学校が休みの日、星琉はイリアの護衛として郊外に来ていた。
護衛その2として騎士団員となった奏真も同行している。
奏真は動きにくい鎧は着けず、白い騎士服姿なのだが…
「なんでソーマが着ると騎士服が特攻服みたいに見えるんだ?」
聞いてみた星琉。
「知るか!」
と言う奏真は、騎士服をすっかり着崩している。
さすがに背中に夜露死苦とは書いてないが、ヤンキー風味だ。
「そういうお前はなんで騎士団と色違うんだよ?」
今度は奏真が聞いてくる。
星琉はSword of EarthiaⅡのPVで馴染みの青い騎士服を着ている。
「セイルのは勇者専用の騎士服なのよ」
2人のやりとりを笑いながら見ていたイリアが言った。
彼女は今日は聖女としての正装、パールホワイトのローブを着ている。
「昔は勇者は空から降りて来る者だったから、青は勇者の色なの」
「…姫様…」
途端に惚ける奏真。
どうも彼は美女と美少女に弱いらしい。
「俺は空からじゃなくて空港から出て来たけどね…って聞こえてないな」
隣で笑って言う星琉の言葉は奏真の耳に入ってない。
「…イリア様…美しい…」
「うんうん、美少女だね」
惚けて呟く奏真になんかこのやりとり前もあったなと思いながら相槌を打つ星琉。
「…まるで聖女だ…」
「っていうか聖女だし?」
漫才みたいになってる2人を見て、イリアがクスクス笑っていた。
これまで2度、他国から来たと思われる武装集団に襲撃されたイリア。
襲撃者は全て星琉が制圧し、騎士団が王都の地下牢で尋問を続けているが、一向に白状しない。
彼等は自決用の毒薬を口の中に仕込んでいたらしいが、星琉に気絶されられ現場では自決出来ず、気絶したまま地下牢まで運ばれた際に危険物探知機(賢者シロウ作)で見つかり全て除去されていた。
彼等は国や所属の情報となる所持品は一切持っておらず、口の中に仕込んでいた毒薬もプルミエ領土内の森で採れる毒草を使った物で手掛かりにはならなかった。
身体的な特徴はプルミエ王国も含まれる大陸の人種だが、大陸には複数の国があり、民族の容姿の差はほとんど無い。
喋れば訛りで国が分かるのだが、彼等は襲撃時から現在まで一切言葉を発していなかった。
敵の黒幕が分からない、新たな襲撃があるかもしれないと警戒しながらもイリアが郊外へ来たのは、聖女としての役目があるから。
「聖女様、それに勇者様方まで、お越し下さり心より感謝申し上げます」
ツナギのような作業服姿の人々が揃って頭を下げる。
プルミエ王国は王都周辺に農地が広がっており、彼等はその農民たちだ。
「いつも我が国の命を支えてくれてありがとう」
イリアが微笑む。
人間は飲まず食わずでは健康に生きられない。
農家が作る作物は人間が生きる為に欠かせない物、すなわち民の命を育む大切な仕事だと彼女は言う。
イリアは王族だが、その地位に甘んじて驕り高ぶるような事はしなかった。
街へ買い物に出たりしながら、いつも人々の暮らしに目を向けている。
それは彼女だけでなく国王や王妃も同じで、民に寄り添う政治が行なわれている事からプルミエ王国は「世界で最も幸せな国」と言われていた。
「では、今年も作物が健やかに育つよう、神に祈りましょう」
イリアが胸の前で手を合わせ、祈りを捧げようとした時、傍に控えていた星琉がスッと片手を空へ向けた。
無詠唱、瞬時に現れたドー厶状のバリアが人々を包んだ直後、雨のように矢が降り注いだ。
突然の事にどよめく人々。
矢は全てバリアに接触した瞬間に消滅し、中にいる人々に達する事は無かった。
学園で魔法を習い始めた星琉が回復魔法の次に得意としたのは防御魔法。
膨大な魔力を遠慮なく使ったバリアは強固で、むしろ強すぎて矢を弾くどころか消滅させてしまう。
「イリアとみんなはそのまま豊穣祈願を続けていいよ。敵は全て俺と奏真が片付ける」
星琉は人々に告げた。
しかし、2人がその剣を振るう必要は無かった。
矢を放った襲撃者たちは、失敗したと分かった瞬間に転移魔法で逃げ去ってしまったのだ。
襲撃前に気配探知で位置を把握していた星琉だが、脳内レーダーに映る敵を表す赤い点が一斉に消え、瞬間的な移動で逃げたと察した。
付近を探してみたが、痕跡は何も残されていなかった。
「さすがに3回目ともなると失敗を想定するか」
いっそ諦めてくれたらいいのにと星琉は思う。
「なんだ逃げちまったか。せっかく俺様の出番だと思ったのに」
奏真は残念そうに言った。
その後、聖女イリアによる豊穣祈願は完了した。
彼女の身体から放たれた金色の光は煌めく粒子となり、農地全体に広がり大地に注がれた。
農地の土壌が活性化し、作物が開花し始める。
イリアが立つ場所は苺に似た植物が植えられた農地で、聖女の光に活力を得た植物が一斉に花開き、白い小さな花々が咲き乱れる花畑と化した。
心地良い風が吹き、花びらが舞う。
白い花吹雪が、大気を彩る。
長い金色の髪を風になびかせて白い花畑に立つ乙女は美しく、農民たちも奏真も見惚れた。
星琉は気配探知を切らさず周囲を警戒しながら、静かに見守っていた。
その日は新たな襲撃は無く、無事に豊穣祈願を終えて聖女一行は王都へ帰った。
イリアの命を狙う者たちの正体は、未だ分からない。