「ふむ、敵は瞬時にその場からいなくなったのか」
「はい、気配探知からいきなり消えました」
「一斉に矢を放ってセイルに無力化されてすぐ逃げたらしいの」
夜、自室へ戻った星琉は国王・イリア・瀬田・渡辺とグループチャットしていた。
「それだけの人数が全員移動系スキル持ちとは思えません。大掛かりな魔法が使える者が後ろについてそうですね」
渡辺が言う。
「高速で索敵範囲から離れて行ったのではなく突然反応が消えたのなら、無属性魔法の空間移動か。それの範囲型だな」
瀬田も言った。
「そんな大きな魔法が使える者なら限られてくるだろう。今の我が国にはこれといった敵対国は無いが、どの国の仕業なのか…」
国王は考え込むように言った。
「なかなか口を割らない連中に使えそうな物を作ったから試してみようか」
瀬田が提案した。
「そうしてもらえるか?」
「OK」
翌日、瀬田は2人のスタッフと共に地下牢へ来ていた。
王都の牢は地面を円型に掘り下げた中に作られており、ドーナツ状に配置された部屋に窓は無い。
地上との行き来や牢への囚人の出し入れは移動魔法陣で出来るが、その起動には専用の鍵が必要という仕組み。
そして、円の中心に立てば全ての部屋を見回す事が出来た。
「君たち、うちの可愛い姪っ子を殺そうとしたんだって?」
瀬田、笑みを浮かべているが目は笑ってない。
彼は静かに怒っていた。
王妃アリアの姉アリサは瀬田の妻【瀬田亜里沙】として日本で暮らしている。
つまり、イリアは瀬田にとって姪である。
おじちゃんと呼ばれるのが嫌で名前呼びさせているが。
幼い時から可愛がっている子を害そうとした相手を許す気は無い。
「どこのどいつかな?そんなふざけた事する馬鹿は…」
冷えた空気漂う笑みを向けられながら、囚人たちは黙秘継続中。
彼等は1人ずつ牢に入れられており、物を投げたり唾を吐きかけたり出来ないように、通路との間は鉄格子を防弾硝子で覆った物で隔てられている。
その防弾硝子は瀬田が土魔法と火魔法を組み合わせて作り出した物で、地球にあるそれよりも強固なものになっていた。
「ああいいよ別に喋らなくて。そんな事しなくてもこの機械が調べてくれるからね」
瀬田は隣に置いた機械をチラリと見た。
賢者シロウとしてアーシアの国々に知られる瀬田、囚人たちも勿論知っているのだろう。
瀬田が未知の機械を使おうとしていると分かり、囚人たちは不安そうな表情を浮かべた。
「さて、誰が最初に試したい?遠慮しなくていいんだよ?」
(うわ~、社長すっごい悪い顔してる)
一緒に来ていたスタッフたちが軽く引いた。
瀬田は囚人たちを見回し、特にオドオドして怯えている男に視線を定めた。
「よし決めた。1人目は君にしよう」
瀬田がパチンと指を鳴らすと、男は牢の中から機械の中に転移した。
看守用の移動魔法陣は使わず、瀬田自身の魔法による移動だ。
無詠唱の移動系魔法、瀬田がこちらの世界で賢者と呼ばれる理由の1つが、こうして詠唱無しで魔法を使える事にあった。
男が移動させられたのはVRマシンと同じく球形に作られた機械、防音は完璧で中の音は外には聞こえず、外の音は中には聞こえない。
「始めろ」
瀬田に命じられ、スタッフたちが機械を操作し始めた。
中で何が起きているのか、他の囚人たちには全く見えない。
瀬田とスタッフの1人は機械とケーブルで接続されたノートパソコンに表示される文字を見ているが、それは瀬田たちだけが分かる暗号で表示されており、仮に牢の中の囚人たちが視力が良かったとしても意味は理解出来ないものだった。
「よし、このくらいでいいだろう」
瀬田が言うと機械を操作していたスタッフは手を止めた。
またパチンと指を鳴らすと、中にいた男が牢の中に転移した。
牢に戻された男は失神していたが、何故失神したのかを囚人たちが知るのは、自らが機械にかけられた時の事だった。
機械から出された囚人たちは気の弱い者は失神し、そうでない者は半ば放心状態になった。
囚人全員を調べ終えると、瀬田は機械に組み込んでいる異世界転移機能で機械とスタッフたちと共に地球へ戻った。
「そうか、大規模な転移魔法と聞いてもしやと思ったが…」
国王が溜息混じりに言う。
地球に戻った瀬田はボイスチャットで国王に報告していた。
「VRを見せて強く反応したのがあいつに対してだけたったから。間違いないだろうね」
瀬田が囚人たちに使ったのは、自らの過去の記憶を元に作り出した人物たちのVR映像だった。
「奴が裏にいるなら、聖女を亡き者にしようとする理由はアリアの時と同じか」
国王はまた、溜息をついた。
14年前、まだ王太子だったラスタは、賢者シロウと共に当時の敵対国カートルを退け、その侵略からプルミエ王国を守り抜いた。
王妃アリアは当時はイリアと同じ聖女で、国の農作物に豊かな実りをもたらす存在だった。
敵国の大魔導士フォンセは彼女を殺害する事でプルミエ王国に飢饉を呼ぼうとした者である。
その企みは賢者シロウによって阻止され、発明品やチートな魔法にフォンセは圧倒され敗北・敗走した。
以後フォンセはカートル国から行方不明となっていた。
「14年前にボコボコにしてやったのに、懲りない奴だよねぇ」
「大魔道士フォンセ…また我が国を狙うのか…?」
対策をどうするか?14年前の英雄たちは考えを巡らせるのであった。