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03 王都は本当に危ないところだったんですね

 夜会会場から出た私とテオドール様を、叔父様と叔母様が追いかけてきました。


「あ、叔父様、叔母様! 勝手なことをして、すみませ……」


 謝ろうとした私に叔母様はとてもよい笑顔を向けます。


「シンシアったら、すっごいじゃなーい! こんなに優秀な方を婚約者にしちゃうなんて! バルゴア領はこれからさらに栄えるわね」


 叔父様も困ったような笑みを浮かべていますが、怒ってはいないようです。


「君達は今すぐこの場から離れたほうがいい。あとのことは私達に任せて」

「そうそう、王女殿下がこれ以上、何かをする前にね」


 叔母様は嬉々として私とテオドール様をターチェ伯爵家の馬車に詰め込みました。


「私達は別の馬車で帰るから、あなたたちは二人でじっくり話し合ってね」


 パチンとウィンクする叔母様。


 私とテオドール様が向かい合わせで席に座ると、馬車がゆっくりと動き出します。


 真正面から見るテオドール様は、本当に美しいです。そして、美しいだけではなく、全身から誠実さがにじみ出ているような気がします。


 いえ、誠実さだけではありません。気品と優雅さ、さらに物腰のやわらかさ。こんな男性、バルゴア領にはいないです。


 でも、表情はつかれきっていて、目の下にすごいくまがあるのが心配ですが……。


 とにかく先ほど見た軽薄そうなクルト様とは大違いです! お二人は本当にご兄弟なのかと疑いたくなってしまいます。


 素敵なテオドール様に、私はどう見えているのでしょうか……。不安になってきました。


 そんなことを考えていたので、「シンシア様」とテオドール様に名前を呼ばれた私は盛大にビクついてしまいました。


「は、はい」

「改めて、先ほどは助けてくださりありがとうございます」

「いえ……」


 冷静になってみれば助けるためとはいえ、勢いで公爵令息に婚約を申し込んでしまいました。


「あのえっと、婚約の件どうしましょうか? まず、テオドール様のお父様ベイリー公爵様にご相談したほうが……」


 馬車の外に視線を逸らしたテオドール様は、なんだか切ない表情をしています。


「父は私ではなく、クルトが王配にふさわしいと思っていることでしょう」

「え? そうなのですか?」


 テオドール様は、こくりとうなずきました。


「私の外見は、厳格だった祖父にそっくりなのです。祖父は父や母につらく当たっていたそうで。なので、私は両親からうとまれて育ちました」

「……はぁ? いやいや、『なので』はおかしいですよ! なんですか、そのありえない理由は!?」


 テオドール様は、厳しかったおじいさんと似ているから、両親に嫌われているってことですよね!? 意味がわからないです!


「クルトの外見は、母にそっくりなのです。それで、父も溺愛していて……。何をしてもクルトがほめられ、私はいつも怒られていました」

「そんなの差別を通り越して、虐待じゃないですか!? なんなんですか、ベイリー公爵家は愚か者の集まりですか!?」


 テオドール様がクスッと笑ったので、私はあわてて手で口を押さえました。


「す、すみません!」

「いえ、私のために怒ってくださる方がいるなんて……嬉しいです」


 そう言ったテオドール様の目じりには、うっすらと涙が浮かんでいます。


 家族に愛されずうとまれるって、どういう気持ちなのでしょうか? 少し想像しただけで、あまりのつらさに私も涙が出そうになってしまいました。


「そういうことなら、ベイリー公爵には会わないほうが良いですね!」

「そうしていただけるとありがたいです」


 私は家族に愛されて育ちました。私の父は、恥ずかしくなるくらい過保護だし、母も私のことをとても大切にしてくれています。兄だって、少しズレているけど、私を可愛がってくれているのはわかります。それがどれだけ幸福なことだったのか、テオドール様のお話しを聞いて初めて気がつきました。


 さらにテオドール様は、婚約者だった王女殿下に浮気までされて……。テオドール様のこれまでを思うと、胸が苦しくて仕方ありません。


「わ、私はテオドール様の嫌がることは決していたしません!」

「シンシア様……」


「あの、えっと、私の住んでいるバルゴア領はすごく田舎で何もないんです。何もないから疲れを癒すのには……いいかも?」


 いったい私は何を言っているのでしょうか?


「だから、その、婚約者でなくてもいいので、私と一緒にバルゴアに来ませんか? 今のテオドール様に必要なのは、休息、なような気がします」


 私はとぎれとぎれになりながらも、なんとかそう伝えました。もっと堂々と話せる人になりたいです。


「……シンシア様は、どうして初めてあった私の言葉を信じて、助けてくださろうとするのですか?」

「え?」

「私の言葉がウソだとは疑わないのですか? 優しいあなたをだまして都合よく利用しようとしているのかもしれませんよ」


 テオドール様の瞳は真剣そのものです。ということは、王都ではウソをついてだまそうとする人が多いってことですか?


 私の脳内に父の言葉がよぎります。


 ――王都は危ないから。


 なるほど、それはたしかに危ないですね。でも、私だって良い人と悪い人の区別くらいつきますから!


「テオドール様が悪い人ではないことくらい、初めて会った私でもわかります」

「シンシア様……」


 テオドール様の声はかすれていました。


 今までテオドール様の味方は、どこにもいなかったのでしょうか? 王都はこんなにも煌(きら)びやかで、たくさんの人達が暮らしているのに。


「その、うまく言えませんが、バルゴア領では困っている人がいたら助けます」

「では、シンシア様は私が困っていたから助けてくださったのですか?」

「は、はい。あ、いえ、あの場でああしないと、テオドール様だけでなく衛兵さんも大変な目に遭(あ)いそうだったので、あわてて出ていったというのもあります」


 テオドール様の瞳がわずかに見開き、不思議なものを見るように私を見つめています。


 あれ? 私、何かおかしなことを言いましたか!? はっ!? もしかして、そんな考え方をするのは田舎だけですか!? 今、テオドール様に私が田舎者だってバレちゃったのかも……。


 そんな私をバカにすることなく、テオドール様は優しい笑みを浮かべました。


「シンシア様、お言葉に甘えさせてください」

「え?」

「バルゴア領にお邪魔しても良いでしょうか?」

「は、はい! もちろんです!」


 元気にお返事した私は、嬉しくてどうしようもなく胸がドキドキしています。テオドール様が笑ってくれると、私のつまらなかった世界が美しく輝いて見えるのが不思議です。


 私とテオドール様を乗せた馬車は、お世話になっているターチェ伯爵邸に着きました。


 伯爵邸の広大な庭園の端では、バルゴア領からついて来た私のたくさんの護衛達が野営しています。


「あ、お嬢! おかえりなさい!」

「どうですか? 良い男、捕まえました?」


 そんなことを言いながら下品な笑い声をあげています。


 や、やめてぇえ! テオドール様の前で田舎者を丸出しにしないでぇえ!


 ぽかんと口を開けているテオドール様は「バルゴアがご息女を守るためだけに、軍隊を率いて王都にやってきたというのは本当だったのか……」と呆れています。


 だから、お父様に過保護はやめてって言ったのに!


 私はあまりの恥ずかしさにしばらく顔をあげられませんでした。

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