豊穣祈願の季節、イリアは聖女としてシエム国を訪問する事になった。
これまで3度の襲撃があったが、豊穣祈願をしなければ作物や家畜が健やかに育たない事が多いので、聖女の役目を果たしに行くのだ。
「シエム王城内にはプルミエ王城と往復出来る転移魔法陣があるから、移動に時間はかからないし途中で襲撃される事も無いよ」
出発前夜、ボイスチャットで瀬田が教えてくれた。
「気を付けないといけないのは豊穣祈願の時ですね」
星琉は言う。
豊穣祈願は聖女が放つ光が国全体に広がるように開けた場所で行なう。
敵がその時を狙って遠距離攻撃を仕掛けてくる可能性が高かった。
「そう。イリアちゃん自身には物理・魔法いずれも攻撃無効の守護石があるから害される事は無いが、農民たちが巻き添えにならないように頼む」
「分かりました」
「で、君にこの防御魔法を伝授しておく。それから…」
賢者シロウは、勇者セイルに自作の魔法を授ける。
そして、小声で何かを伝えた。
「じゃあ、頼んだよ」
「はい」
一方、瀬田は双剣使いソーマにも自作の魔法を授けていた。
「ソーマ君、君にこの魔法を授けよう」
「ありがとうございます」
「使うタイミングは………」
そして、ソーマにも何かを伝えた。
翌日。
シエム国の転移魔法陣に聖女イリア、勇者セイル、双剣使いソーマが現れた。
「1年ぶりだねイリア」
「おじい様、おばあ様、お久しぶりです」
魔法陣の前で待っていたのはシエム国王夫妻。
イリアにとっては祖父母にあたる。
「貴方が勇者セイルね」
王妃が青い騎士服を着た黒髪の少年に微笑みを向ける。
「イリアを護ってくれて本当にありがとう」
これまでの襲撃事件はこちらにも伝わっているようだ。
星琉は静かに一礼して応えた。
プルミエでは言葉遣いは気にしなくていいと言われている。
が、他国ではそうもいかないと思い、不用意に言葉を発しないようにしていた。
隣に立つ奏真も緊張しているのか静かだ。
「そんなに畏まらずとも良い」
察したシエム王がフッと笑って言う。
「プルミエと同じく、我が国でも気楽にしてくれて構わぬ」
「ありがとうございます」
星琉はようやく言葉を発した。
「それに、貴方はまだ非公式とはいえイリアの婚約者でしょう?」
王妃がクスッと笑って言う。
途端に星琉は赤面、聞いてねーぞ?という顔で覗き込む奏真。
イリアが悪戯っぽく笑っていた。
シエム国の豊穣祈願には国王夫妻も立ち会い行なわれる。
フルーツが特産の国で果樹園が多いが、聖女の豊穣祈願の場所はプルミエと同じく苺に似た植物が広がる畑だ。
イリアが中央に立ち、その左右に星琉と奏真が跪いている。
(来てるな…)
目を閉じて跪いている星琉、その気配探知は既に敵集団を認識していた。
脳内に映し出されるレーダーに、敵を表す点が数多く表示されている。
敵は近くの森の中に潜んでいるようだ。
イリアが豊穣祈願の祈りを始め、人々の意識がそちらへ向いた時、敵は動いた。
一斉に矢の雨、様々な属性の魔法が飛んでくる。
派手な攻撃、さすがに気付いた人々が驚いて声を上げた。
だが、その攻撃が人々に届く事は無い。
瞬時に出現したバリアが攻撃を防いだ。
イリアの両脇で跪いていた2人のうち星琉が立ち上がり、目を閉じたまま片手を空へ向けていた。
しかし、プルミエでのそれと異なり、形成されたバリアは透明ではなく、魔法陣のようなものが無数に描かれていた。
今回はバリアに接触した矢は消滅していない。
様々な属性の魔法も打ち消されてはいない。
星琉が目を開けた瞬間、それらは全て攻撃者自身に反された。
瀬田が星琉に授けたのは、全種類の攻撃を100%跳ね返すカウンタータイプの防御魔法だった。
自身が放った攻撃を返された敵はみんな負傷し、動けなくなった。
そして
そんな彼等を逃がす為、大規模転移魔法が発動しようとした時…
今度はそれを予測していた奏真がニヤッと笑い、被せるように魔法を発動させた。
敵がいる森全体を奏真の魔法が包んだ。
森の中、矢が刺さった者、火傷を負った者、氷の破片で裂傷を負った者、様々な負傷者がいる。
彼等を逃がす範囲型の転移魔法を使った筈の魔法使いは、自身が森の中に転移させられた事に動揺した。
何が起きた?
何故自分がここに?
「
不意に背後で声がすると同時、ゾクッと寒気がするような気配を感じた。
「なんだ、フォンセじゃないのか」
ガッカリしたような口調。
背後にいたのは、尋常ではない魔力を感じさせる1人の男。
勝てる相手じゃない…魔法使いはドラゴンか何かでも見たように腰を抜かした。
「まあいい」
パチンと指を鳴らすと、魔法使いは森から移動させられた。
賢者が少年たちに伝えた策は、敵の攻撃を星琉が反射し、敵が転移魔法で撤退しようとするのを奏真が反転させて術者をこちら側へ飛ばし、飛ばされてきた術者を瀬田が捕らえるというもの。
瀬田は大魔導士フォンセが出てくるのを期待したが、そう易々と表には出てこないようだ。
「お前たちも、後で色々聞かせてもらうか」
シロウが片手をサッと振ると、森の中に倒れていた者たち全員が何処かへ移された。