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#1

 汚染区域に入り人間からビヨンドへと変化してしまったマイク、そして現実を受け入れられない彼を運んだサムエルはテレサのいる部屋まで戻った。

 そして輸血をされていたベッドに座らされたマイクはテレサに少し説教をされていた。


「君が逃げた時に点滴倒したでしょ? それで残った血が全部流れちゃったじゃん」


「えっと、ごめんなさい……?」


 まだ状況を理解したくはない。

 しかしもう普通に戻れない事が確定しているのは理解してしまっていた。

 だからこそ完全に落ち込み項垂れてしまっている。

 頭の中は母親の事で一杯だった。


「とにかく君は人間からビヨンドになっちゃった存在、極めて珍しい例だよ。だから残酷だけどもうこっちでしか生きられない」


 改めて事実を突き付けられ絶望してしまうマイク。


「あぁ、やっぱり俺……! もう母さんを支えられない……!」


 嘆くマイクをテレサは同情するように見つめている。

 しかしテレサの話はそれだけで終わらなかった。


「でも安心して、っていうか安心できるか分かんないけど私も貴方と同じなんだ」


「同じって……」


「人間からビヨンドになった存在。だから狙ったんじゃないの?」


「えっと、俺は雇われただけだから何も知らない……」


「そっか。まぁそれは置いといて、同類はいるよ」


 彼女もマイクと同類らしい。

 しかし明らかにここに馴染んでいた。

 その言葉を聞いたマイクだが特に驚かなかった、それ以上に思った事があったから。


「……君はここで暮らせてるから俺にもそうしろって?」


「うーん、まぁそういう捉え方しちゃうよね」


 するとテレサはスクッと立ち上がり手招きをする。

 立ち上がった状態でも座ったマイクと背丈があまり変わらないほど低い身長で大人ぶっていた。


「じゃあおいで、私たちが何やってんのか教えたげる」


 そのまま仕方なく言われるがままにマイクは立ち上がりテレサに着いて行った。

当然サムエルも一緒に来るのだが彼もやはり気まずそうにしていた。







『Purifrne/ピュリファイン』

 第2話 人間とビヨンド







 外からに出た三人は集落の中を移動している。

 まるで地元を案内するかのようにテレサはマイクに解説をしていた。


「私たちの集落"エリア5"、端っこだから外からの情報も知りやすいよ」


 周囲には見た事もない草や花が生えている。

 これほどまで環境が違うのだ、マイクは既に自分の居場所とは思えていなかった。

 それに先程から住んでいる他の住人たちの視線が痛い。


「っ……」


 まるで睨んでいるような怯えているような。

 確かに得体の知れない存在なため無理もないだろう。


「慣れないかもだけど良い所でしょ、あんま崩れてないし」


 するとサムエルが割って入る。


「コイツは外から来たんだぜ、もっと綺麗な場所とか知ってるだろ」


「あー地元を貶した! ここだってね……あ」


 二人で慣れたようなやり取りをしているとマイクを置いてけぼりにしてしまっている事に気付いた。

 マイクは死んだ目をしておりとてもこの世に生きている者とは思えない。


「ごめん勝手に盛り上がっちゃって……」


「いや……」


 マイクも気を遣うが正直それにも疲れていた。


「でも良い所なのは本当だよ? ホラ、人が良い!」


 そう言って自分を指差し笑ってみせるテレサ。

 しかしマイクはその言葉を肯定できなかった、周囲にいる他のビヨンドである住人たちが不安そうにこちらを見ているからである。


「……そうか」


 全くと言って良いほど心を開いてくれないマイクにテレサは少し寂しそうな表情を浮かべる。


「ちぇ、せっかく同類だと思ったのにな〜」


「仕方ないだろ、お前と違ってずっと人間として生きてたんだから……」


 サムエルもテレサの言葉に同意は出来ていない。

 この二人、確かに悪い人ではないのだろうが種族の壁という居心地の悪さを感じてしまう。


「俺は……」


 思わず立ち止まり自問自答してしまうマイク。

 するとテレサ達が振り返り手招きをした。


「ホラ早く行くよ、みんな待たせてるんだから」


「……あぁ」


 こうしてマイクは見ず知らずの場所である人々の所に向かわされるのだった。


 ***


 マイクが連れられて来たのはこのエリア5を纏める中心人物たちによる会議室だ。

 そこには既に三人のビヨンドがいた。


「コイツが……」


 マイクを見るや否や露骨に期限を悪くする髪が長くスラッと背の高い女。

 見覚えがある、バンを運転している時に赤黒い弾丸を放って来た人物だ。


「反応はビヨンドそのものだけどテレサが言うならねぇ」


 こちらに背を向けたまま椅子に座りパソコンを弄っている男、少し物腰の柔らかそうな雰囲気だ。


「…………」


 そしてもう一人、無言のままジッとマイクを見つめている筋肉質の男。

 側に鉄パイプが立てかけており少し怖い。


「じゃあ会議始めよっか、マイクはここの事なにも知らないから状況整理だけでも聞かせるとして」


 手を叩いたテレサが仕切る。

 すると髪の長い女が反発した。


「アタシは反対、こいつテレサを攫おうとしたんだよ? そんなヤツを迎え入れるなんて!」


「ラミナ? エリア5は助け合いでしょ?」


「でもっ……」


 ラミナと呼ばれたその女性は明らかにマイクの存在を嫌がっている。

 するとパソコンを弄る男が口を開いた。


「彼を仲間に加える事で様々な謎が解ける可能性がある、引き入れない手はないよ。ま、僕も不本意だけどね」


「ジーク……!」


 テレサは彼の事をジークと呼ぶ。

 そして無言の男にも声を掛けた。


「カイルも何か言ってよ」


「……俺は従う、それだけだ」


 カイルと呼ばれた無言の男は口を開いたかと思えばテレサから目を逸らし多数派に従うという。


「もう〜」


 明らかに不安そうなテレサ。

 しかしそれ以上にマイクの精神が限界だった。


「良いよ俺は別に……」


 小声で震えながらマイクは呟く。

 一同は一斉に彼の方を向いた。


「どのみち人生終わったんだっ、こんなになって……!」


 絶望し遂に思いを吐露したマイク。

 しかしその発言を聞いていたビヨンドの一同は不快に思った。


「アンタさ、それアタシらも終わってるって言いたいの?」


 口を開いたのはラミナだった。

 明らかにマイクに対する不満を抱きながら言い放つ。


「アタシらは生まれた時からこうだよっ! 迫害されてずっと狭い中に閉じ込められて、その中の生存競争でもいつ死ぬか分からないし……! でもいつか報われるって信じて生きてるんだよっ」


 ラミナの心から爆発したような叫びを聞きマイクは少し怯んでしまう。

 誰も彼女を否定しない事からそれは事実であるとすぐに認識できた。


「お、俺はそういうつもりじゃ……!」


 しかしマイクはまだ完全に理解は出来ない。

 彼女の言った事よりこれまでの得体が知れないというイメージがまだ先行してしまっている。


「ねぇマイク、私たちの目的が何か分かる?」


 するとここでテレサが入り込んで来る。

 ビヨンドがこの世界で成そうとしている事を説明するのだった。


「元々ビヨンドはこの世界じゃない、別の世界から来た存在。それは知ってるでしょ?」


「あぁ……」


 ここまでは世界の常識だ。

 ビヨンドという存在の共通認識である。


「でもそれは自分の意志じゃない、何者かに連れて来られたって話なの」


「っ……」


「それが何世代も続いて今の彼らは故郷をそもそも知らないんだ」


 そしてラミナがまた割り込んで来てマイクに想いをぶつけるように言った。


「だからアタシらは元の世界に帰りたい、そこでなら迫害されずに済むだろうから……」


 瞳に涙を浮かべるラミナを見てマイクの心は少し揺れてしまう。

 更にもう一押しするようにテレサが言った。


「そう、私たちは家に帰りたいだけ。その想いを伝えたいの」


 家に帰る、その言葉はマイクにとって刺さる事だった。

 何故なら両親との関係において非常に重要なキーワードだったのだから。


「家に……っ」


 そのままマイクはその場にへたり込んでしまう。

 まだ心から受け入れる事は出来ないがとても受け入れ難い真実が目の前に現れたのだ。

 彼らビヨンドは自分ら汚染難民と何も変わらない、その事実が突きつけられている。





 ビヨンド達の活動目的を知ったマイクはそれがあまりに自分のこれまでの境遇と重なってしまったためショックを受けていた。

 テレサ達は会議があるからと一人だけ外に出されたマイクは汚染区域内にあるサテライトエリアのものより更に寂れた広場で遊ぶ子供たちを眺めていた。


「行くぞー!」


 傷だらけのボールでサッカーをしているのか子供の一人がボールを強く蹴り上げる。

 するとそのボールは予想以上に高く飛んでいきこのままでは先にあるドブに落ちてしまいそうだった。


「高すぎだって!」


 しかしそれに気付かぬもう一人の少年が宙を舞うボールだけを目で追っておりこのままでは共にドブに落ちてしまいそうだった。


「危ないっ!」


 思わずマイクは駆け出してしまう。

 そしてドブに落ちる寸前の所で少年を抱きかかえた。

 早めに動き出したため何とか間に合ったのだ。


「あ、ありがと……えっ⁈」


 その少年は助けてくれた人物の顔を見て驚いている。

 それに気付いたマイクも慌てて少年を抱える手を離した。


「何やってんだ俺……」


 走ってマイクから離れて行く少年の背中を見ながら父親の事を思い出すマイク。

 すると背後から声を掛けられた。


「よっ」


 振り返るとそこにはテレサの姿が。

 会議を終わらせたようでマイクの所に現れた。


「今何してたの、ケビン助けてくれたんだ?」


 どうやら今助けた少年はケビンと言うらしい。

 しかしマイクは自分の気持ちを正直に伝えた。


「俺はただ……勝手に」


「マジ、勝手に助けてたの? それ凄くない?」


 テレサは驚きながらもマイクの人間性を高く評価していた。


「でもそんな人が私を攫おうとするなんてね〜、なんか理由でもあったの?」


 質問をされた事でマイクは自身の置かれている状況を説明する機会を得た。

 この場でずっと秘めたまま過ごすのは耐えられない、そう判断しマイクはテレサには話す事にしたのだ。


「金が必要だった。一回で高額の報酬もらえるって言うからさ、参加したけどまさか君を攫う仕事だったなんて……」


「ふーん、何でお金必要だったの?」


「母さんを支えてやりたかったからっ……父さんが死んだ時に母さんに何もしてやれなかったこと後悔してたからさ、代わりに俺が父さんの意思を継ぐって決めたんだっ」


 少し真面目な顔で話を聞いていたテレサは話を聞いた素直な感想を口にした。


「お父さんお人好しだね」


「っ……」


「そんで君にはそれが見事に遺伝してる」


 マイクが助けたケビン少年の方を見ながら呟くテレサ。

 視線の先ではケビン少年がこちらの方を見ていた。


「ホラ」


 するとケビン少年はボールを持ちながらトコトコとマイクの方に歩いて来た。


「えっと……あ、ありがとっ!」


 遅れてマイクに感謝の言葉を伝えたのだ。

 初めは異質な存在として恐れていたようだが改めて考えたのだろう。


「……っ!」


 そこでマイクはある事に気付いた。

 これまでの人生で欠けていたものに。


「そいえば俺も母さんも……父さんに感謝してなかったな」


 最期まで父親には謝らせてばかりだった。

 初めて感謝された温かさを知り父親への後悔を募らせる。


「ねぇ」


 そんなマイクの様子を見たテレサは彼にある提案をする。


「そのお人好しな性格、私たちにも向けてくんない?」


「え……?」


「私たちはもうすぐ生きるために動き出す、それに協力して欲しいの」


 突然の提案にマイクは目を見開いてしまう。

 しかしまだ気持ちの整理もついていないと言うのに簡単に了承は出来なかった。


「でも俺は人間……だった、今更こっちの事やるってなっても……」


 唇を噛みながら震えるマイクだったが、その手をテレサは優しく取り握る。


「人間だったからこそ出来る事があるよ」


 するとテレサは自分の過去を少し語り出す。


「私は小さい頃から実験ばっかされてこうなったから外のこと何も知らないけどさ、貴方は知ってる。だからここの人達にそれを伝えられる」


「俺が……?」


「そして貴方はここを知れる、つまり両方の事情が分かる人になれるの。中立になれる唯一の存在」


 そしてテレサは真の目的を伝える。


「私たちはただ帰りたいだけじゃない、ちゃんとそっちの事も考える。お互いにとって良い選択が出来るようにしたいの、カオス・レクスと違ってね」


 カオス・レクスとの違いも提示してくれた。

 思えば無意識にマイクはヤツと同列に見ていたのかも知れない。

 最後にマイクの肩を叩いて彼にとってのメリットも提示した。


「この問題が上手く解決できれば貴方のお母さんもきっと救われるから!」


 その言葉を聞いたマイクの瞳にはテレサが写る。


「だからまずは私たちを知って欲しいんだ」


 そう言って手を差し伸べて来るテレサ。

 マイクは少し考える素振りを見せるがまだその手を取る事は出来なかった。


「……考えとくよ」


 ひとまずそう言って気持ちを誤魔化したのだ。






TO BE CONTINUED……

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