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四十三話 神殺しは迷宮の中で 其の拾肆

「痛えな、オイ」


 壁際まで吹き飛ばしたはずのレイルであったが大した傷にはなっておらず、彼の体には糸が巻かれており、バサラの渾身の一撃を防いでいた。


 その一方、バサラは壁にもたれ掛かり、何とか自分を立ち直そうとするも流れる血が自身の視界を赤く染め上げて行く。


 まだまだ元気一杯といった様にレイルはゆっくりバサラに吹き飛ばされた距離を詰め始めた。


 満身創痍という言葉よく似合うほどバサラ、疲弊し、傷だらけ。レイルへの奇襲がよりによってほんの少しの時間を生むだけであり、彼の体は動けなくなってしまっていた。


 吟千代ぎんちよはそんなバサラを見て、自身が今、出来ることを全力で考えた。


(どうする?! どうする?! バサラ殿が、バサラ殿が! レイルは止まらん、あやつは敵対するのであれば容赦は無い! 拙者のためか。そうだ、バサラ殿は拙者のためにこうも体を張ってくれた。なら、今、拙者がすべきは)


 考えがまとまらないが吟千代ぎんちよは動くことだけに意識を向け、レイルへと声を上げた。


「レイル! 拙者が、拙者が悪かった! 仕事が遅くて申し訳ない! 罰はいくらでも受ける。だから、バサラ殿だけは、もう傷つけないでくれぬか!?」


 地面に頭をつけ、自身の非礼を詫びる。

 それが最適であると考え行うもレイルは一切、彼女に目を向けず、バサラへと近づいて行った。


「レイル! 頼む! 拙者はどうなってもいい! だから! 頼む!」


 レイルの歩く道に入り込むと彼は吟千代ぎんちよの顔目掛けて突きを放つ。吟千代ぎんちよの小さい体は簡単に吹き飛ばさるも彼女を気にすることなく進みながら応えた。


「お前への罰は後だ。俺に戦いを挑んだんだ、コイツは。それなら殺す以外の答えは無い」


 少しばかりしか残されていない距離で吟千代ぎんちよは地面に突き刺さっていたあるモノが目に入った。


(これしかない、今、拙者が出来ることはこれしか!)


 レイル目掛けて、地面に刺さっていた刀を投擲した。しかし、その武器の纏うただならぬ雰囲気を感じ取ると背後からであるがレイルは避けた。


 最後の一投、悪足掻き、そんなところであろうとレイルは判断するもそれがすぐに違うことを理解した。


 刀はバサラの真横に突き刺さり、途絶え途絶えの意識の中で、その漆黒の刃から見える氣に彼は惹きつけられた。


 手を伸ばし、刀の柄を握りしめる。

 突き刺さった刀を抜き、それをどう使うかは分からない。


 バサラは吟千代ぎんちよが行っていた振るい、抜き、裂く、自分が見て来た行動を思い返した。


 この間、およそ0.1秒。

 記憶を頼りに刀を腰に差し、構える。


「侍のモノマネか? そんなんで勝てるかよ」


 見様見真似でありながらも、レイルはバサラが放つ殺気に無意識に糸での防御をしていた。そして、それをしなければ、彼は死んでいた。


 バサラは体の力を一気に脱力し、最速の一刀を、放つ。


 漆黒の刃は自身の主人に出会う事なく、その地に眠っていた。故に、自身を握ったバサラが、自身の運命であると感じ取ると力を溢れさずにはいられなかった。


 斬撃は黒く染まり、レイルの体を切り裂くと彼以外の部屋の壁や黄金すらも巨大な傷跡をつけた。


 ボロボロになりながらもその一撃がレイルを傷つけたという事実がバサラの思考を急速に加速させ、口を回す。


「次、この一撃を塞ぐ術、ないよね?」


 糸での防御をものともしない斬撃とバサラの一言、それらがレイルの矜持を傷つけ、そして、思考を鈍らせた。


 その思考の鈍りはレイルの攻撃という手段を無くし、自身が持てる最大の防御をとることになる。


五色の糸パラダイス・ガイド絶壁鋼糸アブソリュート


「もう一度打ってこい。お前の攻撃なんざ、止めてやる」


 レイルとバサラの思考は似ている。

 ただ、似ているのではなく、限りなくそっくりでありながらも隔絶している部分もあった。


 レイルという人間は自身の戦闘に誇りを持ち、バサラという人間は戦闘に誇りを持ち得ない。


 純粋なまでに相手を倒すことに特化した思考、それがバサラである。


 そこに至るまで、バサラはレイルを分析し尽くしていた。彼が一騎打ちの状態に持ち込めた時点で条件を飲んでくれると確信しており、自身の求める勝ち筋をより強固にするために絶え絶えの息の中、レイルに喋りかけた。


「なら、条件がある」


「何だ」


「僕が君の体にもう一太刀、入れられたなら、君の負けで、吟千代ぎんちよを置いて帰って欲しい」


 レイルはその条件を飲む以外考えられなくなっている。何故なら、バサラが彼の糸を切り裂いたと言う事実が自身のプライドを傷つけられ、それを許す程、レイル・カラマーゾフは成熟し切っていない。


「良いだろう、その条件呑んでやる。ただし、こちらが勝てばお前の首を貰う、いいか?」


 死地の中でのやり取りを前に、自分の策がハマった瞬間、バサラは思わず笑顔を溢し、それをレイルは了承と捉え、全力で迎え撃とうとする。


(さぁて、大仕事だ。吟千代ぎんちよを傷つけず、尚且つ、この場からレイルを追い払う。出来るか? いや、出来る出来ないを考えるな。やるんだろ? 俺)


 刹那の間、沈黙が流れるも刀は主人を見つけたことにより、その真価を発揮しようとバサラに閉ざしていた心を開く。


 共鳴器、名を涅焔カーラ

 共鳴器は持ち手を選び、運命は共鳴器を惹きつける。生涯出会う事もなければ、出会いその才覚を発揮する。


 数百年の眠りを終え、バサラの下に涅焔カーラは主人を見つけた。


「君、涅焔カーラって呼ぶんだね。なら、行こう、涅焔カーラ。僕の全力をレイルにぶつける!」


 脳内に刻まれた言葉をバサラは呟くと目に光が灯り、片目はレイルの氣を、もう片方で彼の両方を見て、構えた。


 吟千代ぎんちよの構えを、手の動きを、模倣し、自分のモノへと昇華させる。


 最速など要らず、破壊のみを求める極限の一。


 涅焔カーラが腰から抜かれると同時、その刃から全てを燃やし尽くす黒き炎共に斬撃が放たれた。


 一閃という言葉が似合うほどの美しき所作と納刀、そして、レイルの絶対的な自信を誇った防御、それらを一方的に破壊する。


 炎はレイルの糸を燃やし尽くし、斬撃は彼の胸を切り裂き、彼の体に敗北の戦跡を刻む。


 初めて破られた自身の絶対。

 誇りを傷つけられ、怒り狂いそうになる自身の脳内。


 ただ、出された条件は守らねばならない。そうでなければ矜持を捨てた獣に堕ちるとレイルは理解し、怒りを受け入れる。


 受けた傷を気にする素振りも見せず、バサラ達から背を向けるとレイルは何も言わずにその場から去った。


 ギリギリの中、バサラは自身と吟千代ぎんちよの生存を勝ち取ったのであった。

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