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第38話:大切な人

 現実世界、病院のベッドの上。

 僕が目を開けると、隣に寝ていた彼が起き上がったところだった。


 ケイは自発呼吸ができていたので、呼吸器の類は付けられていない。

 補液も延々としているわけではなく、消灯時間帯ははずされていた。

 心拍や呼吸の状態を測定する検査機の端子が、はだけられた胸に貼り付いている。

 彼は室内を確認するように見回した。


「おはよう、ケイ。まだ夜だけど」


 僕は微笑んで話しかけた。

 ケイは振り返り、僕を見て微笑む。


「ヒロ、ありがとう」


 そう言って重ねられた唇は、僕がよく知っているいつものケイと同じ。

 ケイが現実世界に戻ってきてくれた嬉しさで、僕の目から涙が溢れた。


「心配かけてごめんな」


 僕が泣いていることに気付いたケイは、唇を離して耳元で囁く。

 言葉が出なくて、僕は頷いただけ。

 涙と一緒に彼への想いが溢れて、僕はケイに抱き締められながら嗚咽した。


 もしもこの世界からケイがいなくなったら、僕は生きていられない。

 僕にとって、自分の命よりも大切な人。

 自分の身体はどうなってもいいから、ケイだけは無事でいてほしい。


 今回の出来事は、僕にそんな想いを抱かせた。

 ゲーム世界で頑張れたのは、彼を現実世界へ戻したいという願いが全て。


「ケイ……痛いところ……ない? どっか苦しかったり……しない?」

「どこも痛くないし、苦しくもない。大丈夫だから落ち着け」


 止まらない涙をほったらかして、僕は子供のようにしゃくり上げながら聞いた。

 ケイは子供をあやすように僕を抱き締めて、頭や背中を撫でて囁く。


「まだ夜だから、一緒に二度寝しよう。朝になったら家に帰るぞ」

「うん」


 腕枕してもらって、ケイのぬくもりを感じながら眠る。

 それは僕にとって、何よりも安らぐ幸せな時間。

 ケイと寄り添いながら、僕は心地よい眠りに落ちた。



   ◇◆◇◆◇



 朝7時、僕は病室の内線電話を使い、ナースセンターにケイの意識が戻ったことを報告。

 担当医が来てくれて、バイタルチェックをした際に、ケイは意識を失う前のことを話した。


「確か、庭のベンチに座って九条さんと話していたときだったと思います。蚊がいるよって言われて彼の片手が近付いたときに、うなじにチクッと何か刺さる感じがして、そこから急に眠くなったんです」


 話を聞いた医師と看護師は何か察したように視線を合わせ、看護師が急いで病室を出ていく。

 すぐに戻ってきた看護師は、手に何かの検査器具らしきものを持っていた。


「もしかしたら、広瀬さんは強制的に意識を失わされたかもしれません」


 医師はそう説明して、看護師が持ってきた器具で検査を始める。

 それは体内の異物を見つけるもので、対象のDNAとは異なるものに反応してモニターに映し出す探知機だった。


「思った通り、異物がありますね。除去するので少しチクッとしますよ」


 そう言って医師がケイのうなじから取り除いた異物。

 シャーレの上に置かれたのは、細くて短い金属らしき物だった。


「やはり……。これは埋め込んだ相手の意識を奪い、特定のサーバーに封じる電脳犯罪アイテムです」


 医師が告げた内容は、現代ではそれほど珍しくはない。

 電脳犯罪はフルダイブ型ゲームのシステムを悪用したもので、主に被害者を無力化して監禁するために使われることが多い。

 ゲーム世界でサキがレビヤタにされたみたいに、意識を失った被害者が犯人に性行為をされることもあった。


「九条さんって、ジュネスの代表取締役社長ですか?」

「そうです」


 医師の問いに、ケイが頷く。

 九条さんはアイドルのプロデュース業などを中心に事業展開している芸能プロダクションの社長で、僕がケイに引き取られて間もない頃から何度か「アイドルやってみないか?」って笑顔で話しかけてきた人。

 僕はアイドルじゃなくて声優になりたかったから、いつも即答で「ううん、声優がいい」って断っていた。


「以前、あの方がスカウトした新人タレントが意識不明になったことがありました。私はその際の担当医でしたが、患者の体内からこれと似た異物を発見したんです」

「その患者さんは、今は?」

「異物を取り除いた後、警察に調べてもらって、電脳犯罪の被害者と分かりました。現在はサーバーから意識を開放されて健康状態を取り戻していますが、九条さんが疑われつつも証拠が無いので未だ調査中です」


 話を聞いた僕は、過去のその事件も九条さんが何か関わっているのかも? って思ったりする。

 ケイも同じことを思ったかもしれない。


「前の患者さんは、当院に運び込まれる前まで九条さんの邸宅に滞在していたそうです。全裸でベッドに寝ていて、掃除機の音がしても全く起きる様子がないので、異常に思った使用人が救急車を呼んだという経緯でした」


 医師は当時を振り返りながら言う。

 全裸で就寝する人はいるけど、話を聞いた感じだと普通に寝ていたわけじゃない気がする。


「広瀬さんの意識が戻ったと分かれば、九条さんは何かしてくるかもしれません。警戒していた方がいいですよ」

「俺が意識を失った場所は監視カメラがあるので、彼の行動が映っていると思います」

「それを警察に提出して、被害届を出した方がいいですね。私も担当医として証人になります」

「じゃあ、僕が監視カメラのデータを回収してくるね。ケイは狙われてるからここにいて」


 僕は急いで病室を出た。

 九条さんとレビヤタが被る。

 ケイに何かしようなんて、絶対許さない!

 僕は自分の中に怒りが沸き上がるのを感じながら、監視カメラの保存データを取りに自宅へ向かった。

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