「有坂‥‥私はね‥‥別に、大井沢君が好きなんじゃないの」
唐突に話し始めるが。
「‥‥‥‥」
「何かさー‥‥彼って‥‥いかにもクラスの中心人物みたいじゃん。だから‥‥もし、私が彼と付き合ったら‥‥私もそうなれるのかなって‥‥」
「‥‥‥‥」
本当は草ケ谷なりに重い話をしてるんだろうけど、ケーキをバクバク食べながら話してるせいで、それがちっとも深刻に伝わってこない。
しかし、こいつは予想の斜め上をいく。本当の事を話しているなら。
「そんな事をしなくても、お前はそれなりにクラスの輪に溶け込んでるんじゃないのか?」
「そうでもないよ」
草ケ谷はカップを置いて、店内に視線を移した。
「‥‥‥‥そうか、有坂はこっちに引っ越してきたから知らないんだ」
「‥‥‥‥」
「私さ‥‥中学までずっと‥‥何て言うんだっけ‥‥そう、ぼっちだったんだ」
「全く見えないな」
「だって努力したのよ。ファッション系のサイト見て研究したし、リア充の集まりみたいなものにも積極的に参加して、色々聞いたり見たりしたし」
「つまり、お前は自分のぼっちを解消する為に、大井沢を利用したかったんだな」
「それは言い方悪すぎ!」
「どう違うんだ?」
「もういい!」
草ケ谷は残っていたケーキを口に放り込む。
「とにかくね、大井沢君は、水沢さんと付き合ってないって言ってた。だったら私にだってチャンスがないわけじゃない!」
「そうかもしれないが、それには段階が必要だ。チャンスを掴むには準備をしないと後悔するぞ」
草ケ谷はフンと言って立ち上がる。
残されたのは俺とケーキ。全くとんでもない目にあった。
「甘‥‥」
草ケ谷は何かをしようとしている気がする。何をしたとしてもそれは大井沢に関わるもので、水沢さんにも余波がくるものだ。その結果どうなるかは今の段階では分からない。それでも何パターンか考えておく方がいいだろう。
その日は胸やけがして大変な目にあったが、どうやら偶然の渦に巻き込まれつつあるようだ。
それから何の特筆すべき出来事もなく一週間程たった後。
家への帰りの途中、今ではめっきり少なくなった本屋へ寄り、気になっていたラノベの新作をチェックする。その後、商店街のスーパーに寄って夕食のカレーの材料を買った。完全に遅い帰宅が決定した。
「‥‥‥‥」
アパートの前に誰かいる。入口はパスワードを入力しないと扉が開かない様になっており、その人物も、立ち往生しているのだろう。
そいつは‥‥全く、勘弁してほしい。
「他人のアパートの前で何をしてるんだ?」
「‥‥‥‥」
うずくまっていたその人物‥‥女性徒は俺がそう聞くと、顔を上げた。
「良かった、なかなか帰ってこないからどうしようかと思った」
何だか草ケ谷の声が弱々しい。いつものツンとした感じがないのは妙な感じだ。
「ここって有坂のアパートだよね?」
「そうだが‥‥何で住所を知ってた?」
「先生に聞いたら教えてくれた」
「全く」
個人情報の保護とかどうなってるんだ。
「で、何の用なんだ?」
「‥‥うん」
何か言いにくそうにしている。
「ちょっとさ‥‥中に入れてくれない?」
「それはマズイだろ」
「どうしても相談したい事があるの」
「‥‥‥‥」
確かに泣きそうな顔をしてはいる。ここで追い返すのも主人公としては違う気がする。
「仕方ないな」
パスワード入れると、ガラス扉がスっと開く。俺のあとに続いて草ケ谷も中に入ってくる。エレベーターを降りるとすぐ隣が俺の部屋だ。
ドアを開いて部屋の中に入る。
「お邪魔します」
玄関できちんと靴を揃えてから中に入ってくる。
「綺麗にしてるのね」
「そうか?」
常に掃除はしてるが、こういう時にそれが役に立つ。
冷蔵庫から飲み物を出して、ローテーブルの端に座った彼女の前に出す。まだ部屋の中を見渡している。
「有坂ってさ‥‥オタクとか陰キャだと思ってたけど‥‥違うんだね」
「そんな事を確認する為に来たわけじゃないだろ?」
「もー、何か言い方が冷たいし。いっつも表情変えないし‥‥」
「悪いな、俺はそういう人間なんだ」
「‥‥‥‥」
草ケ谷は麦茶を一口飲んでから、フウとため息をつく。
「今日さ‥‥大井沢君にさ‥‥誰とも付き合ってないなら、私と付き合ってって言ったんだけど‥‥何か少し考えさせてくれって返事で‥‥」
「‥‥‥‥」
「それってやっぱり水沢さんと付き合ってるから‥‥はっきりと返事をくれないのかな? ねえ、有坂はどう思う?」
「そうかもしれないが、本当に迷ってるのかもしれない。もしかしたら、水沢さんと付き合ってはいるけど、草ケ谷も捨てがたいとか考えてるのかもな」
「何それ、ひどい、そうなの?」
「一つの可能性を言っただけだ。情報が少なすぎてはっきりとは分からないな」
「‥‥‥‥」
「そもそも、お前は大井沢の彼女の位置が欲しいだけで、大井沢の人間性はどうでもいいんだろう?」
「う‥‥ん」
「だったら、彼が酷いかどうかは考える必要がない」
俺も麦茶を飲む、淡いグラスの水面に、草ケ谷の沈んだ顔が上下反転して映っている。
何を聞きにきたのかと思えば、そんな事か。
主要人物以外の事に完全に巻き込まれている。巻き込まれているが、そこで華麗に巻き返す能力があるのが主人公の特権だ。
だとすれば、ここで俺はどうしたらいい?
どうすれば本物のヒロインに繋げられる?
「‥‥そうだな」
俺は草ケ谷の顔を見つめた。
今出来るベストな手は見つからないが、ベターな手段はある。
「俺は水沢さんと付き合いたいと思ってる」
「え?」
「そしてお前は大井沢とくっつく‥‥これで全てが丸く収まる」
「‥‥‥‥そんなうまくいくはず‥‥」
「いかせる」
一口で飲み干す。
「俺の指示した通りに動いてほしい。そうすれば大井沢は必ずお前を選ぶ」
「‥‥でも」
「この前と同じだ。少しでも結果が違ってたら、お前には二度と関わらない」
「‥‥前より悪くなったら‥‥」
「そうなったら、これから先、お前の言う事を何でも聞く事にする。そうならないように全力で良くはしていくけどな」
「‥‥分かった」
草ケ谷は小さく頷く。
「では、これからよろしく頼む。まずお前が最初にする事は‥‥」
「陽奈!」
「?」
「いつまでも、お前って呼ばないでよ、私の名前はヒナ! 草ケ谷陽奈!」
「分かった」
草ケ谷‥‥陽奈は手を伸ばしてきた。
「よろしく、悠太」
「‥‥よろしく」
俺と陽奈は握手した。それは互いの利益が一致した合意の握手だ。
そうして翌日‥‥する事が決まれば行動は早い方がいい。
陽奈にはバイトをしてもらう。
「え? 何で倉庫整理?」
それを聞いた陽奈はそんな反応だった。陽奈の家からは遠くなるし、別に欲しいものも今の所はない陽奈にとって、それは当然の反応だ。さらに軽作業とはあるが、荷物関係なのでそれなりに大変な事も予想される。
「大井沢を彼氏にする為に必要な事だ」
「何で?」
「とにかく指示通りにしてもらう。そういう約束だ」
「‥‥‥‥分かった」
納得してないようだったが、言う通りにしてもらわなければ全てが繋がらない。
「それから、そこでは、絶対にその会社の人には笑顔で返せ。例え、どんな理不尽な事を言われてもだ。短時間バイトだしそう苦痛にはならないはずだ」
「は?」
「そんな事態になっても‥‥の話だ。笑顔‥‥それが一番大事だ。いつものようにムスっとしては駄目だからな」
「‥‥‥‥別にそんな顔してないし」
「今、してるだろ?」
「‥‥‥‥」
求人票を持つ陽奈の顔がひきつる。
三日程は不満すら言えない程に疲労していたが、俺はそれをねぎらう様な事はしない。ぼっち脱却というのは、生半可な覚悟では到底不可能なのだ。
「あーもう辛い。肩が痛い。腰が痛い。あんな重い物、女子に箱ばせるなんて信じられない!」
「ちゃんと笑顔で返事してたか?」
「もち。でもさ、事務のお局みたいな人がいて、もう、酷くて。若いんだがらもっと手早く動きなさいとか、煩いったらもう‥‥」
「そうか」
順調に事は運んでいる様だ。
更に俺は学校の中でも網をかける。
「クラスに橘愛理という女子がいるだろ?」
「え?‥‥ああ‥‥いたかもね」
バイト終わりは俺の家で、苦手な科目を勉強させている。苦手‥‥と、言うか、並より少し下ぐらいの成績なので、まずは全体的な学力を向上させなければならない。狙うのは期末テストで全科目を八十点以上にする事だ。水沢さんに比べてバカではそもそも話にならない。
「悠太って学校で勉強とかしてない感じだけど、何でそんなに出来るの?」
「陰で努力してるからな」
「‥‥‥あーそうですか‥」
陽奈は本棚にある参考書を見てから机に突っ伏した。
「それで、その橘さんがどうしたの?」
机に頭をつけたまま、籠った声で聞いてきた。
「陽奈は彼女と友達‥‥親友になってくれ」
「は?」
ガバっと体を起こす。
「何で彼女?」
「そうだな‥‥陽奈は橘さんにどんな印象を持ってる?」
「どうって‥‥大人しいと言うか、目立たないというか‥‥」
「確かに、クラスの中ではモブの一人だろうな。だが、モブは主要な登場人物と接触する事が存在意義になる。つまり彼女がどんな人間だろうが、この際は関係がないんだ」
「‥‥何だかよく分からないけど。‥‥でもどうやって仲良くなるの?」
「それに関しては考えがある」
俺は商店街周辺の地図を渡した。
地図には赤字で丸がつけてあり、そこから矢印が引かれている。
「これって‥‥ゲーセン?」
「その赤丸の地点、ゲーセンの近くで陽奈は待機。俺がケータイで合図するから、そこで作戦は決行になる。どうなるかは現場の状況で変わるから今は言えない。次の水曜日がその日になるが、丁度、バイトも休みだ、何の支障もない」
「‥‥‥‥」
全く納得はしてないようだったが、それでもやってもらうしかない。