美鈴の職種は、番組付きのデスクである。
大抵のラジオ局では、朝、昼、夕方、そして夜と深夜に、それぞれ看板番組を持っている。その大半は「生ワイド」と呼ばれる、数時間に渡る生放送だ。朝は、学校や会社へ出る前の準備や朝食中に、時計代わりに聞かれる番組が多い。昼と夕方は、それぞれの放送局が独自の色を打ち出して編成されている。そして夜と深夜は、若者向けのワイド番組がほとんどだ。
美鈴の担当は平日の月曜から木曜の、21時から23時までの2時間の生放送、「情ジャン」こと「サトカナの情報ジャンクフード」である。メインパーソナリティは、入社したての新人男性局アナ佐藤彼方、略してサトカナだ。アイドル、声優、アーティストなど、若者に人気のゲストが毎日登場するFMakibaのまさに看板番組なのである。
まず美鈴が驚いたのは、デスクの仕事の多様さだった。もちろんルーティンの決まった仕事はあるのだが、突発的に様々なことが持ち上がる。特に生放送中のトラブルにも対処するなんて、一バイトには荷が重すぎる。そう思った美鈴だったが、バイト仲間である他番組のデスクの大学生たちは皆、それらをテキパキとこなしているのだ。美鈴を紹介してくれた流川先輩の顔を潰すわけにはいかない。美鈴は、全く慣れない、そしてこれまでの人生で触れてこなかった放送局という謎の現場で孤軍奮闘しているのである。
「やばいやばい!生放送前に、終わらせないと!」
情ジャンの放送は23時までだ。美鈴の場合、放送終了後は即座に帰宅しないと終電に間に合わなくなってしまう。つまり、今日の仕事は放送が始まる前に終わらせておかないといけないのだ。
担当デスクの上を見渡すと、書類を含め様々なものが雑然と転がっている
もちろん毎日、美鈴が整理しているのだが、翌日にはいつもこの有様だ。
「みんな整理整頓ができないんだから!」
美鈴はそう小さくつぶやくと、まずはデスクの整理から取り掛かる。
彼女がいるのはスタッフルームと呼ばれる大部屋だ。広いスペースにデスクがいくつも集まって島を作っている。ここで作業しているのは、美鈴のような各番組のデスクだけではない。様々な雑用をこなすAD(アシスタントディレクター)や、番組の台本を書く放送作家、ディレクター自身も、この部屋で進行表を書くこともある。つまり、全ての雑用が行なわれる場所だと言えよう。
「まるで部活の部室みたい」
最初にこの場所を見た時、美鈴の頭に浮かんだのはそんな言葉だった。
彼女にとっての第一印象は、ラジオの仕事は部活に似てる!だったのだ。
「チーフディレクターさんが部長。ディレクターさんたちは三年生の先輩。作家さんやADさんが部員で、私たちデスクは新入部員!たまにのぞきに来るプロデューサーさんは顧問の先生みたい」
そう思い、フフッと笑いが漏れる。
そんな考えがひらめいてからは、美鈴の緊張は次第に解けていった。ラジオと言えばマスコミの現場である。高校デビューなんて全く関係のない普通の女子高生だった美鈴が、普通の大学生になった途端に放り込まれた普通じゃない世界。緊張して当然だ。だが、ラジオ局が部活のように見えている今、逆にこの場所で頑張ることが、美鈴には楽しくなりつつあった。
散らばっている書類をクリアファィルにはさみ、各場所に立てていく。
あちこちに転がっているボールペンやサインペンなどの筆記具を、デスク端のペン立てに入れていく。
資料のために番組予算で買ったと思われる雑誌や本を、開かれている場所に付箋を貼って閉じ、ブックエンドに並べていく。
放りっぱなしのお菓子のゴミを、デスク横のゴミ箱に捨てる。
やっと見えてきたデスク面を、除菌アルコールシートでしっかりと拭き上げる。
「これでよし!さ、お仕事始めるぞ!」
デスクの仕事には毎日発生するもの、曜日別に必要なもの、そして突発的に頼まれるものなど、多岐にわたっている。まずは美鈴の毎日のルーティンである作業からとりかかる。
昨日の生放送で紹介されたリスナーからのメールやSNS、電話で受けたメッセージの整理だ。生ワイド番組の場合、大抵はリスナーから寄せられたメッセージを紹介することがメイン企画となっていることが多い。
事前に寄せられた、番組やパーソナリティ宛のメールやSNSのメッセージ。当日の番組内で発表されるテーマにまつわる電話メッセージ。毎日数百以上集まるその中から選ばれたものを、当日の番組内でパーソナリティやゲストが読み上げていく。情ジャンのように二時間も放送する番組では、結構な数のメッセージを紹介することになる。それらを生放送の翌日に整理するのが、デスクの第一の仕事である。
どうしてそれを整理する必要があるのか?
情ジャンの場合、番組で紹介したリスナーへ記念品を贈るからだ。番組グッズ、番組ノベルティと呼ばれるもので、各番組によって様々なものが存在するが、現在の情ジャンでは番組ステッカーをプレゼントしていた。
デスクは読まれたメッセージの整理、そしてノベルティの発送までを担当する。
さぁ、作業開始!
そう意気込んで一枚のメッセージシートに美鈴が手を伸ばした時、突然スタッフルームに一人の男が飛び込んできた。
「伊織さん!助けて!」
月曜日の担当ディレクター早見一汰だ。入社五年、28歳の若手である。
「早見さん、どうしたんですか!?」
「そろそろ台本をコピーしないといけないんだけど、牧原さんからまだ届いてないんだよ!」
牧原とは月曜日担当の放送作家・牧原隆一のことで、早見とは同い年の関西人である。
「またですか!? それで牧原さんは?」
「携帯にかけてるんだけど、つかまらないんだ」
苦笑する早見。
「俺、これから生の準備があるから、伊織さん、牧原さんを急いでつかまえて!」
「え、私がですか!?」
「今他に誰も手があいてないんだ」
いやいや、私だって手はあいてないんですけど。
そう言おうとした美鈴だったが、早見は、
「頼んだよ!」
と言い残してさっさとスタッフルームから姿を消した。
「もう、みんなホントに部活みたいなんだから」
そう愚痴ると、美鈴はスマホで牧原の番号をタップした。