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第二話 この荒んだ世界の一筋の光は彼女

 慣れてきた事のもう一つは、周りの人間関係を理解できた事だ。

このクラスには大まかに分けて三つのグループがあるようで、男女混合の陽キャの集まる騒がしいグループと、色んな部活に入ってる女性徒だけ、男子生徒だけのグループ。あとはそれらに属さない帰宅部的な生徒、なんてのも結構いる。

俺はパット見は、ただ無為に帰宅してるだけに見えるかもしれない。だがそれは、何かの事件が起こった時に迅速に行動する為の余白部分に過ぎない。それに帰ったら予習復習、筋トレ、ランニングと、やる事が山積みだ。

 そんな俺でも、クラス内で目立ってる奴はさすがに知識として押さえている。

 主人公に情報を教えてくれる友人認定した雄二が言った水沢さんとは、水沢都羽さんの事だ。

 彼女は真面目で勉強が出来る。性格も良く、誰にでも爽やかな笑顔で答えてくれる、十人中、十人が美人と言う程の美人で、サラサラの髪と真っ直ぐに切りそろえた前髪と相まってまるで天使のようだ。

 いいぞ。クラスに一人はいる高嶺の花の存在の少女。何か事件が起こるとすれば、彼女が発端になるに違いない。

 星の数ほどあるラノベには、もちろんそれと同じく無数の事件が存在する。事件が起きなければ話として存在しないわけで、それは至極当然の事なのだ。もちろん、学園ものとして何も起こらないクラスも存在するが、それは主人公不在のクラスに限ってだ。

 俺という人間がここにある限り、物語は必ず動きだす。

 その物語が何であるかで、またその内容も違ってくる。青春ものなら、クラスが一致団結して、共に困難を乗り越えていく事になる。恋愛ものなら、それこそヒロインとの絡みが発生し、何らかの事件を経る事によって、二人の絆が深まっていく。ファンタジーなら、このクラスごと異世界転生するという大技が発生するだろう。

 何れにしても、今はその時期が来るのを待てばいい。

 焦る必要はない。

「‥‥‥‥」

 ちょっとだけ微笑んだ後、俺は窓に顔を向ける。そう言えばまだ雄二と話してる最中だったがまあ、いいだろう。

「‥‥‥‥?」

 視線の先にどれを選ぼうかと考えてる最中、突然、女子生徒の黄色い声(?)が上がった。

 何事かと見てみると、一人の男子生徒の周りに数名の女子生徒が集まっている。

 その男子生徒は、大井沢れん。サッカー部に所属している爽やかイケメン。もちろん、周りの女性徒達は、そんな目立つテンプレート的な人材を放ってはおかない。

 聞くとはなしに会話が耳に入ってしまう。

 どうやら、彼は結構ないい点数だったらしい。今までの要素にプラスして学業優秀までされると、他のモブ男子生徒達では太刀打ちできないだろう。

 まあ、ああいうのは物語の序盤で主人公のかませとしてのみ、存在するわけで、俺がどうこう考えるまでもない。

 そこまではいい、だがヒロインの水沢さんとも話してるではないか。

“水沢さんに分からない所を聞いたりしたのが良かったのかもね。僕は英語がちょっと苦手だし”

“ううん、そんな事ないよ。私も勉強になったから”

「‥‥‥‥なるほど」

 分かった。つまりこれは最初に爽やかイケメンに騙されて好意をもっていたヒロインが、途中でイケメン大井沢の闇の部分に気が付き、そこで窮地に陥るという流れになるのか。

 そこで颯爽と問題を解決するのが俺の役どころなのかもしれない。

 それならなおさら、今は動く時期ではない。

 時期が来れば否応なく物語は動きだす。今は悠々自適に構え、後でその時の自分が全力で対処すればいいだけの話だ。

「‥‥‥‥ん?」

 隣の席が静かだ。いつも数人が集まって服やアクセサリーとか、押しがどうとか、どうでもいい事にキャーキャー言ってる陽キャ集団が、今日はそんな事もない。その理由は明らかで、いつも対角線上の遠い席から真っ直ぐにこっちに来てる女子二人は、件の大井沢のとこに行ってる。つまり、隣にいるのは、授業初日に俺と席を交換した、彼女しかいない。

「‥‥妙だな」

 第一印象からすれば、いかにも彼女は今時の女子高生という感じだ。真っ先にイケメンにコバンザメの如く引っ付きにいくのが普通だ。それがなぜ、動こうとしない?

 まさか大井沢のような男は彼女のタイプではないのか? いや、どう見ても、陽キャ同士でお似合いだとは思うが。

「‥‥‥‥むう‥‥」

 席を交換したので、彼女が見つめる先は、下の教科書か、教卓のある前を向く以外に、一人でいるときの選択肢はない。横から観察する限り、彼女は真っ直ぐ前を向いている。まだ前の授業に先生の書いた字が残っているので、それを見ている‥‥ふうでもない。

彼女は勉強に対して、そこまで不真面目でも真面目でもない。見ているのは、水沢さんか大井沢。横からだと彼女のちょっと釣り目は、睨んででもいるかのようだ。彼女の中でどう考えてるのか、これ以上は何も分かりようがない。

 俺としえは、とにかく、ここで見てるならさっさと行けばいいものを‥‥と、思うだけだ。

「‥‥‥‥なに?」

「‥‥‥‥」

 俺がじっと見てたせいで、彼女はこっちに気づいてしまった。相変わらず不機嫌そうだ。

 いつも喋ってる友人らしき奴らとは普通に笑っているみたいだが、なぜか俺にだけトゲがある。

「何か、向こうに混ざりたいみたいな感じだったからな」

 俺はチラっと前の席の二人に顔を向けた。

「行ってくればいいんじゃないか?」

「は?」

 完全に顔が怒っている。

「何それ? キモいんだけど」

 それだけ言って、プイと横を向いてしまった。

 まあ、彼女にどう思われようが、俺がどうこう思う事でもない。大切なのは適当に誤魔化したりしない事だ。

 中間テストが終わると、期末試験まではまだ余裕がある。と言って、あまりにも余裕をこいていると手痛いしっぺ返しが来るのは、分かっている。だから俺は油断はしない。

 今の所は順調だ。

 ちなみに俺は顔が並みだが、身長はそれなりにある。学業に手を抜かず、だらしない体にならない様に、常に食べた分のカロリーを計算して‥‥。そこまでしている。それが、普段は凡人だが、いざという時に動ける主人公というものになれるというものだ。

 大井沢はなかなか本性を現さない。水沢さんと付き合うフラグが立ちつつある。いや、俺が知らないだけで、もう付き合ってるのかもしれない。

 要するに、正統的な恋愛的な物語の流れではなかったという事だ。それならそれで、別のストーリーが始まっている。今はまだ気づいていないだけで、後から考えればそうだったのかと、納得するのが人生というもの。

 その流れをいち早く見極めなければならない。

 俺はどのタイプの主人公なのだろう。

 などと考えていたら変化は唐突に訪れた。

 その隣の女子が、教科書を忘れてきた。

 ラノベではよくあるイベントだが、リアルのこの状況だとちょっと違う。

 その隣にいるのは、ヒロインの水沢さんでなければならないのだがな。

「‥‥‥‥」

 授業が始まったのに、彼女は机の上にノートしか広げていない。先生に対する何かの意趣返しでもなければ、ただ忘れてきた事は確定だ。隣の女子にでも見せてもらうだろうと思ってたが、それもしない。

「教科書、忘れてきたなら見るか?」

「別にいいし」

「そうか」

 横眼で俯いてる彼女を見てから、俺もまた教壇に顔を戻した、

 本人がそう言うならそれでいいだろう。だが、今の授業、基礎解析の先生は、何人かの生徒に質問して答えさせていくのが定番だ。それは一見、ランダムに見えるが、法則性がある。確率的に、彼女が当てられるのは三番目だ。そして問題はと言えば、例題の問い5の式を求めるというもの。教科書無しでは難しいはすだ。

「‥‥‥‥ヤレヤレ」

 俺はこの台詞で巻き込まれ系の主人公になるのが確定する。この流れでいけば、いつかヒロインのイベントに巻き込まれる事もあるだろう。

「先生」

 俺は手をあげて立ち上がる。

「教科書忘れたので、隣の‥‥」

 名前を憶えていない。

「隣の人から見せてもらっていいでしょうか?」

 窓際で一番後ろの席の俺の隣は、彼女しかいない。

「忘れたのか? じゃあ草ケ谷君に見せてもらいなさい」

「はい」

 そうか、彼女は草ケ谷というのか。

 机を持って、彼女‥‥草ケ谷の隣に机をくっつける。

「はあ? あんた何勝手に‥‥」

「次に廊下から三番目の男子が当てられたら、その次にお前が当てられる」

 嫌そうな声を無視して、俺は顔を見ずに真っ直ぐに黒板を見つめてそれだけ言う。

「は?」

「キモくても、それが真実だ」

「‥‥‥‥」

「今から、23ページの問題5を見ておけ」

「あんた、何様?」

「別に疑うなら、それでいい。違ってたら俺は二度と関わらない」

「‥‥‥‥」

 それで納得したのか、草ケ谷は俺の教科書を奪うと、言った通り23ページを開いた。

「え?!」

 開いた草ケ谷は教科書と俺の顔を交互に見る。

「どうかしたか?」

「いや‥‥その‥‥全部答えと解き方が書いてあるし‥‥」

「書いてある通りに応えればいい」

「‥‥‥‥」

 またもや渋々といった顔をしてる。どう思われていても構わないが、草ケ谷と関わる事は、ヒロインの水沢さんとのイベントを起こす為に、何がしか必要な事だ。

 主人公は二手の三手も先を読んだ行動をするもので、外から見れば偶然に見えるが、全ては必然であり、それはいつしか運命に変わる。今はその一手を打った所だ。

「では次の問題を‥‥‥‥草ケ谷」

「え? はい?」

 事前に言ってたはずなのに、草ケ谷は驚いた声をあげる。

「問五の証明を黒板に記述しなさい」

「‥‥‥‥」

 椅子を引いて立ち上がる時、少し不安そうな顔で俺の顔をチラと見た。

 書いてある内容は間違ってない。そんな心配をする必要もない。

 だから俺は無表情で真っ直ぐに黒板を見つめる。

 草ケ谷がチョークを持って書き始める。

 字が少し汚いが、ちゃんと書き写している。問題はない。

「‥‥出来ました」

 そうして先生は黒板をじっと見た後。

「難しい問題だったけど、よく出来たな。それに美しい計算だ」

「‥‥」

 そう言った瞬間、周りからは驚きの声があちこちから。元々、皆と人付きあいが多い草ケ谷の事だ。休み時間には少しだけ時の人になるだろう。

「‥‥‥‥あんたの言った通りだったね」

 戻ってきた草ケ谷が、背もたれに深く寄りかかって、フウとため息をつく。その前に言う事があるだろう? ありがとうとか。

「有坂って勉強出来たんだ?」

「まあ、普通にな」

「ふーん‥‥」

 草ケ谷は俺の顔をジロジロと見る。人には怒っておいて、自分はそれでいいのか?

全く勝手なものだ。


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