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第五話 最後に勝つのは主人公と決まっている 

 陽奈は俺と違ってここの地元の中学からここの地元の高校に入った。つまり周りは、彼女が過去にぼっちだという事を知っている。いくら陽奈がこれからそれを払拭する為に尽力しても、噂というものはそう簡単に消えるものではない。そしてそれを否定する為に自分の口からそれを発しても、ほとんど意味がない‥‥所か逆効果な時すらある。入学当初の陽奈がそれだ。彼女が最初に話していた友人達と思っていたのは、全員県外から来た生徒のみだった。時間が経てば、陽奈の過去も知れ渡り、本物の陽キャに移動していくのも同然だ。

 橘愛理は陽キャではないし、クラスで目立つ存在でも、発言力があるわけでもない。

 それでも陽奈の代弁者としてこれ以上の適任はいない。

 そうして何度もシミュレーションして臨んだ水曜日。

 その日の午後は、生物と美術しかない。そして生物の時間は先生が課題を出して読書をするだけであり、美術はそもそも先生が教室まで来ない。そのせいかこっそりと途中で帰る生徒もいる。

“ね、愛理も今日、一緒に行くでしょ?”

“うん、行く行く!”

 愛理と話してるもう一人の女子生徒は、石垣みつき。彼女こそ、このクラスの陽キャトップの座にいて、存在感のある彼女の声で何人もの女子生徒がそれに付き従っている。

 彼女と特に仲が良いのが橘愛理で、雄二の話だと二人は家が近所の幼馴染のようだ。その二人の仲に入る事は普通なら難しい。

「普通ならな」

 俺は陽奈が待機している場所から更に離れた所で、そのゲーセンを監視する。

 丁度、その橘愛理と石垣みつきがゲーセンに入っていった。その姿は陽奈にも見えているだろう。

「‥‥‥‥」

 ゲーセンは二階建てで、上には筐体を使う大型ゲーム機が、一階にはUFOキャッチャーやプリクラなどが置いてある。ゲーセンに来てしばらくは二人で店内をまわっていたようだが、石垣みつきは今時には珍しい格闘ゲーマーだ。すぐに彼女達は上下の階に別れるはずだ。

=もしもし悠太?‥‥今、石垣さんは二階に上がっていったみたい=

「分かった。合図したら、店内に入って急いで橘さんの手を掴んで店から出てくれ。いいか、タイミングが肝心だからな」

=‥‥りょ‥‥了解=

 陽奈との通話を切った俺はすぐに近くの交番に電話した。

「もしもし、警察ですか?」

=はい、どうかされましたか?=

「まだこんな時間なのに、高校生がゲームセンターで遊んでいるようなのですよ。ちゃんと学校に行くように注意して頂きたいのですが。近頃の若い者は勉強もしないで真昼間から遊んでばかり‥‥それはあんたら警察の怠慢じゃないんですかね?」

=あ、いえ。その様な事は=

 俺の声色もなかなかのものだ。

「町内会の皆とも話してるんですがね。このままだと非行が蔓延した町になってしまう。嘆かわしいものだと」

=分かりました。巡回します=

「今、すぐにお願いします。ゲームセンターに! ああいう輩はその場で補導しないと」

=すぐに向かいます=

「お願いしましたよ」

 電話を切って三分程経った後、遠くから二人の警官が歩いてくるのが見えた。

「よし、今だ」

 合図を送ったが、なかなか店から出てくる気配がない。

 このままではまずい事になる。

 そう考え始めた矢先、橘愛理の手を引いた陽奈が出てきた。

 それからほどなくして警察がゲーセンの店内に入っていく。

 間一髪だがうまくいったようだ。

 今頃は、指示通りに、偶然を装った陽奈が、補導から助けた事になっているはずだ。大筋は決まっているが、これをきっかけに仲良くなるように、また計画を立てなければならない。

 その日は夕方になって陽奈が俺のアパートを訪ねてきた。

「私に入口のパスワードを教えてくれたけど、いいの?」

「構わない。これからしばらくは家に来る機会が増えるだろうし、その度にいちいち下に降りていかなければならないのも不便だ」

「まあ、そうかも」

「それより、ちゃんど指示通りにやったのか?」

「うん。あれからゲーセンの中を警察がいろいろ歩いてたから、二階にいた石垣さんは捕まったと思う。私は橘さんに‥‥一応、感謝されたけど‥‥彼女、やっぱり石垣さんの事が気になってたみたい。大丈夫かなって言ってた」

「その点は心配ない。補導されたとしても、交番で記述をとられるだけだ。最悪、親を呼ばれるかもしれないがな」

「‥‥‥‥でも悠太さ‥‥」

「ん?」

「私‥‥恨まれないかな。石垣さんに‥‥橘さんだけと逃げたわけだし」

「そうはならない」

「やけに自信満々ね」

「彼女達は親友だ。お互いが大事だ。その安全を図った恩人を悪く思う事はない。‥‥そもそもそんな穿った見方をしてしまうのがぼっちの性格だ」

「悪かったわね」

「それに約束した以上、陽奈に何か不都合があるなら、俺が全力で修正するから心配は何もない」

「‥‥‥‥ありが‥‥と‥‥」

 陽奈は顔を伏せた。

「それで、ちゃんと橘愛理と、あの話はしたのか?」

 あの話というのは、期末試験の話だ。

 橘愛理はそれほど勉強が出来ないわけでもないが、突出してるわけでもない。勉強を聞こうにも、友人の石垣みつきは、その点に関してはからっきしダメだ。

「期末が近くなったら勉強を見てあけるって約束した。でも大丈夫かなー」

 陽奈はがくっと肩を落とす。

 今現在の学力で言えば、陽奈より橘愛理の方が上だ。

「その心配が本当の事にならないように、これからは更に勉強に力を入れる。直前になったらどうゆう問題が出るか大体分かってくるから、そこを重点に教える。そのまま彼女に伝えればいい。簡単な事だろ」

「‥‥うん‥‥まあ‥‥」

「彼女とのその勉強会は、そのうち、石垣みつきも加わるはずだ。彼女の心証をいかに良いものにするかで、今後の展開が変わってくる」

「そうか‥‥石垣さんと仲良くなれば‥‥」

「昔の陽奈とは違う事を彼女が宣伝してくれる。これをしておかないと、いくら陽奈自身のスペックを高めようが、大井沢に思いを伝えようが、周りに否定されて終わりだ」

「‥‥‥悠太ってさ‥‥‥何処まで先を考えてるの?」

「考えらえれるだけ考えてる。俺も昔は同じぼっちだったからな。間違いは嫌いだ」

「は? 悠太が?‥‥嘘」

「与太話はともかく、さっそく本題の勉強にとりかかる」

「え! 今から?」

「時間的にはまだ大丈夫だろ? 今日はバイトもないし」

「で‥‥でも‥‥ほら‥‥今日は色々あって疲れたし‥‥」

「目的達成の為に一番重要な事は、妥協は禁物だという事だ。今、出来る最大限の事をする。それだけで自分の願いは全て叶う。だから、今は勉強に集中しろ。それに、勉強を教えに行って教えられたんじゃ、情けないだろ」

「う‥‥分かったわよ」

 ぐったりしている陽奈の背中を、無理矢理しゃきっとさせる。

何とか期末近くになるまでに陽奈の学力をそれなりにしなければならないのは、結構きつい事でもあるが、何とかなるだろう。

直接、陽奈の方から大井沢にアタックする事は出来ない。それは陽奈がやって失敗済だ。だから、外堀から埋めて向こうから行動を起こさせるしかない。

こうして色んな仕掛けを撒いておけば、そのうち引っかかる。

それがいつになるか‥‥そう遠い日ではないはず。

月を跨ぐ事なく、陽奈と橘愛理はよく話す様になっていた。教室の中でもその姿を良く目にする。そうしてるうちに最初は恐る恐る反応を伺っていた石垣みつきもその輪の中に加わり始める。石垣みつきの疑いを晴らしたのは橘愛理の説得が大きい。思惑通りに事は進んでいる。

「‥‥‥‥」

 俺は日課の、頬杖をついて窓際を眺める仕草をするが、耳だけは彼女達を追っている。

陽奈の笑い声が時折聞こえてくる。

既にクラスの中心にいると言ってもいいだろう。

過去に陽奈がぼっちだった‥‥という事実は消える事はない。それでもそれを口にしようものなら、石垣みつきと、その取り巻き達に止められる。未来は分からないが、現在において陽奈は本物のリア充で陽キャになったのだ。

それでもまだ陽奈は求めるのだろうか。

だが賽は投げられた。彼女がどう思った所で、もう止める事は出来ない。

「草ケ谷さん」

 お!‥‥と、俺は大井沢の声に耳だけではなく、体も向ける。

 ついに始まった様だ。

 俺の頭の中で開始を知らせるラッパが鳴り響く。

「え?‥‥あの‥‥お、大井沢君‥‥どうしたの?」

 突然呼ばれて、さすがの陽奈も声がうわずる。今は休み時間だが周りにはモブを含めた、半数以上の生徒が教室内に残っており、皆が大井沢の声に振り向いた。さすがにイケメンの力は凄いものだと、俺はただ関心する。しかも当の本人は注目されている事に気が付いていないときた。天然系のイケメンは始末におえない。

「草ケ谷さんは、商店街にある運送会社でバイトしてるんだよね?」

「え?‥‥あ‥‥うん」

 遠くから陽奈は俺の顔をチラと見たが、俺は他のモブ生徒と同じ表情で次の大井沢の答えを待っている。

「やっぱりそうか。実は、あそこで僕の母さんが働いてるんだ」

「え?大井沢君の‥‥お母さん?」

「そうそう。痩せて背が高くて眼鏡かけてるから」

「はいい?!」

 再び俺の顔を見る。だから陽奈、そんなに俺を見るのは流れ的におかしいだろう。

「その‥‥新しく入ったバイトのコが凄い働き者だって、家で褒めててさ。話を聞いたら、苗字が草ケ谷だって言うから、もしかしたらって思ったんだ」

 大井沢は自覚なく、笑顔で魅了の魔法を辺りに振り撒く。

「働き者なんて‥‥そんな‥‥」

「なんだかさ‥‥そこでいつもバイトを雇うんだけど、最後は怒ってやめてしまうらしいんだ。でも草ケ谷さんは、他人の嫌がる大変な仕事も文句一つ言わないでやってくれてるらしくて」

 教室中が大井沢の話を聞いている。いいぞ。

「い、いえ、そんなに大した事は‥‥」

 今さら謙遜した所で無理だぞ、陽奈。

「陽奈ちゃん、勉強も出来るのに、バイトまでしてたんだ」

 クラスの女首長の石垣みつきが脇から援護射撃。

「そうなの?」

 別の女性徒が聞いてくる。

「そうなのよ。分からない問題とか聞くと、凄く分かりやすく説明してくれるし」

「へえ」

 もはや教室は陽奈のオンステージになっている。なぜかその主役が、顔を真っ赤にして下を向いてしまってるが、物語の今の章は紛れもなく陽奈が主人公だ。

「それでさ‥‥草ケ谷さん‥‥」

 イケメンが言葉を濁している。

「母さんが、今度、うちに連れて来いってうるさいんだ。それで‥‥どうかな?」

「え?‥‥うん」

 陽奈が頷くと、前に座る雄二を含めた男子が冷やかしの声をあげる。

ここで公にそんな事を言うからには、どうやら水沢さんには本当に告白はしてはいなかった‥‥というのが事実だったようだ。

そう言えば水沢さんは‥‥。

前を向いたまま、黙って背中を向けている。長い髪で表情は分からないが、やはり落ち込んでいるに違いない。

こうなる事を誘導してしまった事への罪悪感を感じないわけではない。背中を見てると、いくら俺でも心が痛む。だが大井沢は水沢さんと陽奈への返事を保留にして、後で気に入った方を選ぶような奴だ。あのまま付き合った所でろくな未来はない。だからこれで良かったのだ。

ヒロインは幸せにならなければならない。そう決まってるのだ。最近はやりのバッドエンドを俺は認めない。主人公の俺が必ずその顔を笑顔に戻してみせる。

そうしてひとしきり陽奈フィーバーで沸いた学校の時間も終わり、俺は一人、いつもの並木道を歩いていく。今日は五時間目までしっかり授業があり、夏に向かう途中の中途半端な今の季節は、風が吹くと少しだけ肌寒いような気がする。

“悠太!”

「‥‥‥‥」

 呼ばれて俺は立ち止まる。

 聞き覚えのある声。俺はため息をついて振り返った。

「どうした? もう目的は果たしただろう。既に二歩も三歩も陽奈がリードしてる。大井沢の家に行けばそれで上がり。俺の役目は終わりだ」

 それだけ言ってまた歩き出そうとしたが、

「ま、まだ終わってない!」

 そう言って陽奈は走ってきて俺の行先を塞いだ。

「私は‥‥その‥‥これでいい‥‥のかもしれないけど、悠太はこれから水沢さんにアタックするんでしょ?」

「そうだ」

「だったら、今度は私が協力するから」

「?」

「水沢さんと近づきたいなら、同じ女子がいた方がやりやすいでしょ?」

「それはそうだが。別にそれぐらいなら、どうとでもなる」

「私の勉強どうするの?」

「既に点数を取るパターンは教えただろう。馬鹿正直に勉強しなければ、陽奈も満点が取れるぐらいにはなっている」

「‥‥そ‥‥」

 陽奈は何か言おうとして、言葉を飲み込んだ。

「ちょっと付き合って!」

「おい」

 腕を掴まれて引っ張られる。行先は緑の看板のコーヒーショップ。前にも同じような事があったが、まさかな。

「じゃあ、私は‥‥コーヒーのベンティ‥‥あと、ケーキはこの辺からこの辺、全部!‥‥店内で食べていくから」

「え?」

 俺と一緒に店員も驚く。

「そちらの‥‥お客様は‥‥?」

「じゃあ‥‥ホットコーヒー‥‥小さい奴で」

「お会計は?」

 聞かれて陽奈はニヤと笑った。

「彼が払いますから」

「‥‥‥‥」

 払わないと無銭飲食になってしまう。納得はいかないが、俺はサイフを開く。札が一気に数枚飛んでしまった。

「‥‥‥‥どういうつもりなんだ?」

「借りができちゃったって事で」

「‥‥‥‥」

「この借りは、悠太が水沢さんと付き合うまで返せればいいなって思ってるけど‥‥どう?」

「‥‥‥‥まったく」

 どういうつもりか分からないが、こうなったら陽奈に協力してもらわなければ、割に合わない。

「なら、これからきっちり動いてもらうからな」

「りょぉーかい!」

 陽奈は手を上げて大袈裟に敬礼をした。

「‥‥‥‥」

 俺は窓に顔を向け、日が落ちてオレンジ色に染まりつつある通りを見つめる。

 いろいろあったが、スタート地点に戻っただけだ。ヒロインと主人公の物語はまだ始まっていない。

 これからどんな展開になっていくのか‥‥それは具体的には何も分からない状態だが、どんな危機でもヒロインのピンチには駆けつけ、乗り越える事が出来る事は疑いようがない。

 俺は物語の主人公なんだから。


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