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#2

 ビヨンド専用の牢獄はわざと微量の汚染物質が散布されておりその中ではマスクをせずに済んでいる、だから顔がハッキリと見えた。

 同じ牢獄に囚われていたカオス・レクス、まさか仇と同室になってしまうとは。


「あっ、お前……っ!」


 体に力は入らない、しかし歯軋りが止まらない。

 もし動けたのなら衝動的に殴りかかっていたかも知れない。


「何だ、そんなに俺が憎いか? お前に何かしたっけ?」


 わざと煽るような口調のレクス。

 マイクの怒りは更に募る。


「ぐっ……!」


 しかしそこでサムエルが静止した。


「よせマイク、コイツを怒らせたらどうなるか……っ」


 その様子からは恐れを感じた。

 エリア5のリーダー的な立ち位置であったサムエルがこれほどまでに恐れる相手。

 これまでビヨンドという存在はカオス・レクスの凶悪なイメージしか無かったがビヨンド同士の間でもヤツはとてつもない存在なのだろう。


「その通りだ、バカではないみたいだな。俺を怒らせるとせっかくの脱獄の機会を活かせねぇからな」


 一瞬その言葉に耳を疑う。

 今ヤツは確かに脱獄と言った。


「は、脱獄だって……?」


 サムエルも耳を疑ったのか思わず聞き返してしまう。


「あぁ、お前らこのタイミングで捕まったのラッキーだよ本当。もうちょっと遅かったら協力者はもういない」


 次々と予想外の言葉が飛び出して来る。

 今度は協力者と来た。


「せっかくだから教えてやるよ。ピュリファインを裏切って俺たち側に付いた内通者は大勢いる、ソイツらと打ち合わせしたんだよ」


 そして明確な脱獄の日時をサムエル達にも伝えるのだった。


「今夜だ、ここのバカ共は俺を捕らえた祝いの宴を市長と行うらしい。そこで戦力が手薄になったタイミングで内通者の出番って訳よ」


 そう言いながら自身も抑制剤によりエレメントを出せない事を見せる。


「俺たちに活力剤を打ってもらう。力を取り戻した所で一気に脱獄だ」


 しかしサムエルはレクスを恐れているからこそ震えた口調である質問をする。


「脱獄してどうするんだ……また暴れるのか……?」


 気になるのはやはり悲劇を繰り返すかどうか。

 これ以上ビヨンドが生きづらくなるような環境が生まれる事は避けたかった。


「暴れるなんて言い方は心外だな、俺たちはちゃんと後先考えてやってんだよ」


 少し残念そうな演技をしているが実際は余裕そうだ。


「でも実際はビヨンドの印象を下げまくってる! もっと平和に解決できないのかよっ⁈」


 遂に本音をぶちまけてしまったサムエル。

 レクスを恐れマイクを静止したばかりだったが衝動が抑えられなかった。


「あーやっぱお前バカだわ」


「なにっ⁈」


「この世界に俺らの居場所があるとでも思ってんのか? んな訳ねーだろ、ここはヤツらの世界だ」


 前言を撤回しサムエルに現実を言い聞かせる。


「仮に話し合いが上手く行って分かり合えたとする。だが俺たちは生物学的に根本から違うんだ、お互いの環境じゃ生きられない。共存なんて出来っこねぇんだよ」


 分かってはいるが認めたくない、変えてやりたい現実をこうして突き付けられてしまう。


「分かってるさ、だから俺たちは帰りたいんだ……」


「見た事もねぇ故郷にか? 果たしてそんな方法があんのかね、あったとしてヤツらが協力してくれると思うか?」


 そして更に付け加えて言う。


「故郷に繋がる異世界へのゲートを開くにはリスクが伴う、普通に開こうとすればまたダスト・ショックが起こるぞ」


「っ……⁈」


 その言葉を聞いたマイクは思わず強く反応してしまう。


「ゲートは俺たちに制御できるもんじゃねぇ、帰るどころか逆に呼び寄せちまう」


 レクスがそう言っている間にマイクは力を振り絞り質問をする。


「まさかお前たち、帰ろうとしてダスト・ショックを……⁈」


 この瞬間、マイクの心には疑念が生まれていた。


「他に何があんだよ、まさか攻撃だとでも思ったのか? 心外だな」


 そこから連想されるある可能性にマイクは身震いしてしまう。

 もしレクス達が帰ろうとして不本意にダスト・ショックを起こしてしまったのだとしたらサムエル達との違いは一体。

 結果として態度などを含め憎い事に変わりはないが考えさせられてしまうのだ。


「ゲートを制御できねぇならもう帰る術はねぇ、覚悟決めるしかねぇんだよ」


 先程のおちゃらけた雰囲気とは違い真面目な表情を浮かべるレクス。

 それだけで本性というものが少し分かった気がした。


「でもお前らは過剰だ、どれだけの人が犠牲になったと思ってる……?」


 それでも犠牲になった人々の数は計り知れない。

 マイクの父親なんかがまさにそうだ。


「だがお陰でビヨンド達は生きる権利を得ただろ? 見つけ次第処分されるだけだった存在が汚染区域を得たんだ、先住者どもは気の毒だが気にしてる余裕なんてないだろ」


 確かに汚染区域が作られた事でビヨンド達にも生きる権利だけが与えられたのは事実だ。

 更にレクスはマイクに近付きその顔を上から見下ろす。


「これは戦いだ。どちらかの主張を押し通す、な」


 その発言でマイクは捕まる直前の自分の言葉を思い出す、それは今のレクスの言葉と何ら変わらなかった。



『……やっぱ身近な、知ってる人には死んで欲しくないんだ。無意識に優先順位ってつけてたんだと思う』



 レクスの言っている事はつまりはそういう事だった。

 自分と近しい者を守るためにそれを脅かす他者と戦う、つまりこれは戦争なのだ。


「っ……」


 反論できない。

 そんな様子を見たサムエルはマイクを諭した。


「ヤツの口車に乗せられるな! 反論できる出来ないじゃねぇ、苦しいと思うならそれは間違ってるって事だろ……?」


 そんな心が揺れ動いている一同を見たレクスは大きな溜息を吐いた。

 呆れるように話を元に戻す。


「はぁぁ、んで結局どうするんだ? 脱獄するの、しないの?」


 そう言われてマイクは考える。

 これが近しい者を守るための戦いだと言うのなら、答えは決まっているようなものだった。



『ふふ、これで私たち家族の仲間入りだ!』



 テレサのこの発言を思い出す。

 彼女はマイクを家族だと言った、そしてマイクもそれを心地よく思った。


「くっ、元々俺のせいだ……」


 それに捕まった事に責任を感じてもいる。

 ただレクスの意向に沿う事だけはプライドが傷付くので一度歯軋りをして気持ちを誤魔化す。


「やる……! でもお前らには従わない、出たら別行動だ……!」


「ほう、まだ生意気な口が聞けるのか。だがその威勢、嫌いじゃないぜ?」


 マイクの言葉を聞いたサムエルはショックを受けた。

 しかしここで断る理由はなかった。


「くっ、俺も出るぞ……! エリア5に残された家族たちが心配だ……!」


 戦える者が誰一人として居なくなってしまった今のエリア5は手薄すぎる。

 いつ他のビヨンド達が土地を狙って襲撃して来るか分からない。


「サムエル……!」


「良いんだ、エリア5のリーダーとして住民を守らなきゃいけないからなっ」


 その会話を聞いていたレクスはずっとニヤニヤと笑みを浮かべている。


「良いねぇ、面白い戦いになりそうだ」


 そのままレクスはしばらくの間ニヤニヤと嗤っていた。

 マイクとサムエルは彼と距離を取りながらも他の仲間たちが牢獄に来るのを待った。





 しばらくはして牢獄にカイルがやって来る。

 少しやつれていたため体が動くようになって来たマイクとサムエルで介抱した。


「大丈夫かカイル、他のみんなは?」


「……ラミナは女だからと別の牢獄に。ジークはまだ取り調べ中だ、一番情報を知っているからな……っ」


 そんな中でマイクはある質問をする。

 他に行方の分からない仲間がいるのだ。


「テレサはっ? テレサはどこにいる……⁈」


 何よりも守りたいテレサの安否が気になって仕方がない、しかしカイルもそれに関しては聞かされていないようで。


「……すまないが分からない、取り調べ室には居なかった」


 その言葉を聞いてマイクは少し項垂れてしまう。

 やはりピュリファインにも狙われていた彼女は特別な何かがあるのだろう。


「くっ、どこだテレサ……?」


 明らかにテレサを過剰に心配しているマイクの様子を見たカイルは少し質問をしてみる。


「そんなにテレサが気になるか?」


「えっ……そりゃそうだよ、家族って言ってくれたし」


「そうか……」


 少し寂しいような、それでいて関心もしているような反応を見せるカイル。

 そしてある説明をしてくれた。


「テレサにとって家族というのは大切な言葉だ、遺伝子の繋がり以上に深い絆があると信じている」


 そして隣にいたサムエルもある説明をした。

 それはエリア5にとって大切な話であった。


「テレサの治癒能力に関する話だけどな、それはアイツの血にあるんだ」


「血だって……?」


 そこでマイクは思い出す。

 初めて助けてもらった時、ビヨンドになった瞬間に何か血液のようなものを点滴されていた事を。


「エリア5のヤツらはみんなテレサの血による治癒を施された、そういう意味でアイツにとっては同じ血が流れる家族って言ってるんだよな」


 あの輸血にはそのような意味が込められていたとは。

 そこでカイルがまた口を開く。


「しかし不可解な点がある……何故マイクには初対面で血を施したのか、これまで家族として認めた者にしか輸血はしなかったと言うのに……」


 すると勝手に話を聞いていたカオス・レクスが茶化すように言う。


「一目惚れしたんじゃねぇのか?」


「黙ってろ!」


 サムエルは静止するがマイクはテレサの行動の意味を考える。


「……もしかして同じ元人間だから?」


 思い付く理由はそれしか無かった。

 ポツリと呟いた言葉だったが何故かカオス・レクスは異様な反応を見せる。


「……っ⁈」


 これまでの茶化すような反応とは違う、明らかに何かを察したような。


「なるほど……元人間、元人間ねぇ」


 マイク達に聞こえないように一人でブツブツと笑いながら呟いている。

 一方でマイクはテレサを助ける理由をより一層強く抱いたのだった。


「……テレサを助ける理由が増えた。俺知りたい、何でそんなに優しくしてくれるのか」


 そして作戦を立てるようにマイク、サムエル、カイルの三人は円陣を組み話し合った。


「ジークが来てからこの檻を出る、そのままラミナと合流してテレサの居場所を探そう」


 マイクは覚悟を決めてテレサに向けたつもりで言葉を紡ぐ。


「待っててくれ、テレサ……!」


 テレサの心配をし覚悟を決めるマイク達の一方でカオス・レクスは未だに一人で笑い続けていた。

 彼のまだ裏がありそうな様子に一同は気付いていない、いつもの彼だと思ってしまっているのだ。






TO BE CONTINUED……

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