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テストの季節

始まってしまった体力テスト。

さくやのグループは項目を次々とクリアして行き、記録表に記載された物を確認していた。握力・左40右43、腹筋39回、腕立て伏せ35回、反復横跳びは59回。そして50m走は6.9秒と高校一年生としては平均的な数値に収まっているのではないだろうか。しかし上級生である五十嵐の記録を確認してみると、握力は左右とも70、腹筋は60回、腕立て伏せは64回、反復横跳びは65回。そして50m走は5.9秒とかなりの差が出来上っていた。

さくやがその記録に驚いていると「孤狼も三年になる事にはここまで成長しているだろ」柏木に言われてしまった。

「流石に無理ですって……」

苦笑いしながら答えるが、上級生達の目は笑っていなかった。特に二年である優子と透は昨年のことを思い出しているのか、どこか遠い目をしているような気がした。

「あの、そんなに辛いんですか?」

思わずそんな事を聞いてしまう。たった一年しか違わないのにも関わらず、ここまで遠い目をされてしまうと、聞かざる終えない状況になっていた。

「いやそこまで辛くないと思うよ?ね」

「……自分だけ、ですか?」

何故そう言われるのか分からず、困惑した表情で透と向き合うさくや。何故なのかと尋ねると彼女は今もテストを受けているグループを指差していた。

「君はまだ武装が軽いから大丈夫なんだ。だけど他の一年はライフルやショットガンを武装しているでしょ?確かにあれらの銃器は派手だし目立つから上級生の目には止まるよね、良くも悪くもだけど」

「良くも悪くも、ですか……」

「まずあの男の子が武装しているのはAR-10の軽量モデル『Ruger SFAR』は20万円。弾倉は20連マガジンで一つ4千円、それが予備を合わせて五つ。マグポーチはダブルマグポーチ式で一つ6千円、それが二つ。スリングは多分9千円のかな?合計約24万。そこから更にプレートキャリアや弾薬代を考えると……初日で30万は飛んだね」

「えっ、そこまで把握してるんですか!?」

「うん、同じの使ってるからね。違うのはライフルスコープかな?私のはTrijicon AccuPoint 1-4x24ってスコープを装備してるよ。これは低倍率可変スコープで近距離から中距離向け、13万くらいだよ。だけどあの男の子の仕様はVortex Diamondback Tactical 4-16x44っていう中距離から遠距離まで行けるライフルスコープを装着してる、正直あそこまで高性能な物は一年の間だと要らないんだけどね。あとはWarne 45 Degree Offset Mountっていう45度斜めに配置できるオフセットデザインの物が付けられていて、そこにHolosun HS510Cというドットサイトが付けられているね。あれは近距離狙撃を補う為の物なんだろうけど……あのライフルだけでかなり値段使ってるね。付属品だけで約13万、私生活に何処までお金を割いてるか分からないけど、確実に半分は消し飛んでると思うよ」

淡々と話していく透の解説を聞きながら、さくやはクラスメイト達の武装と様子を確認していた。


最初こそ余裕な笑みを浮かべてたクラスメイト達だったが、後半になればなるほど疲労感が増している様子だった。ただでさえ武装が重いのもあるが、スリングで肩に掛けられているため動く際に揺れて邪魔になっているらしい。メインウェポンの他にもハンドガン、ナイフをサイドアームとして装備している状態。身体に邪魔な重りを付けて運動しているのと変わらなかった。

まだ腕立て伏せだから良いものの、ソフトボール投げなどでは流石に邪魔だったのか背中に背負った状態に変更していた。これから先には5㎞走が控えている状況のため、武装が邪魔にならないように走らなければならなかった。

「大丈夫かな」

心配そうにその姿を見ていると、柏木がそっと肩に手を置いてくる。

「今はクラスメイトよりも自分自身の事を考えた方が良い。そうでないと後々面倒な事に巻き込まれる」

「面倒なこと、ですか?」

「あぁ。例えばカツアゲとかな」

「……カツアゲ?あのカツアゲですか?」

何故そんな事が発生するのか分からないと言った様子で首をかしげていると、五十嵐が解説してくれる。どうやら新入生は最初の一ヶ月で好き資金をほとんど使い潰してしまうことがあるらしく、翌月から支給される資金では生活が出来なくなる生徒が多いという。その為5月からはカツアゲが多発し生徒同士のぶつかり合いが絶えないらしいく、教師陣や上級生達は目を光らせているという。

さくやが五十嵐にそういった時期が彼らにもあったのかと尋ねると、存外そうでもないと笑っていた。特に優子と透が一年だった頃はそんな事は起こらなかったらしく、上級生達の戯言だと思ったという。

しかし今回一年の武装を見てみれば、重武装している生徒や高価な銃器を武装しているのが支給品使い《孤狼さくや》以外の生徒全員。この状態に教師陣は全員ため息をついており、今年は不作だと愚痴を言っていたらしい。さくやが注目されているのは、資金をしっかり考えて使っていること以外にも理由があった。それが「支給品使い」という呼ばれる原因だという。

「そもそも支給品のM1911A1なんて誰も使わない、45口径フォーティーファイブを使うとしたら日向の様にHK45を選択する生徒もいる。ガバメントタイプが好きなら、MEU PISTOLやM45A1 CQBPがある。だから支給品のM1911A1なんて誰も使わないってわけ」

「ナイフも同じ理由。折りたたみ式のナイフはコンパクトに出来て持ち運びが便利ってのが利点だが、タクティカルナイフとかと比べると可動部がある事で破損しやすくなる。つまり耐久性は低いって事だ」

「……だから支給品は誰も使わない?」

「そういうこと。だからベルト以外は全部売ってお金にするのがセオリーなんだよね」

上級生達からそう言われてしまうと、なんとなくそれが正しいのかも知れないと思ってしまう。集団心理という物は恐ろしい物だと思いながらも、一旦その言葉を飲み込んだ上で弾薬の入っていないM1911A1をホルスターから取り出して見つめる。軍から払い下げられたであろうその銃は傷だらけであり所々は錆びていた、さくやが手持ちのメンテナンスキットである程度綺麗にしたとはいえ、簡易的なメンテナンスでは限界があるのは分かりきっていた事だった。

「まだ実弾は撃ったことない?」

「ペイントシムニッションもまだ撃ったことは無いですね」

射撃場に脚を運んだことはあるが時間外だった事もあり、射撃は出来ず仕舞いで今日という日を迎えていた。クラスメイトの中には既にペイント、実弾射撃を体験済みの生徒がいてもおかしくないだろう。買った玩具をすぐに試したくなるのは当たり前であり、これから先使用するのであれば先に慣しとして発砲するのは当然のことだろう。

「そういえば昨日の射撃場、阿鼻叫喚してたな……」

五十嵐が思い出したかのように話し出していた。優子が何かあったのか尋ねると、彼は昨日の射撃場は若い男女の声で盛り上がっていたことを思い出していた。やはりというべきか、一年が射撃場を占領していたらしく上級生は野外射撃場を使用する事になったらしい。

「そんな事があったんですね」

「ガンショップから直行したのかな……」

「まぁ良いんじゃない?慣れることは良い事だと思うからさ」

そんな話をしていたグループの近くに教師陣がやってきた。強面な男性教師に少し華奢な女性教師、他にも威厳のありそうな教師達が集まってきていた。なにか問題があったのかと五十嵐が先陣を切って尋ねると、全てのグループが5㎞走以外の項目が終わったらしく集合しろとのことだった。すぐに集合場所に走って行くと、一年は少し辛そうな顔つきになってしまっていた。どうやら最初こそ武装が重く感じられなかったらしいが、時間が経つにつれて重く感じるようになっていき邪魔だと思うようになってしまったらしい。

今の彼らは重りを背負っているのと変わりなかった。


「ではこれより5㎞走を開始する。この学園を二周すればピッタリ5㎞だ、スタート地点は私が立っているこの場所でありゴールも同じだ。それでは5㎞走開始!」

その合図と共に上級生達は勢いよく走り出していった、一年生もそれを追うよう必死に走るが徐々に突き放されていく。はっきり言ってレベル差がありすぎてしまった。

上級生達は規則正しい綺麗なフォームで走っているのに対し、一年は疲労が身体に蓄積され軸がブレているような走り方になってしまっていた。

「マジかよ……っ!」

「なんであんなに速いのっ……!?」

そんな声が後方から聞こえてくるのを余所に、上級生達は突き放しに掛かっていた。一年生はそれに必死に食らいつこうと無理矢理ペースを上げようとするが、武装の重さも相まって一年のほとんどは2㎞以降から明らかにペースが落ち始めていた。途中膝に手をついて止まってしまってしまう生徒まで現れる中、一年の中で唯一走り続けられていたのは支給品使いと呼ばれているさくやだけだった。彼は必死に自分のペースを作り出し、呼吸を乱さないようにしながら走り続けていた。一週目が終わり、二週目に入ろうとしていると既に休憩している上級生達の姿があり、その圧倒的なペース差に驚いてしまう。一週目の時点で何人かに追い抜かれた気はしていたが、まさか既に終わらせてしまっているとは思わず想定外だった。

「さくや君~」

後ろからそんな声が聞こえてくるので少し振り返ると、二周目に入っていた優子と透がこちらに向かって手を軽く振っていた。

「惜しかったな。一年全員追い抜かせると思ったのに」

「ペースを見誤ったかな……あと一周頑張ってね!」

軽い口調で話しかけてくる二人はゴールラインを切って休憩所にゆっくり歩いて行く、僅かに息が上がっているように見えたがしばらくすれば呼吸が整ったのか笑顔でクラスメイト達と話し合っていた。

「孤狼、頑張れよ!」

「二週目に入ったの一年の中でさくや君が最初だからね!」

そんな言葉が聞こえてくると、一斉に上級生達がこちらに振り返ってくる。中にはこそこそとなにかを話しているような上級生もおり、じっと睨み付けられている様な感覚が伝わってきた。

「い、一々言って貰わなくて大丈夫ですから!」

さくやはその場から少しでも離れるためにペースを上げ、すぐに曲がり角に消えていく。そんな姿を上級生達はクスクスと笑っていたが、その視線は相変わらず期待が寄せられている様な気がしていた。

そして数分後、他一年が肩で息をしながら二週目を迎えると二年・三年は興味なさそうに記録用紙に視線を戻していた。


「き、キツかった……」

二周目を終えてなんとか5㎞走をクリアしたさくやは、ペースを少しずつ落としながら休憩場へと歩いて行く。上級生は全員集まっており、残る一年を待っている様な状況だった。

「孤狼さくや。記録表です、受け取ってください」

「あ、ありがとうございます」

記録表を確認すると「5㎞走・四十分」と記載されており、一年の中では一番速いタイムとして記録されていた。

「五十嵐先輩、記録を見せて貰う事って出来ますか?」

「ん?あぁ良いぞ」

そう言って彼の記録を確認すると十九分と記載されており、上級生の方ではかなり速いタイムらしく、最低タイムでも二十五分らしい。

「速いですね……」

「まぁ俺も最初はそのくらいのタイムだったからな、二年で良く仕上げたものだよ」

記録表を返却すると五十嵐は苦笑いしながらも受け取っていた。優子達とも合流したさくやは、他一年が走り終えるまで待機状態になっていた。手持ち無沙汰になっていた為ホルスタードローの練習を繰り返し行っていた、弾倉は勿論抜いた状態でありチャンバーチェックも欠かさずに行った上、人が居ない場所に銃口を向けていた。

「セーフティーも掛けておいた方が良いよ」

隣で見ていた優子にそう言われすぐにセーフティーを掛けて練習する、透や五十嵐などに指摘されながら短い時間の中でできる限りの練習を繰り返していた。

「速さを意識するのもいいが、安全第一を忘れるな。自分の脚を撃ってしまったり暴発する可能性もあるからな」

「は、はい!」

「トリガーに指を掛けるタイミングは目標に標準を合わせたときだけにしろ、しっかり狙い込んでからトリガーを引け。それ以外ではなるべくトリガーに指を掛けないようにしろ」

「わかりました」

短い時間の中、五十嵐達はできる限り安全に指導を繰り返していた。その様子を見ていた他上級生達も多くのアドバイスやコツ、銃を抜いてからトリガーに指を掛けるまでのステップを教え込んでいた。

一年が全員ゴールラインを切ったのは十分後であり、それまでの間さくやは上級生達からホルスターから銃を抜くステップを教え込まれていた。

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