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09 実は私、わがままです

 王都を出発した馬車の中で、私とテオドール様は王都とバルゴア領の違いを教えあいました。


「王都では、許可なく女性にふれることはとても失礼なことになります」

「へぇ」


 そういえば、夜会のときテオドール様も、私に『ふれることをお許しください』って言っていましたね。


 テオドール様は、王都での作法や文化、そして政治のことまでいろんなことを知っていました。それを今のように無知な私でもわかるように、優しくかみ砕いて教えてくれます。


 そういえば、お母様が『本当に賢い方というのは、専門的な難しいことですら、だれにでもわかるように説明できるのよ』と言っていました。


 まさにテオドール様がそれだと思います。叔母様もテオドール様のことを『優秀な方』と言っていましたものね。


 そもそも、王女殿下の代わりに公務をしていたくらいなので、テオドール様が優秀じゃないわけがないです。


 でも、優秀だからこそ、倒れるまで仕事をさせられてしまったんですよね?


 今もまだ顔色が悪いような気がします。私がテオドール様を見つめていると赤い瞳が私に向けられました。


「そういえば、シンシア様の専属メイドはどちらにいるのでしょうか? ご挨拶をしておきたいのですが」

「あ、それは……」


 痛いところをつかれてしまいました。この話をすると、私がわがままだとバレてしまいます。でも、テオドール様にウソをつくわけにはいきません。


 実は私には専属メイドがいません。私が10歳になったときに、専属メイドをつけることになったのですが、そのときメイド長がメイド達を集めて話しているところをうっかり見てしまったのです。


 メイド長は、バルゴアの紋章が入った短剣を掲げました。


「シンシア様の専属メイドになる者には、この短剣が渡されます。なぜ短剣が渡されるかわかりますか?」


 一人のメイドが答えました。


「命がけでシンシア様をお守りするためです」


 メイド長はゆっくりと頷きます。


「そうです。シンシア様の専属メイドになるということは、常にシンシア様の一番近くでお仕えし、自分の命よりシンシア様を優先するということ。

 それができない者は専属メイドになる資格はありません。もし、シンシア様を守れず自分だけが生き残った場合、家族もろともバルゴアの地を二度と踏めないと思いなさい。

 その覚悟があるものだけが、シンシア様の専属メイドになることができます。覚悟がない者は、今すぐこの部屋から去りなさい」


 部屋から出ていく人はだれもいません。


 いつもニコニコしている明るいメイドたちは、みんな、怖いくらい真剣です。


 あのときのことは、今思い出しても、胃が痛くなります。


「10歳の私は、それを見て、泣いちゃって……」


 お父様をポカポカなぐりながら、『専属メイドなんか絶対にいらない!』とわがままを言ったのです。結局、だれか一人に決めず、これまで通りメイドたちは入れ替わりで私のお世話をしてくれることになりました。


 それと同じ理由で、私には専属の護衛騎士もいません。


 貴族令嬢らしくないと言われてしまうかもしれませんが、私を守るためにだれかが犠牲になるのは嫌なので仕方ありません。しかも、もし私を守れなかったら、家族ごと罰を受けてバルゴア領から追い出されてしまうなんて……。


 でも、専属メイドがいなければ、だれか一人のせいにはなりません。私に何かあってもメイド全員を追い出すことはできませんからね。


 メイドたちには「シンシア様! もういい加減わがままを言わず専属メイドを決めてください!」と怒られているのですが、私はこのわがままだけは押し通す気でいます。そのために、自分のことは全部自分一人でできるようにしていますから。


 まぁ、そのわがままのせいで王都に行く際に、心配したお父様にこんなにもたくさんの護衛騎士をつけられてしまったのですが……。


「私は、お父様に嫌だって言ったんですよ? でも、聞いてくれなくて。本当に恥ずかしいです」


 チラリとテオドール様を見ると、口がポカンと開いていました。


 ほらっテオドール様にも、お父様の過保護があきれられてしまっているじゃないですか!


 テオドール様は「お気持ちわかります」と言ってくれました。


「そうですよね!? こんなに過保護にされたら、だれでも恥ずかしいですよね?」

「いいえ、そうではなく、これだけの護衛をつけたバルゴア辺境伯のお気持ちが私にはわかります。そして、シンシア様を命がけで守りたいと思うメイドたちの気持ちも」


「えっ、そっちですか?」

「はい。そして、ダメだとわかっていても、シンシア様の可愛い願いを許してしまう辺境伯のお気持ちも」


「可愛い……?」


 今、テオドール様、私に可愛いって言いましたよね?


 ……あれ? 違う違う! 今の言い方は、願いが可愛いのであって、私が褒められたわけではないです!


 危ない、おかしな勘違いをしてしまうところでした。


「私もわがままはダメだと、わかってはいるんですが……」


 テオドール様は困ったようにクスッと笑いました。


「それはわがままではありません。専属メイドへの厳罰が気になるなら、辺境伯に罰則の変更を掛け合ってみるのはいかがでしょうか?」

「お父様に? な、なるほど!」


 さすがテオドール様、話すことすべてが、かしこそうです。


「シンシア様さえよければ、私が辺境伯に掛け合います」

「いえいえ、そこまでしていただかなくても大丈夫です。テオドール様はのんびりしてください」


 テオドール様の手が、私の右手を優しく包み込みました。


「え?」


 私の心臓が跳ね上がります。混乱する頭で『あれ? ふれる許可は? あれ、女性に勝手にふれてはいけないのでは?』と思いましたが驚きすぎて考えがまとまりません。


「シンシア様に助けていただいた恩をお返ししたいのです。あなたの願いなら、すべて叶えて差し上げたい。なんなりとご命令を」


 え? それって婚約者のふりをするというより、補佐官では? いや、補佐官でもないような?


 そう思ったものの、テオドール様の切なそうな表情に見惚れてしまいます。


 ダメです、このままでは私の心臓が持ちません。


 私はあわてて話題を変えました。


「そ、そういえば、テオドール様は何をするのがお好きですか?」


 私の急な質問はテオドール様を悩ませてしまったようです。


「本を読むのが好きだったのですが、最近は読めていません」

「そうなのですね。私も本を読むのは好きですよ」


 私は恋愛小説しか読みませんけどね。テオドール様はきっと難しい本を読んでいるんでしょうね。


「じゃあ、バルゴア領についたら、また本が読めますね! のんびり過ごしてテオドール様の好きなことをたくさんしてくださいね」

「好きなこと……」


 テオドール様は、また考え込んでしまいました。考えている姿も素敵です。


 でも、顔色が悪いのがやっぱり気になります。


「テオドール様。顔色が悪いですよ? 少し眠りませんか?」

「いえ、気分が良いので大丈夫です」


 いやいや、まだ目の下にくまがくっきりと残っていますよ!?


 食事もまともにとっていませんよね!?


 テオドール様は、同じ馬車に乗るのもためらっていたくらいなので、私にものすごく気を使っているような気がします。


 なので私はわざとあくびをしました。


「ふ、ふわぁ……私は眠くなってきました」


 目をこすって眠いアピールをします。


「私は寝るので、テオドール様も休んでくださいね」

「はい」


 テオドール様は、少しためらったあとに「おやすみなさい」と言ってくれます。


「おやすみなさい」


 私もそう言うと、テオドール様は少し恥ずかしそうに口元をゆるめました。


 なんですか、その素敵なお顔は!?


 というか、王都で『おやすみなさい』がどんな意味を持つのか聞くのを忘れていました。

 でも、眠いと言ってしまったし今さら聞けません。


 私は気になりながらも目を瞑(つぶ)りました。


 そのまま寝たふりをします。


 しばらく寝たふりを続けたあとで、私は『もうそろそろいいかな?』と思いながら、薄目を開けました。


 反対側の席に座っているテオドール様は、腕を組み馬車の側面に寄りかかるようにして目をつぶっています。


 どうやら眠ってくれたようです。


 私はホッと胸をなでおろしました。


 やっぱり、疲れていたのに私に気を遣って眠れなかったんですね。


 テオドール様の寝顔は、とてつもなく美しい上に、なんだかあどけない感じがします。


 かっこいいのに、かわいいってどういうことなの!?


 もうずっと見ていられます。でも、寝顔を凝視されつづけるなんて嫌すぎですよね。


 私は窓の外に目を向けました。王都の華やかな街並みは消えて、見渡す限り畑が広がっています。


 来る時よりかなり馬車を飛ばしているようです。護衛騎士たちも馬に乗っている人達しかついてきていません。


 歩きの人や荷馬車は、あとから来るようです。


 国王陛下は、テオドール様を手放す気はないようなので、今は王都から少しでも離れたいところです。


 でも、この速さなら、1時間に1回は馬を休憩させる必要があります。


 そんなことを考えているうちに、休憩の為に馬車が止まりました。護衛騎士が馬車の扉をノックしたので、私はあわてて人差し指をたてて「しー!」と静かにするように伝えました。


「お嬢。馬を休ませつつ、夜まで走ります」

「わかりました」


 しばらくすると、馬車の外が騒がしくなりました。


 休憩を終えてまた馬を走らせるようです。あとはこれの繰り返しで、日が暮れるまでつづきました。

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