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02 こ、このセリフは!?

 驚く叔母様を残して私は人だかりに向かって走り出しました。普段は履かない高いヒールの靴でも気をつければ走れるものなのですね!


 私がそんなことを考えている間にも、有名なセリフが聞こえてきています。


「お前は嫉妬からここにいる弟のクルトを虐待していたそうね!? そのような愚か者はいずれこの国の女王となる私の王配にふさわしくない!」


 人だかりをかきわけていくと、テオドール様をにらみつける王女殿下とその横で悲しそうな顔をしている浮気相手のクルト様が見えます。


 クルト様は王女殿下の腰に手を回しながら「兄さん、どうしてこのようなことを……。僕はただ兄さんと仲良くしたかっただけなのに」とか言いだしました。


 いやいや、この銀髪野郎は、何を言っているのですか?


 婚約者の浮気相手と仲良くするなんて、ありえないことでしょうが!?


 堂々と浮気しながら、なぜか勝ち誇っている王女殿下とクルト様。その様子を見ていると、部外者の私でも、なんだかいやぁな気分になってきました。


 でも、大丈夫です!


 だって、悪役令嬢ものはここから反撃に出るのが面白いのです。さぁ、悪役令息テオドール様、顔をあげて存分に言い返してくださいな!


 と思っていたのですが、テオドール様はいつまで経っても顔をあげません。


 しばらくすると、消え入りそうな小さな声で「……婚約破棄、うけたまわります」と聞こえてきました。


 テオドール様に婚約破棄をつきつけていた王女殿下とクルト様は手をとりあって喜んでいます。


「あはは、テオドールが罪を認めたわ! これで私は愛するクルトと一緒になれる! 真実の愛の勝利よ!」


 え? え? 王女殿下の発言、やばくないですか?


 これって現実? こんなおかしなこと小説の中でしか認められませんよというか、小説の中でも認められていないのに……。


 王女殿下は「衛兵、罪人テオドールを捕えよ!」なんて叫んでいます。


 いやいや、王女殿下の独断で公爵令息を罪人扱いはダメでしょう!


 それなのに、テオドール様は抵抗すらする様子もありません。


 私の周りにいる貴族たちは困惑しながらも、その顔にははっきりと『かかわりたくない』と書かれています。


 城の衛兵たちも困った顔をしながら、おそるおそるテオドール様に近づいていきます。そうですよね、あなたたちも困りますよね。


 いくら待っても、だれも悪役令息にされたテオドール様を助ける人は出てきません。


 えっと、こういうときは悪役令嬢ものの小説では、第二王子とか、隣国の王子とか、ちょっとワイルドな辺境伯かまたはその息子とかが、颯爽と現れて助けてくれるのですが……。


 早くテオドール様を助けるために、第二王女か、隣国の王女、ちょっとワイルドな女性辺境伯またはその令嬢、出てきてください!


 あれ? 辺境伯令嬢って私もそうですね?


 いや、ワイルド要素はありませんけど。


 そんなことを考えている間中、王女殿下は「何をしているの!? 早くテオドールを捕えなさい!」とヒステリックに叫んでいます。


 困りきった衛兵がテオドール様の腕をつかもうとしました。


 ああっ、ダメ! こんなめちゃくちゃな命令を聞いて公爵令息に手出ししたら、あとからどんな目に遭わされるか! あなたにも守るべき家族がいるのでしょう!? 


 仕方がないので、私は人だかりの中から前に出ました。そして、衛兵を制止します。


「や、やめておいたほうが良いですよ……」


 小声でそう伝えると、衛兵はハッとなり顔をあげました。


や、やめて、そんな救世主を見るような目でこちらを見ないでください。


 王女殿下に「見ない顔ね、お前はだれなの?」と問われたので、私はがんばって練習した淑女の礼をとりました。緊張で足がぷるっぷるしているのはお許しください。


「わ、私はバルゴア辺境……」

「はぁ!? 聞こえないわ!」


 ひぃ、王女殿下のお顔がこわすぎです。隣にいるクルト様の顔も、不機嫌を通り越して殺気立つように私をにらみつけています。


 あああ、こういう状況で出ていくには、こんなに勇気が必要だったのですね。小説では盛り上がるシーンですが、私には荷が重すぎます。しかも、ここからかっこよく悪役令息を助けるなんて私にはムリ!


 そんなとき、聞きなれた声がその場にひびきました。


「その方は、バルゴア辺境伯のご令嬢シンシア様です」


 見ると、叔母様が堂々と王女殿下に立ち向かっています。


「バルゴアですって?」


 ザワザワとざわめきが広がっていきます。


「あの、バルゴア領?」

「広大な土地を持ち、この国最強の軍隊を持つあのバルゴアのご令嬢!」


 いえいえ、なにか誤解があるようですが、あそこは楽しいことが何もない田舎です。


 ずっとうつむいていたテオドール様がゆっくりと顔をあげてこちらを見ました。


 その目はうつろで生気がありません。


「だ、大丈夫ですか?」


 テオドール様に伸ばした私の腕を、なぜかクルト様がつかみました。


 え? 王女殿下のお側にいたはずなのに、いつのまに私の側に?


「バルゴアのご令嬢だったなんて!」


 そう言うクルト様の瞳は、キラキラと輝いています。


「僕はクルトと申します。なんてお美しい! 王都は初めてですか? ぜひ僕にご案内させてください!」


 え、えー?


 ついさっきまで、私のことを殺しそうな目で見ていましたけど??


 なんなんでしょうか、この気持ち悪い人は……と思っていたら、その後ろで王女殿下が恐ろしい顔で私をにらみつけています。


「……クルト、どういうつもりなの?」

「やだなぁアンジェリカ、やきもちかい? 僕が愛しているのはアンジェリカだけだよ」

「本当?」


 急に二人の世界に入った王女殿下とクルト様。


 私はその隙に、こそっとテオドール様の袖を引っ張りました。


「テオドール様、今のうちに逃げましょう」

「しかし、それではあなたにまでご迷惑が……。どうか私のことはお気になさらず。私はもう、つかれてしまいました」


 儚げにため息をつかれて、私の胸はぎゅっとしめつけられました。


 なんなんでしょうか、この気持ちは! こんな気持ち今まで感じたことがないです。


「く、くわしいことはわかりませんが、浮気はダメだって私の母が言っていました。だから、テオドール様が罪人になるのはおかしいです」


 テオドール様は、悲しそうに微笑むだけで、この場から動こうとしません。


「あなたにご迷惑をかけるわけにはいきません」


 そうなんですけど……あーえっと、小説ではどうしていたかな?


 あ、そうそう、私からかっこよく婚約を申し込むんでした。


 私は再び淑女の礼をとりました。そして、テオドール様の美しい瞳を見つめます。


「テオドール様、私と婚約してください!」


 その言葉に夜会会場は再びざわめきます。


 テオドール様の赤い瞳が大きく見開きました。


「ど、して?」

「えっと、あのその……ひ、ひとめぼれです?」


 その言葉を聞いたテオドール様が、初めてクスッと笑いました。


 その微笑みの破壊力と言ったら! あまりのトキメキに私の心臓が破裂するかと思いました。


「シンシア様は、お優しいのですね」


 そう言ったテオドール様は、右手を自身の胸に当てると私を優しく見つめました。


「その婚約、喜んでお受けします」


 ワァと歓声があがるとともに、拍手が鳴り響きます。


 そんな中「はぁ!? テオドールは私の婚約者なのよ!」と叫ぶ王女殿下の声が聞こえました。


 あれ? さっき婚約破棄をつきつけていませんでしたっけ?


 ため息をついたテオドール様は、遠慮がちに私の肩に手を置きました。私の耳元ですごく良い声がします。


「少しだけシンシア様にふれることをお許しください」

「は、はいぃい」


 私の肩を抱き寄せたテオドール様は、王女殿下を見つめました。


「先ほどもお伝えしましたが、婚約破棄をお受けします。でもそれは、王女殿下の浮気による有責で私に非はありません」


 そう言ったテオドール様の手は、かすかに震えていました。


 私も震えながらテオドール様の手にふれて、『がんばれ』という気持ちを込めてテオドール様を見つめます。


「あなたの不義理で私はとても苦しみました。次期女王陛下となられるあなたにふさわしい婚約者であり続けるために、私が今までどれほど……どれほど、この身を王家に捧げてきたか……」


 くやしそうに歯を噛みしめるテオドール様。


「でも、それも今日で終わりです。弟のクルトに私の代わりができるものならやってみてください。私は……」


 私の肩をつかむテオドール様の手に、少し力が入りました。


「私は、絶望の淵から引き揚げてくださったシンシア様に、これからのすべてを捧げます」

「兄上、王女殿下に無礼だぞ!」


 クルト様の叫びを聞いたテオドール様は、フッと鼻で笑いました。


「あなたたちのことだ。どうせ私を罪人にしたてあげて、仕事だけ押し付けようとでも画策していたのでしょう?」


 それも悪役令嬢ものの小説あるあるですよね。もちろん、そんなひどいことは、ゆるされることではありません。


「行きましょう、シンシア様」

「はい!」


 なんだか王女殿下とクルト様が叫んでいてさわがしいですけど、もう振り返る必要はありませんね。

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