門番がいきなり二人に襲い掛かってきた。裏業はなんとかその一撃を避けて朝凪に手を添える。
だが、水埜辺がそれを止めた。どうして止めるのだろう。何か策でもあるのだろうか。そう考えながら裏業は水埜辺と共にじりじりと屋敷に背を向けながら森の中を出る。
辺りは夜だというのに、これほどまでに明るいと感じたのは空気が澄んでいて星が良く見えたからだろうか。
屋敷の前に警護をしている門番はいない。やはり今宵は内勤なのだ。外にいたあの門番は偽物だとそこで確信する。
じりじり、じりじりと砂利の音が静かな夜に広がる。門前まで下がる。視界が森の中よりも広がり、敵の姿を認識できる。門番の姿を認知した瞬間、裏業は思わず絶句した。
「……な、んで」
知っていた。――その者は全身に黒い靄を纏っていた。
知っていた。――その黒い靄を纏った者が最期どうなるのか。
嫌な記憶が彼女の脳を支配した。同時に、水埜辺が口を開いた。
「『
そうだ。今日はもともと彼は休まなければならない日。病人になると言っていたことと、今の眩暈は少なくとも関係があるはずだ。
裏業は彼のことが途端に心配になり、体を支えようと手を伸ばす。そのとき、妖怪憑と言われた門番がぐわっとまた勢いよく襲い掛かってきた。
――避けられない……‼
裏業は咄嗟に水埜辺を突き放し、自分は腕を目の前に交差させ強く目を瞑った。しかし、攻撃されたと思ったのに、裏業の身には何も起こらない。怪我なんてひとつも付いていなかった。
何故? と思った瞬間に聞こえてきたのは刃の交わる音。
ゆっくりと瞑った目を開けば、「大丈夫かい、裏業?」と水埜辺が裏業を庇うようにして妖怪憑の門番に背を向けていた。
「奴良野殿……! どうしてっ?」
彼があの一瞬のうちに裏業の腰に携えていた朝凪を彼女に気付かれることなく抜刀し、妖怪憑の口に噛ませていた。ガチガチと刃が噛まれる音が耳を掠めた。
「せーの!」
ドゴンッ。鈍い音がした。水埜辺が朝凪を思い切り振り切り、妖怪憑の門番を蹴り飛ばした。その一瞬の隙を付き「逃げるよ!」と裏業の手を引いた。逃げる瞬間に裏業は門番を確認する。
顎が外れ、口が切れ、それでもなお門番は化物のように動きを止めない。その敵への執着心たるや気持ちの悪いものにしか見えなかった。
「……おおよそ、人のそれではないな」
「ああ、そうだな」
そのまま、奥老院の玄関口まで走り込む。入った瞬間水埜辺は戸を閉め、そこに何やら怪しげな札を戸の裏に何枚か貼り付けた。
「なんだ、それは」
「んー? 安全なおまじない……と言いたいところだけど」
ドン、ドンと戸が激しく揺れる。今にも破壊されかねない強さで叩かれている。
水埜辺は呆れた顔をして溜め息を吐いた。
「まあ、
あの門番のことを彼は
「……。とりあえず私の部屋に」
「あ、ああ。うん。そうだね。ありがとう」
あまりそう感じさせないようにしているようだが、彼の額には汗がびったりと掻いていた。呼吸も少し荒れていた。