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第三話 物語に意外な展開はつきもの

そうして授業が終わり、机を元の位置に戻す。いつもの頬杖をついて外の景色を眺めるという大事な作業をしなければならない。

休み時間という事で、クラスの人々は堅苦しい数学の授業から解放されたそのはけ口を、友人との歓談に向けている。

帰りにどこぞのカラオケに行こうとか、そんな、相変わらずどうでもいい内容で、聞くに値はしない。それでも、無数の女性徒の声の中、水沢さんの声が聞こえると、すぐに反応してしまう。

これはつまりカクテルパーティー効果という奴で、それは自分の興味のある事は、ざわついた場所の中でも聞き分けられるという意味らしい。

“トワも今日、一緒に行くんでしょ?”

 故に、トワ‥‥というキーワードに俺は反応する。トワ‥‥水沢都羽‥‥ヒロインの名前は、やはり美しい。

“ん、ちょと今日は用事があって”

「‥‥‥‥」

 何気ない会話だが、これは日常パートで、物語には必要な場所だ。この平坦な期間があるからこそ、後の展開が引き立つ。

「‥‥‥‥」

 フと隣の席を見ると、草ケ谷が同じ様に頬杖をついている。

 いや、この展開は違う。難解な問題を解いた彼女は、同じ陽キャ仲間に囲まれて、どうやって答えたのだとか、凄いとか、そんな話題の中心にいるはずだ。それが一人でムスっとした顔でいるとは、どういう事なんだ?

 俺は水沢さんに視線を移す。凝視するのは変な人扱いされるので、正面に教科書をたてて、あくまで本を見ている感じで、奥の彼女を観察する。

 さっきまで友人達と話していたが、次の授業の予習でもしているのか、今は一人で席についている。周りの女子生徒達は、今日はつるんでカラオケに行くようだ。用事があるらしい水沢さんは行かない。まあ、ヒロインがカラオケでギャーギャー騒ぐのもおかしいから、至極当然の選択を彼女はしたと言える。

 そんな感じでその日は終わり、帰宅部の俺は真っ直ぐに家に帰るべく、校門まで下りていった。

「‥‥‥‥」

 さっきまで降っていた雨も上がり、見上げれば雲が晴れて太陽が顔を覗かせている。暑くも寒くもないこの季節。自然に気分も上場。こんな時は心の中からポップなジャズが聞こえてくる。

 雄二は読書絵画部という、何やら高尚な部に入っているが、何の事はない、マンガ研究部だ。俺も誘われたが、そこは断らざるをえない。確かにマン研に入って活躍する主人公もいるが、今回はそのルートではないからだ。

 様々なアクシデントに見舞われながらも、気だるそうに困難を乗り越えて、ヒロインのピンチを救うヤレヤレ系主人公、それが俺だ。

「‥‥‥‥ん?」

 校舎から出た所で、誰かが走ってきてぶつかりそうになる。

 俺はサっと避けたが、走ってきたそいつは謝りもせずにそのまま校門から外へと走っていった。

「‥‥‥‥」

 俺はその後ろ姿に見覚えがある。

 校則違反グレーゾーンな薄く茶で染めた長い髪の女子。俺の知る限りは一人しかいない。

「‥‥‥‥」

 足取りを考えると、その彼女は校舎裏から一目散に走ってきた。何か急ぐ用事でもあったのか。

「ほう‥‥」

 その少し後を、楽しそうにあるいてきたのは、爽やかイケメン大井沢と、正統派美人の水沢さん。

 二人で並んで歩いている時に発生している眩いオーラは、ぼっちのモブには圧が強すぎて、見るだけで骨折してしまうだろう。

 だが俺が注視したのは大井沢の持っている傘だ。明らかに女性もののそれは、彼が普段使いするには似合わない。恐らくは水沢さんのものだ。校舎裏には部活棟があり、大井沢の所属しているサッカー部の部室もある。

 俺の推理はこうだ。

 サッカー部が今日休みなのは最初から決定している。それを知った水沢さんは、友達から誘われたカラオケを断り、大井沢のいる部室に行ったが、雨が降っていたので傘をさして行った。大井沢は傘を持っていなかったのか、それとも持っていないという事にしたのか、とりあえず、水沢さんの傘を二人で使おうとしたが、すぐに雨は止んでしまった。

 それで、二人並んで校舎裏から出てきた‥‥と、いうのが普通だが、現実は意外に満ち溢れている。実際はとんでもない事実が隠されているのかもしれない。

 とりあえず、二人はとても仲がいい‥‥今言えるのはそれだけだ。

 爽やかイケメンというのは、主人公に対するアンチテーゼとして存在する。付き合っている状態から、何かのハプニングが起こるはず。大井沢に惹かれていればいるほど、水沢さんは苦悩する事になるだろう。

 その渦に俺はどんな原因で巻き込まれていくのか、楽しみでもある。

「‥‥‥‥ふふ」

 足元のアスファルトの上にたまった水たまりを蹴りながら、俺は小さく笑った。

 ところで、学校は私立高校という事もあり、通う生徒達の住む場所も様々だ。だから徒歩で通う者もいれば、自転車、電車、バスなどで通学する者もいる。手段は様々だ。俺はといえば、徒歩二十分とういう、徒歩と自転車の境目ぐらいの位置に借りたアパートに住んでいる。それで徒歩を選ぶのは、こうして歩きながら色んな事を考えて整理する時間に、丁度いいからだ。

そういうわけで今日も俺は学校のある郊外から、商店街を抜けて住宅街まで、思索の時間を満喫するつもりでいたのだが。

商店街の路上にあるベンチに腰を下ろして俯いてる女子生徒を発見してしまった。

 スマホでも見ながら休憩でもしてるのかと思ったが、両手はポケットに突っ込んだままで、黙って地面を見つめている。

 困った事に俺の進行方向にそれがある。これが全く知らない奴なら、そのまま素通りすればいいが、中途半端な知り合いだと、それもおかしい。俺がもしモブAなら、大回りして回避しただろうが、それは主人公の取る行動ではない。

 仕方がない。気はすすまないが。

「よお」

「‥‥‥‥」

 前に立って声をかけたが返事はない。別に屍ではないはずだが。

 知り合いに声をかけるという義務は果たしたので、このまま行ってしまっても良いのだが、日にこう何度も接点があるのは、物語上、何かを示唆しているかのしれない。

 こういう伏線の回収が大事だ。

「何?」

「数学の時間、ちゃんと当たられただろう? 違ってたらもう関わらないって言ったが、当たってたので関わる」

「は? 何それ? 何言って‥‥」

 草ケ谷が口を開く前に、俺は横に座った。

「あんたおかしいんじゃない?」

 彼女がベンチから立って、バックを拾いあげようとした時、

「‥‥‥‥大井沢れんと水沢都羽‥‥」

「!」

 俺は表情を変えずに彼女の思考を止める魔法の言葉を呟いた。

「‥‥‥‥それが何?」

「‥‥‥‥」

 効果はてき面だ。バックを肩にかけた状態で、足は完全に地面にくっついている。

「二人が部室から出てきた所を見て、逃げる様に走っていったみたいだからな」

 実際はもちろん、そんなシーンを目撃してはいない。ここでカマをかけてみる。

「‥‥そ、それが何?」

「‥‥‥‥」

 かかった。つまり本当にそういう場面があったのだ。

相合傘をしようとしていた二人を見て逃げるという作戦を取った草ケ谷の心情は、ここで数パターンに絞られる。

 別に二人が嫌いで逃走したわけでもないだろう。これまでの水沢さんは、そんな人を不快にするような人ではない。それに草ケ谷と水沢さんの接点もほとんどない。大井沢にもだ。

 つまり、二人が問題なのではない。

 問題なのは、ここで俺を睨んでいる人物だ。

 理由はだいたい想像がつくが、果たしてそんな安直なものなのか?

 もう一度勝負に出ようじゃないか。

「大井沢達は付き合ってるのか?」

「違う!」

「そうか?」

「だって、大井沢君が彼女はいないって‥‥言ってたし」

「‥‥‥‥」

 なるほど、大井沢の言葉を信じて、二番煎じで部室に行った草ケ谷は、そこでショックを受けたという事か。

「草ケ谷は大井沢が好きなのか?」

 ここは大手をかける。

「違う、別に私は何とも思ってない」

「‥‥‥‥」

 そう答える草ケ谷は無理してそう言っているふうでもない。少し分からなくなってきた。

「そうか、だったら逃げなくても良かったんじゃないか?」

「‥‥‥‥」

 まあ、事情は大体理解した。今日の所はこれでいいだろう。

「じゃあ、頑張れよ」

 硬いベンチから立ちあがって、俺はカバンを肩にかついだ。

「ちょっと!」

「‥‥‥‥」

 歩こうとしたが、ブレザーの服の裾を掴まれる。

「何だ?」

「何だじゃないわよ! ここまで言わせといて一人でどっか行っちゃう気? 信じらんない!」

「ここまでって‥‥」

 それほどの事でもない気がするが。

「あそこ‥‥」

 草ケ谷は遠くに見える緑の看板のコーヒーショップを指さす。

「ちょっとつきあいなさいよ、有坂」

「‥‥‥‥」

俺は何も返事をしていないが、腕を掴まれ、そのままグイグイとコーヒーショップまで連行されていく。

自動ドアが開くと、店内にはいかにもなコーヒーと甘い菓子の匂いがたちこめている。

引きずられるように中に入ると、高校が近いせいか、店内には制服姿の生徒達が結構いた。

「えっと‥‥ホットのグランデと、栗とほうじ茶のモンブラン、あとバナナシフォン‥‥当然、有坂のおごりね」

「‥‥やれやれ‥‥」

 全く悪びれずにそんな事を言ってくる。ここまできた以上、あとにはひけない。もしかしたら最初から俺を釣る為の遠大な作戦だとすれば、草ケ谷は希代の策士だろう。だが、恐らくは、ただの天然だ。だからこそ、予測するのが難しい。

「そちらのお客様は?」

「‥‥‥‥同じで」

 奥の丸テーブルに座る。

 目の前にはでかいコーヒーと、何だか分からないケーキ。

 何でこいつに奢らなければならないのか、腑に落ちない。

 違うんだ。本来なら、こういう場所で二人っきりになるのはヒロインとだ。


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