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第2話 JOYV-FM秋葉放送

 伊織美鈴は、どう見ても放送局らしくない建物の前に立っていた。

 鉄筋コンクリートとは思えない、まるで石造りのように見える建造物だ。しかも、いわゆるビルという形では無かった。普通オフィスビルと言えば四角いものがほとんどだろう。と言うか、美鈴の中の常識ではそうである。だが目の前にそびえ立つものは、世界史の教科書で見たヨーロッパを思わせる不思議な形状をしていた。アーチ型の門や窓があり、その中央には教会の鐘を思わせる尖塔が立っている。まるで10世紀末から12世紀にかけて、ヨーロッパ各地に見られたロマネスク風の建築様式である。

「本当にここでいいのかな?」

 美鈴は、高校の先輩である流川理央に誘われて、ラジオ局でアルバイトをすることになっていた。理央からのメールにあった住所だと、確かにここで間違いない。

 ここが、Akiba Broadcasting System、俗にFMakibaと呼ばれているFMラジオ局「秋葉放送」のはずだった。FMakibaはコールサイン「JOYV-FM」の比較的新しい放送局だ。将来の、AMからFMへの統合を予見し、AM的番組を目指すFM局として2001年に開局した。周波数はFM石川、KissFMと同じ89.9MHzだが、エリアの離れた秋葉原では混信の心配はない。開局時のキャッチフレーズは「様々な文化の中心秋葉原から、新しいラジオの文化を発信する!」

 もちろんその開局は、美鈴が生まれる数年前のことなので、彼女にとってFMakibaは他の放送局と同様「昔からあった」と言う認識ではあるのだが。

「よし!」

 様々な不安を抱えつつも、美鈴は思い切ってその玄関へと足を踏み入れた。建物の外観にそぐわない、大きな一枚ガラスの自動ドアがゆっくりと開く。

「あの、すいません」

 受付の女性が美鈴に目を向ける。いかにも大企業の社員らしい、垢抜けた感じの女性だ。少し制服ぽいベージュのスーツが美しい。一方の美鈴は、大学の入学式用に買ったお手頃価格の紺色のスーツだ。なんとなく気後れしてしまう。

「どちらに御用でしょう?」

「えーと、制作部の流川さんをお願いしたいんですが」

 なぜかおどおどとしてしまう。

「お名前は?」

「あ、伊織といいます」

「では、この用紙にご記入をお願いします」

 受付の女性が差し出した紙には、今日の日時、訪問先の部署と相手の名前、訪問者の所属と氏名、それに連絡先の電話番号を書く欄があった。

「あの、これ全部に?」

 受付嬢はニッコリと微笑む。

「分かるところだけで大丈夫です」

「すいません」

 つい謝ってしまった美鈴は、そそくさと用紙に記入を始める。その間に、その女性は内線電話でどこかに連絡を入れているようだ。もしかすると流川を呼び出してくれているのかもしれない。

「こちらが入館証になります」

 そう言って差し出されたのは、クリップで服に留めるカードのようなものだ。表には「Guest」の文字がある。

「そちらの椅子で、しばらくお待ち下さい」

 そう言って彼女が指差したのは、目の前のロビーに置かれたテーブルのひとつだった。

「ありがとうございます」

 美鈴はぎこちなく頭を下げると、その席に向かった。

 緊張するぅ!

 美鈴にとって放送局なんて場違いもいいところだ。将来の就職に放送関係を考えている友人は何人かいる。だが、美鈴はそんなことを考えたことは微塵もなかった。どうしてこんな場所に来てしまったんだろう、少し後悔しつつも、好奇心であたりを見回してしまう。

 ロビーにはたくさんのポスターが飾られていた。

 番組の宣伝ポスター。

 この局が主催しているらしいイベントやコンサートのもの。

 年末のチャリティー番組への参加を訴えているものなど、その内容は様々だ。

 だがその全てに、芸能人やスポーツ選手など有名人の明るい笑顔が踊っている。

「やっぱり場違いかも」

 美鈴は極めて一般人である。と、彼女自身はそう思っていた。

 だがこの後の数日で、一般人だとかそうでないとかの区別に大した意味がないことを、彼女は思い知るのではあるのだが。

「おう!来たか青年!」

 ロビー奥のエレベーターの扉が開いた途端、女性の大きな声が響いた。いかにも普段着といった風のシャツとパンツの上に、ブルゾンのような薄手の上着を羽織っている。

 流川理央である。

「先輩!青年て、私女性ですけど」

「何を言ってるんだ? 青年に男も女も無いぞ! 伊織ぐらいの若者のことをそう言うんだ」

「はぁ」

 もしかしてこれってジェンダー平等?

 放送局って、やっぱりこういうことに気を使うのかな?

 そんなことをふと思った美鈴だったが、それ以上深く考える前に、理央が彼女の腕を掴んで歩き出した。

「さ、行くぞ!」

「え? どこへ?」

「番組プロデューサーのところさ。伊織を紹介しないとな!」

「今からですか?」

「もちろんだ!」

 そう言ってエレベーターへと向かおうとした理央だったが、ふいに立ち止まり受付に顔を向けた。

「伊織美鈴、彼女、情ジャンのデスクになるからよろしくな!」

 受付の女性がニッコリと笑顔を返す。

 そんな彼女にあわてて頭を下げる美鈴。

「よ、よろしくお願いします!」

 美鈴の襟元で、ゲストと書かれたカードが揺れる。

「レギュラー番組のスタッフになるんだ、入館証も作らないとな」

「スタッフ、ですか?」

「番組を作る仲間は社員もバイトも関係なく、みんなスタッフさ!」

 驚きに目を丸くする美鈴を連れて、理央はエレベーターに乗り込んだ。

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