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11 あなたの特別になりたい【テオドール視点】

 シンシア様が先ほどくださった言葉が、頭の中をぐるぐると回り続けている。


 いつもの私でいい?


 クルトが嫌いで私のほうがいい?


 誰かにそんなことを言ってもらえる日が来るなんて思っていなかった。


 脈が速くなり、全身が焼けるように熱い。


 普通なら病気になってしまったと考えるべきだが、この症状になったきっかけはシンシア様。だとすれば、考えられることは一つ。


 本で読んで少しも興味が持てなかったアレだ。


 恋愛小説に出てくる、アレ。


 これが、この気持ちが恋なのか?


 いや待て、まだわからない。


 私はシンシア様のことをとても好(この)ましく思っている。


 でも、好ましいだけでは恋とは限らない。


 主(あるじ)に忠誠を誓う騎士は盲目(もうもく)的だと聞く。主に認められるために命すらかけられるという。


 だから私は、シンシア様という理想的な主(あるじ)に出会っただけかもしれない。


 そうだ、まだ恋だと決めつけるわけには――。


「危ない!」


 力強く肩をつかまれ、私は立ち止まった。


 目の前には太い木が生えていて、このままだと顔面からぶつかっていた。


 私を止めてくれたのは、精悍(せいかん)なバルゴアの騎士だった。


「それ以上、森の奥にいくのは危険です」


 思考がまとまらず、とぎれとぎれのお礼を言うと騎士は人懐っこく微笑んだ。


「俺はシンシア様の王都遠征の責任者をしているアロンです。失礼でなければテオドール様とお呼びしても?」

「もちろんです。私はなんとお呼びすれば?」

「アロンとお呼びください」


 そうはいってもアロンは私より年上だ。


 バルゴア領でのアロンの立場がわからないだけに、彼への対応は慎重にならざるを得ない。でも、同じくシンシア様にお仕えする身だから、仕事仲間だともいえる。


 私が焚き火のほうを目指して歩き出すと、アロンは私の隣を一緒に歩いた。


「それにしても、さすがお嬢が選んだ方ですね。あんなによくしゃべるお嬢は初めて見ました」

「と、言うと?」


「お嬢は、俺達には『はい』と『わかりました』くらいしか言いませんから」

「え?」


 意外だった。シンシア様はくるくると表情が変わるのが愛らしいし、お話しされるときもとても楽しそうなのに。


「お嬢は俺たちに遠慮しているというか……。いや、誰かを特別扱いしないように気をつけている、が正解かな? 誰にでも優しいけど、誰にでも同じ距離を保つんです」


 誰にでも優しいという言葉が、なぜか私の胸に刺さる。そんなシンシア様だからこそ、困っていた私を助けてくださったのに。


「お嬢はバルゴアから王都に来るとき、一度も文句を言わなかったんです。つらいとかしんどいとかすらも。俺にはお嬢と同じ年くらいの娘がいますが、いつも文句ばかり言っていますよ」


 親しそうにアロンは私の肩に手を置く。その行動に不快さは感じない。


「だから、お嬢がテオドール様を連れてきて安心しました」

「私を、ですか?」


「そう! あなたはお嬢の特別な人だ」

「特別……そうでしょうか?」


 そんなことはないとわかっているのに、そうだったらいいと思ってしまう自分がいる。


 シンシア様のいろんな表情も、文句やわがままですら私にだけに向けられるものであれば嬉しい。


 だから、私はこれからそうしてもらえるように、シンシア様に誠心誠意お仕えして――。


「俺たちのように仕える者では、お嬢の特別にはなれませんからね」


 アロンの言葉に私は固まる。


「お嬢はね、自分のせいで誰かが責任を取らされることにとても敏感なんですよ。だから、お嬢より下の者ではダメです。婚約者であるテオドール様のように、対等な立場でお嬢の隣に立てる人じゃないと」

「対等な立場……」


 そんなことは恐れ多いとか、無理だとか言わないといけないのに、私の口からは別の言葉が出てきた。


「私はシンシア様の特別になりたいです。どうしたらいいですか?」

「ははっ、もう特別ですよ。だって、専属メイドすら選ばなかったあのお嬢が初めて選んだ人ですから」


「選んだ……?」


 いや、選ばれていない。あの場は私や城の衛兵を助ける為に仕方なくだ。


 そう思ったが、ふと、先ほどのシンシア様の言葉が私の頭をよぎる。


 ――クルト様の軽薄そうな感じは嫌いです。

 ――私、テオドール様のような真面目な方のほうがいいです!


 シンシア様はクルトより、私のほうが良いと言ってくれた。それは、クルトと私を比べて、私を選んでくださったということで……。


「私は、選ばれた?」


 アロンが私の背中をバシッと叩く。


「そうですよ! シンシア様を任せましたよ!」

「は、はい」


 じわじわと身体の内側から喜びが湧いてくる。それと同時に『冷静になれ』という自分もいる。


 確かに、シンシア様はクルトより私を選んでくださった。


 でも、シンシア様に『婚約者でなくてもいいので、私と一緒にバルゴアに来ませんか?』と誘われている。


 さっきだって『婚約者のふりをしてください』と言われた。


 シンシア様は、私のことを婚約者だとは思っていない。もちろん、私に婚約者になってほしいとも思っていないだろう。


 もしかすると、私を連れてきたことは、可哀想な犬を拾ったくらいの感覚でしかないのかもしれない。


 隣を歩くアロンを見ると、体つきはたくましく、肌は小麦色に焼けている。それに比べて私は、瘦せていて肌も青白い。


 シンシア様にも「顔色が悪いですよ」とか「休んでください」などと言われてしまっている。


 優しい言葉をかけてもらって喜んでいる場合ではない!


 まずはシンシア様に心配をかけないように体調を管理しなければ!


 それに、いざというときにシンシア様を守れるように身体も鍛える必要がある。


 アロンのようにはいかないまでも、こんなに疲れ切った身体ではダメだ。


「私はシンシア様にふさわしい人になりたい」


 私のつぶやきを聞いたアロンが笑った。


「ターチェ家の騎士に聞きましたが、テオドール様は公爵家の方なんですよね? 十分お嬢にふさわしい身分じゃないですか!」


 またバシッと背中を叩かれた。


 そうか、身分も必要だった。私が公爵令息でなければ、どれだけ努力してもシンシア様に選んでもらえることはない。


 でも、公爵令息なら話は変わってくる。


 たとえ私が公爵家でどんな扱いを受けていようが関係ない。遠いバルゴアの地では、実の両親によって流された私を貶(おとし)めるウワサを知っている人もいないだろう。


 だから、シンシア様のお気持ち次第では、本当の婚約者になれる可能性があることに気がついてしまった。


 私は、生まれて初めて自分の身体にベイリー公爵家の血が流れていることに感謝した。

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