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第15話 優しい掌


 一方、やっとのことで奥老院の自室へと戻った裏業は、しばらくの間心ここに在らずといった状態にあった。畳の上に寝転び、襖の隙間から差し込む光を見つめていた。


 ――あんなこと、今までなかったのに。


 今まで自分の本音を誰かに吐き出したことなど無かった。それなのにあの男といると言葉は止まることなく、それどころかどんどんと溢れ出てしまい、終いには過呼吸を起こし迷惑をかけてしまった。

 その時のことは正直あまり覚えていなかった。ただただ不安で恐ろしくて、息ができなくて苦しかった。

 だけど不意に温かい掌が、彼女の体を優しく包み込んだことだけは覚えていた。


 ――あれはきっと奴良野殿の手だった。


 けれど、どこか昔にも同じような温かさを感じたことがあった。そんな気がした。記憶こそ忘れかけているが、確かに既視感のようなものは感じたのだ。


「……ああ、そうか。あれは、母上の感覚に似ていたんだ……」


 ごろんと寝返りを打つ。そしてもう一度小太刀を胸元に持っていき、ぎゅぅと握りしめた。


「お前、名前があったんだな。……知ることができて嬉しいよ、


 裏業は小太刀に微笑みかけ、そのまま眠気に抗うことなく身を任せ眠りについた。



 その日、裏業は夢を見た。幼い頃の夢だった。

 何故こんな夢を見たのだろう? と思ったが、それはきっとあの男の所為だ。そうすれは自然と腑に落ちたのだった。

 百年、人々に愛されたものには神様が宿るという。

 裏業の持っている『朝凪』もその一つだった。

 その身はすっかり錆びてしまっており使用することはできないが、それでも人の手から離れることは一度だってなかった。今も、裏業に握られ、離れることはなかった。

 朝凪は彼女に夢を見せた。夢なのか、はたまた幼き日の記憶なのか、それは彼女にしか分からないだろう。

 とにかく幸せなものであってほしいと願うばかりである。

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