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第14話:異世界派遣部の社員証

 大会終了翌朝。

 街の大通りでは大会参加者全員の盛大なパレードが行われた。

 ヒューマン、獣人、エルフ、ドワーフそれぞれの1~3位となった者は花で飾られたフロートに乗り、他の者はその後方を歩いている。

 星琉は獣人族のフロートに乗せられ、左右に狼人のルーと猫人のシトリがいた。

「君の奥義、素晴らしかったぞ」

 ルーは上機嫌だ。

「海の向こうに君と同じ日本人が建国したジパングという国がある。そこにはカタナを作る鍛冶師がいるから、新しい剣を手に入れたくなったら行ってみるといい」

「はい!」

 また1つ、星琉が行ってみたい国が増えた。

「僕より速いのがヒューマンなんて未だに信じられないよぉ」

 ジト目で見上げてくるのはシトリ。

 星琉の奥義で負った全身打撲は神殿で治療を受けて完治していた。

「もしかして獣人じゃないの?どっかにケモ耳やシッポ隠してない?」

「ないない、無いから!」

 シトリに髪をクシャクシャにされ、星琉は必死で否定した。


 パレードが終わると、星琉は王城の中に用意された自室へ戻った。

 客人としてではなく、これからはそこが自分の部屋になる。

(…個室だ…相部屋じゃなく俺だけの部屋…!)

 じ~んと感動に浸る星琉。

 実家は一軒家だが家族が多いので1人部屋は無かった。

 祖父母と父母は2人部屋、9人の兄弟は男女に分かれて相部屋だった。

 いつも騒がしい家庭環境に慣れてはいたが、密かに1人部屋に憧れていた。

 住み込みの仕事がしたいと思ったのもその為である。

(寮がある会社で働くつもりだったけど、まさかお城住まいになるとは…)

 庶民には贅沢過ぎる部屋の内装を見まわして、彼は苦笑した。

 コンコン、とノックの音がした。

 どうぞと応えると、扉を開けて入って来たのは渡辺と森田。

「セイル君、これ瀬田社長から君に優勝祝いだそうだよ」

 と言って渡辺が差し出したのは1台のスマホ。

「通信は我が社独自のネットワークを使うから無料、地球でも異世界でも使えるのはSETAの携帯だけ♪」

 まるでCMのようなノリで森田が説明した。

「え、いいんですか?こんな高価な物もらっちゃって」

 一瞬キョトンとした後、星琉は渡された物の価値を考えて慌てる。

 学生でも携帯を持っている時代だが、青野家で持っているのは父親と社会人になった兄と姉だけだった。

 携帯は自分で稼ぐようになってからというのが青野家の家訓である。

「我が社としては今後セイル君と連絡がとりやすい方が助かるからね」

 話しながら渡辺は1枚のカードを差し出す。

「で、こっちは君の社員証」

「へ?」

 星琉はまた訳の分からない状況に困惑した。

「まあ見てごらんよ」

 言われて見た社員証には…


 株式会社SETA社員証

 名前:青野星琉

 性別:男

 部署:異世界派遣部

 勤務地:異世界アーシア

 役職:勇者


 星琉、思わず二度見。

「?!」

 ビックリし過ぎて声も出ない。

「採用おめでとう!」

「これでセイル君もSETA社員だねっ」

 渡辺と森田が超笑顔でパチパチと拍手した。

 呆然としていた星琉、ハッと我に返った。

「え?採用?っていうか履歴書出してないし、面接だって受けてないですよ??」

「まあとりあえず、社長と話してみなよ」

 と、渡辺が星琉の手にあるスマホに手を伸ばして操作し、瀬田に繋いだ。

「やあセイル君、優勝おめでとう」

 地球から瀬田の声が届く。

「そして勇者認定とプルミエ王宮就職もおめでとう。我が社は君をサポートする事にしたよ」

「サポート?えっとすいません状況が飲み込めなくて」

 星琉は困惑しつつ言う。

「まず、我が社がプルミエ王国と業務提携している事は知ってるかな?」

 瀬田が確認してくる。

「知らなかったです。でも、瀬田さんが過去にここへ転移して王国の発展に貢献した事は聞きました」

 星琉は街の人々から聞いた話を思い出しつつ答えた。

「そう、そしてその後、元の世界へ戻って起業する際に王国から協力を得たんだよ。我が社のVRゲームにこの国の音楽や風景、イベントなどが使われているのは知ってるだろう?」

「はい」

 星琉は頷いた。

 獣人たちと対戦したコロシアムなどは遊び慣れたVRゲームでいつも見ていた風景だ。

 イリアと踊ったダンスの曲は姉や妹たちと遊んだダンスゲームの曲だ。

 瀬田が話を続ける。

「そして今回、鉄人戦の優勝者を王国の大会に招待する打ち合わせをした際に、プルミエ国王から提案があった。もしも地球から特別参加する者が優れた能力を見せたら王国の騎士団にスカウトしたい、ってね」

「騎士団…」

 星琉は呟いた。

「一方、我が社は異世界派遣部を新たに設け、そこに所属させる計画を立てた。新卒者でも職にあぶれる時代だから、プルミエ国で働く派遣社員になってもらおうという計画。そんな中、鉄人戦を勝利したのはセイル君だった。君が4月から就活するという話も王妃から聞いた」

 瀬田は語る。

「…しかし、君は騎士団の枠に収まりきらないほどの高い能力を持ってた。着いて早々王太女の命を救うなんて叙爵されるレベルの活躍もした。それで国王は君を新人騎士ではなくもっと高い立場、勇者にする方向で話を進めたんだよ」

 説明を受けながら、星琉は表彰式での国王の様子を思い出した。

 途中で敵襲があって中断したが、星琉への言葉はまるで最初から決めていたように言い淀みは無かった。

「我が社としては騎士でも勇者でも派遣社員に変わりはないけど、役職手当くらいつけてあげようと思って役職に【勇者】って書き込んだんだよ」

 地球人からしたら冗談みたいな役職だ。

「給料はそのスマホにチャージされるよ。プルミエ国内で使えるし地球でも使える。社会保険・厚生年金・介護保険・雇用保険・労働者災害補償保険つき。社員寮と賄いはプルミエ王家から提供」

「なんか待遇がとんでもない事になってません?」

 星琉は控え目にツッコミ入れた。

 福利厚生の説明、後ろの方がおかしな事になってる気がした。

「そうそうもう1つあった」

 瀬田が付け加える。

「そのスマホに転移機能つけといたから。一度行った事がある場所ならアーシアでも地球でも自由に行き来出来るよ」

「…社長の発明がとんでもなさ過ぎてツッコミ入れる気力が無くなりました…」

 …瀬田の発明に驚くのはもうやめとこう。星琉はそう思った。




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