白く細い指を包み込んでいる。


 状況を理解したとたんに、一気に血の気が引き、じわじわと体温が上がっていく。


 信じられない。いったいいつからシンシア様の許可なくふれていたのか。シンシア様の口ぶりでは、今回だけではなさそうだ。


 私はずっと、弟のクルトと王女殿下が公(おおやけ)の場でふれあっている様子を見て分別に欠ける行動だと思っていたのに。


 せめてもの救いが、私にふれられていたシンシア様に、嫌がっている素振りがなかったことだ。


 でも、クルトにふれられている王女殿下のようにうっとりと頬を赤らめてもいない。シンシア様は、クルトのように軽薄な男は嫌だと言っていたから気をつけなければ。


 自分の失態をごまかすように、私は「そろそろ時間ですね」と伝えた。


 シンシア様がふわりと笑う。


「テオドール様、またいらしてくださいね」

「はい、必ず」


『また』という言葉を噛み締めながら、シンシア様に別れを告げ新しい仕事場へと向かった。


 王家の役人になったときは、初めて周囲に認められて、ただただ仕事が楽しかった。


 身体のことも考えず、昼夜仕事をし続けたら、いつのまにか王女殿下の婚約者に任命されてしまった。


 あのときはどうしてそうなったのか理解できなかった。でも、今ならわかる。


 私は自分の優秀さを証明して、国王陛下に役に立つ者と認められたのだ。役に立つ者の裏切りを防いで側に置くには、自分の血縁者と婚姻させ一族に取り込んでしまえばいい。

 だから、王女殿下は望んでもいないのに、私と婚約を結ばされてしまった。


 そこに王女殿下の意思はない。その結果、王女殿下にはひどく憎まれた。


 こうして、意図せずに成立してしまった婚約を、私はシンシア様を相手に、今度は意図的に起こそうとして動き出した。


 まずは私がこのバルゴアの地で、己の優秀さを証明しバルゴア辺境伯に認められるような功績を立てる。すると国王陛下がそう思ったように、バルゴア辺境伯も、私を一族に取り込みたいと思ってくれるかもしれない。


 そうすると、自然な流れでシンシア様との婚約が上がってくるはず。


 幸いなことにシンシア様には、これまで想いを寄せていた男性はいないらしい。


 それはシンシア様に仕えるメイド達に徹底的に聞き込んだので間違いない。


 ひとつだけ気になるのは、古参のメイドが「シンシア様は、幼少期は隣国の王子様と親しかったらしいんですけどねぇ」と言っていたことだ。


 くわしく話を聞こうにも、その当時はメイドになったばかりでシンシア様付きではなかったらしい。そして、そのころシンシア様付きだったメイド達は、様々な理由で今はもう辞めてしまったとか。


「隣国といえば、タイセンかレイムーア……」


 どちらも今は我が国の同盟国だが、昔からの友好国であるレイムーアとは違い、タイセンとは50年ほど前まで戦争を繰り返していた。


 本当にシンシア様が隣国の王子と親しかったのか。もし、親しかったのならどちらの国のどの王子なのか、どれくらい親しかったのか調べていたほうがいいかもしれない。


 いや、待て。ここまですると気持ち悪いだろうか?


 恋愛時において何をどこまですることが法的に許されているのかわからない。こんなことになるのなら、もっと積極的に恋愛小説を読んでおけばよかった。


 でも、情報収集は大切なことだ。やはりここは調べておいたほうが――。


「危ない!」


 力強く二の腕をつかまれた。目の前には太い柱がある。このままでは顔面からぶつかっていた。


「テオドール様は、集中すると前を見ずに歩くクセがありますね」


 そう言って笑ったのは、シンシア様の王都遠征の責任者をしていたアロンだった。


 普段のアロンは、バルゴアの騎士団の騎士団長をしているらしい。ちなみにバルゴアに騎士団は3つもある。


 その3つの騎士団をまとめるトップは、バルゴア辺境伯ではなく、シンシア様の兄であるリオ様だとか。


 アロンは私の二の腕をつかんだまま、うんうんとうなずいている。


「きちんと鍛錬を続けているようですね」

「はい、教えていただいたことを今も続けています」


 王都からバルゴアに向かう道中、アロンには身体の鍛え方を教えてもらった。


 そのおかげで、無理なく鍛えることができている。彼は先生としてもとても優秀だ。


 アロンの後ろに小柄な女性が控えていた。質素なワンピースを着ていて、手には大きなカバンを持っている。


 視線が合ったのでお互いに会釈した。見知らぬ人なのに、どこかで会ったような気がするのはなぜだろう?


 アロンに「彼女は?」と尋ねると、「ああ、新しいメイドです」と教えてくれる。


「今からメイド長のところに案内するんですよ」

「あなたが直々に?」

「若い奴らに任せると、すぐに口説こうとするから困ったもんです」


 騎士団長が案内するくらいだから、良家のお嬢様なのかもしれないと思ったが違ったようだ。


「では、失礼します」


 笑いながら私の横を通り過ぎるアロン。それに続いた小柄な女性が私の横を通り過ぎたとき、素早く手のひらに何かをねじ込まれた。


 驚き彼女を見ると、一瞬だけ視線を合わせたあと、黙ってアロンについていってしまう。


 なんだ?


 手を開くと小さく畳まれた紙が入っていた。


 嫌な予感がする。


 私が王家の役人をしていたころ、誰かに聞かれては困ることを相手に伝えるときに、このような連絡手段を取っていた。


 あせる気持ちを抑えて周囲に人がいないことを確認してから、紙を開くとそこには文字がつづられていた。


『今夜、部屋に行く』


 文字の下には、見覚えのある印が描かれていた。


 楕円の中に黒く塗りつぶした丸。目玉のようにも見える。


 それは王女殿下に仕える者同士が、連絡を取り合うために使っていた秘密の印だった。

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