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レベル99、市場価値ゼロ
レベル99、市場価値ゼロ
牧屋
異世界ファンタジー冒険・バトル
2025年03月11日
公開日
9,094字
完結済
魔王討伐後の世界。経験値は「限られた資源」となり、すでに最大レベルに達した「カンスト難民」たちは社会の底辺へと追いやられていた。
家族を支えるために旅立ったカイトも、そんな不運な一人。村への仕送りを夢見ていたのに、突然「あなたのレベルは最大値です。これ以上は何をしても強くなりません」と告げられる。
装備で差をつけようとする道も閉ざされ、途方に暮れる彼の前に現れたのは、謎めいた少女鑑定士。
「あなたみたいな世渡り下手は騙しやす…じゃなくて、信頼できると思ったの」
その出会いが、無価値とされた彼の人生を思いもよらぬ方向へと導き始める—。

第1話

「経験値無駄になってます」


 言われてカイトは驚いた。ギルドの受付嬢は適当な羊皮紙にさらさらと走り書きし、簡単な計算式を見せて来る。


「10個くらい前のクエストを最後に、カイトさんのレベルは最大値……つまりカンストしました」

「カンスト……?」

「よって、これ以上は何をしても、強くなりません」

「え、そ、そうなんですか……っ?」

「最近、あなたのようなカンスト難民が増えてるんですよね」

「カンスト難民!?」

「知識基盤合わせができてないのか、こうして指摘しないといつまでも経験リソースを無駄にする人もいますし……困ったもんです」


 はあ、と受付嬢は頬杖をついてため息をつく。


「でも俺、強くなってお城の兵士に就職して、故郷に仕送りしないといけなくて……」


 村の両親と妹は農作物の不作で苦しんでいる。約束したのだ、出稼ぎで三人を助けると。


「魔王を倒すため、冒険者たちはみな経験値稼ぎに躍起になっていました」

「は、はい……?」

「魔王は倒され、平和になった世界では戦う者は必要ありません。高レベルを持て余した者たちは、カンスト難民と呼ばれるようになりました」


 もはや潮流は変わってしまった。今はもう、大カンスト時代なのだ――。


「そ、それでも俺、カンストしてるんですよね!? つまり、その、自分で言うのもなんですけど、ある程度以上は強いはずです……!」

「言いましたよね? あなた程度のカンスト勢は掃いて捨てるほどいるんですよ」


 受付嬢はぴしゃりと苦言を浴びせてきたが、すぐに目線をさまよわせ、言葉少なに謝罪を述べ。


「……一応これまでの縁で、引き続きクエストは探して差し上げますが、政府から、経験リソースはカンスト難民以外へ優先して回すようお達しが来ています。あまり、期待されませんよう……」

「け、経験リソースって……」

「各クエストで生まれる経験値は限られた資源なんです。成長のできる冒険者へ配分するのは、理解してくださいね」

「そんな……俺、どうしたら……」


 立ち尽くすカイトに、受付嬢はぽつりと。


「……凡百のカンスト難民の中でも、さらにいっとう抜きんでる事ができれば、また違う世界が待っているのかもしれませんが……」

「そんな事言われたって」

「レベルで差がつけられないのなら、固有スキルや装備で差別化するしかないのでは」


 ――カイトはしょぼくれながらギルドを出る。


「俺、あんまり装備品とか、アイテムとか詳しくないからなぁ……」


 レベルを上げる事にかかりきりで、世の中の事情もほとんどシャットアウトされていた。

 気づいたら何もかもに置いていかれてこのざま。自分の固有スキルも状況が限定的で世の中に立つようなものではない。


「珍しいだけで使い道がないんだよな……村の鑑定士にも『珍しいが周りに迷惑かけるだけ』って言われたし」


 ならばと自宅にあるアイテム類を思い返してみるも、消耗品がほとんどで、能力を上げるようなレアアイテムに心当たりはない――。


「いや、あきらめちゃだめだ。経験値はもらえなくても、これまでこつこつ集めた貯金がある!」


 本当なら村へ仕送りする用だったが、働き先が見込めないのでは貯めていても仕方ない。

 ここは思い切って放出するべき――カイトは近場の武器屋や防具屋をあたり、高価な装備品を買い集めた。


「よし、これだけあれば……」


 荷台にありったけ積載し、ほくほく顔で店先から出てきた矢先である。何者かに呼び止められた。


「そこのカンスト難民! 見てたわよ!」


 振り返ればそこには一人の少女。おさげの赤い髪で片眼鏡をかけた、おしゃれな出で立ちと活発そうな表情。利発で小生意気な雰囲気である。


「え、誰?」

「あたしはミア! この王都では知らぬ者のいない、一流鑑定士よ!」


 ミアはつかつかとカイトの近くまで寄り、それから荷台の方へ回り、じろじろと品定めするみたいに一周してきた。


「な、なんなのさ……?」

「あんた……掴まされたわね? 鑑定した限り、どれも割としょうもない二流の武具ばかりよっ」

「嘘だ、そんな……一方的に!」


 いきなりやってきてやぶからぼうに。とんでもない話だ。


「大体これらは、店で入荷したばかりのレアアイテムばかりで……!」

「やれやれ……これだから必死になるあまり、視野の狭くなってるカンスト難民は」


 ものわかりの悪い生徒へ説法するみたいに、ミアは指を立てて突きつけてくる。


「装備品で差をつけようと考えてる者は、別段、あんた以外にも大勢いるのよ」

「な、なんだって……?」

「彼らは互いに装備を売買するけど、結局はみんなゴミ同士を交換してるだけ。まさに騙され経済よ」

「なら……もしかして、これ、全部……!」

「お気の毒ね。失ったのは超過分の経験値だけじゃなく、懐の中身もなんて」


 荷台を握る手が震えてきた。焦りのあまりうかつな散財へ走り、せっかくの貯金まで、無駄にしてしまったのだ……!

 でも、とその時、一つの案が浮かぶ。


「町中にもうレアアイテムがないなら、ダンジョンへ潜って、回収すればいい……!」


 そうだ。迷宮、洞窟、塔、秘境、廃墟……!

 世界各地には様々なアイテムが眠る、宝の山がいくつだってあるはず――。


「おあいにく様。そんな程度の思い付きは世の中、とっくに実行されてる」

「なっ……!?」

「承認欲求に支配されたカンスト難民……いえ、カンストゾンビどもが世界中のダンジョンを荒らしまわり、宝はほとんど残ってないわ」


 カイトは今度こそ膝をつき、うなだれた。八方ふさがり。往来で情けない姿をさらす羞恥心すらないほどに打ちのめされていた。


「……でも、あんたは幸運よ」


 するとどうだろう。ミアはふいに笑みを浮かべ、猫なで声で語りかけてきたではないか。


「秘策を教えてあげる。それに従えば、遥かに強くなれるわ……」

「な、なんで俺なんかに……?」

「あんたみたいな世渡り下手な人は騙しやす……じゃなくて、純朴そうで信頼できると思ったのよ」


 その言葉の裏に何があるのか、カイトが知るのは、このすぐ後の事であった。




ところかわって、王都の大聖堂の外れ。夕暮れの柔らかな光が白亜の聖堂を淡い金色に染め、その神聖な威厳が遠くからでも感じられた。聖堂から少し離れた小道には、シスターたちが丹精込めて育てた薬草園が広がり、清々しい香りが風に乗って漂う。


「……本当に、あの人が襲われるのか?」

「ホントよ。私の情報網を信じなさい」


 道の先からは、女性が歩いてくる。白い衣を身にまとい、厳粛な気配を漂わせていた。


「あいつは聖女ルナ。あなたと同じカンスト勢よ。けど難民じゃない……教会仕えだからね」

「聖女……」

「私の情報筋によれば、あいつの賢者の杖は多大な魔力を与える貴重品。カンストゾンビがじきに襲撃してくるわ」

「つまり……強奪する、ってわけか?」

「そ。カンストゾンビどもはそうやって、血で血を洗う抗争を繰り返してるのよ」

「まさか、その前に俺に、あの人が奪えなんていう気じゃ……!」

「そんな頭の悪い真似させるわけないじゃない。あんたはルナが襲われそうになったら、出て行って、相手を倒しなさい。それなら正当防衛、罪に問われる事もないわ」

「人助け……って事か?」


 半分正解、とミアはにやりとする。


「こっちはカンストが二人。相手は一人。数的にもこっちが上回るうえ、倒したカンストゾンビの装備はみぐるみ丸ごといただけるって寸法よ!」

「丸ごとって、それじゃ相手とやってる事が同じじゃ……」

「いい? カンスト難民同士を差別化するのは何か? それは装備差でもステータスでもないわ。モラルよ! 魔王が倒された新時代、競わせるべきは能力ではなく思想、戦うべき相手は同じ人間なの!」

「どう言い換えても……自演工作っぽくて、気が進まないな……」


 そんなやり方で手に入れたお金で、父も母も喜んでくれるのだろうか。

 ミアは新時代に適応しているのかもしれない。新しい時代には新しい道徳の形があるのだろう。

 金銭が必要なのは事実だ。カイトは置いて行かれているのかもしれない。だけど……。


「本当なら、ルナさんに危険を知らせて、逃げてもらうべきじゃ……」


 そんな風に言っていた時だった。少し離れたところで悲鳴が響く。


「……あっ! このバカカイト! あんたがうだうだしてるから、ルナを見失っちゃったじゃない!」

「今の声……すぐ近くだ!」


 慌てて飛び出し、聞こえた方へ駆けだす。


「ギャハハハ!! なぁにが聖女だ、大した事ねーぜ!」


 現場には、地に倒れ伏す女性――ルナ。その真ん前には、彼女の白い衣とは対照的な、全身黒い甲冑で身を固めた男が、これまた黒い剣を手に大口を開けて笑っていた。


「そんな……遅かったのか……!?」

「こ、こうなったらもう分が悪いわね……退くわよカイト!」


 カイトの袖をミアが掴み、引き留める。このまま突っ込んでも一騎打ちは避けられず、当初の予定と比べれば大幅に危険は増してしまう。

 ミアの判断は的確だろう。しかし。


「いや……ルナはまだ生きてる……」


 剣で斬られたのか出血おびただしいものの、胸元はまだ上下していた。意識はなさそうだが息はある。

 心臓が――早鐘を打つ。足が震えた。

 こんな強そうな奴に立ち向かう勇気なんて、本当はない。

 けど、このまま見捨てるわけにはいかない。父や母や妹を助けるために強くなった意味が、ここにはある。

 だから。


「……やめろ!」

「カイトォ――!?」


 ミアを振り切り、カイトは背後から詰め寄る。地面に広がる赤い染みを踏みながら、脈打つ恐怖を押し殺して。

 振り返る男。途端、強烈な威圧感が波のようにカイトを襲った。黒い甲冑の隙間から漏れる濃密な闇のオーラ。そして、その目の底に浮かぶ殺意。間近で感じるその圧力に、呼吸が止まりそうになる。


「おう? なんだ? はっ、ただの野良カンスト野郎か……こいつは俺の獲物だぞ!」


 凍りつくカイトを見下ろし、男は嘲るように歯を剥く。場慣れしているのか、カイトを同じルナ狙いの者と誤解している以外は、理解が速い。

 男は鈍い光沢を放つ黒剣をかざし、乱雑に振り回した。

 剣が空を切るたび、不自然な闇が渦巻き、周囲の光が吸い込まれていくかのよう。


「カンスト序列第六位のこの、リミッター・シックス様が遊んでやるよ三下がぁ!」


 カイトが何か応じる間もなく、リミッター・シックスは斬りかかってきた。


「くっ……」


 とっさにこちらも抜刀し、剣で防ぐ。

 相手の踏み込みは力強く、ともすれば最初の衝突で突き飛ばされそうだった。

 とっさに衝撃を受け流しつつ、軸足を回転させて体を入れ替える。それでなんとか拮抗を作り出した。

 ――耐えられる。とても強そうな装備持ちだけれど、こっちだって……!

 直後だった。リミッター・シックスの全身から漆黒のオーラが噴出し、凄まじい圧迫感と、ぞっとするほどの悪寒がカイトを襲ったのである。


「この俺の装備はレア度SSRを誇る『絶黒の呪奪殺』シリーズ! 頭から足までの一式をこれで固める事で、特殊スキルが常時発動するのだ!」

「うぐぐ……!」


 ただ切り結んでいるだけなのに、荒れ狂うオーラが暴風よろしくカイトを打つ。

 さながら無数の細い鞭だ。装備の隙間から皮膚を貫き、肉を裂き、筋肉を抉る。四肢には赤い線が浮かび、じくじくと出血が始まっていた。

 痛い。膝が震え、握る剣が重く感じる。だが後ろには傷ついたルナが横たわっている。ここで倒れるわけにはいかない。その思いだけが、悲鳴を上げる肉体を動かし続けていた。


「そのスキルは剣型オーラによる追加攻撃! あんた死ぬわよカイト!」


 後方では再び茂みに隠れたミアが、そんな鑑定結果を告げて来る。

 確かに、これでは同時に何本もの剣を相手取っているようなもの。かといって迂闊に退けば本体の追撃が来る。


「こ……のぉっ!」


 分かっていながら、カイトは強引に肩口を押し込み、剣同士を弾くようにして間合いを離す。

 ただし一方的に傷を負ったこちらの動きは鈍く、無傷のリミッター・シックスは勝ち誇った笑声を上げながら、構わず肉薄――。


「自らジリ貧の対応を選ぶとは、バカが! 死ねぇ!」


 踏み出した矢先だった。

 一瞬の静寂。

 まるで世界の時間が止まったかのような、微かな間。

 亀裂には見えない。まるで、そう――古代の文字めいた模様が。


「なっ……?」


 彼の困惑の声が空気を叩いた直後だった。

 耳をつんざく轟音が響き渡り、黒い篭手が内側から爆ぜるように崩壊する。

 金属の破片が舞い、粉塵となって消えていく。かつての荘厳な武具は跡形もなく消え失せ、むき出しになった腕だけが残された。


「な……なんだとおおおお!?」

「嘘でしょ……装備が壊れた……?」


 二の腕を見つめ、愕然とわめくリミッター・シックス。ミアも唖然とした声を上げている。


「お、俺の固有スキル……アイテムブレイクだ」


 一方でカイトは完全に体勢を立て直し、改めて剣を構え直していた。


「相手の……装備を壊せる。ただそれだけのスキルだよ……」

「そ、装備を壊す、だと……? ――て、テメー……」


 呆然と立ち尽くしていたリミッター・シックスの眼光に、鬼気迫る怒りの炎が灯る。


「人様の装備に何してくれてんだああああ!? 今すぐ元に戻せや、殺すぞゴラァアッ!」

「そ、それは……俺にもできない……やり方は知らない……」


 かぶりを振るカイトに、背後からミアも怒号を浴びせてきた。


「何してんのよあんたはァーッ!? その装備がいくらするかわかってんのぉぉぉ!? 『絶黒の呪奪殺』シリーズなら一つで屋敷三つは軽く買えるのにぃ!」

「だ、だって、こんな危険な奴と装備、どっちも放ってはおけないだろ……!」

「あーもう! この価値音痴! 命より大事なものがあるの知らないわけ!? あんたのやってる事は、世界全体の幸福の総量を減らす、誰のためにもならない暴挙なのよッ!」


 何かヒステリックにまくしたてているが、カイトの注意はすでに敵へ戻っていた。

 シリーズとやらを一つ破壊した事で、あの黒いオーラは消え失せており、先ほどまでよりも脅威は感じられない。だが――。


「殺す……ぜってー殺してやるぁッ!」



 リミッター・シックスは殺意とともに、その場で剣を薙ぐ。するとどうだろう。その軌跡を追うように、黒いオーラが斬撃と化して飛来してきたのだ。


「うわっ……!」


 最初の黒い斬撃を剣で弾き返すが、速い。それに重い。ガードが間に合ったのは運に助けられた。

 リミッター・シックスは距離を取りながら、あらゆる角度から剣を振るう。それぞれの斬撃が空中で実体化し、独自の軌道を持って襲いかかってくる。


「テメーのアイテムブレイク……クソカスだが、どうやら射程距離はあるようだな? ならこうやって遠巻きに刻み殺してやるぜッ」


 横薙ぎ、突き、縦斬り、斬り上げ――全方位から連続する攻撃に、カイトは剣の位置を目まぐるしく変えながら対応する。

 正面からの直線攻撃は受け止め、曲線を描く斬撃は角度を読んで受け流す。

 だが、予測できない軌道を描く攻撃は、もはや避けるしかない。


「うぅっ……」


 右へ左へとがむしゃらに剣を振るが、あまりにも攻撃のテンポが速い。上半身を守れば下半身が狙われ、右側を防げば左側が無防備になる。

 攻撃と防御の応酬が加速し、カイトの周囲の空気そのものが黒い刃で満たされていく。

 どうにか凌ぐが、全ては防ぎきれず、徐々に体をなます斬りにされ、カイトはみるみる血だるまだ。


「そんな……アイテムブレイクで能力は下げたはずなのに……まだ押されてる……!」

「確かに篭手を壊されたのは痛ぇがなぁ、それでイーブンになったと思うなら甘ェ!」


 リミッター・シックスは歪みきった狂笑を漏らす。


「話は簡単、テメーよりも俺の方がステータス限界値が高いんだよ! 装備一個壊したくれぇじゃ埋まらねぇほどになぁ!」

「そんな……!」

「悲しいよなぁ? 同じカンスト勢でも、レベルキャップは平等じゃねぇ。テメーと俺とじゃ、存在としてのステージそのものが違うんだよォ!」


 さばききれない。腕の感覚が鈍く、出血のせいか意識が朦朧とし始める――。

 ついには強烈に弾き飛ばされ、しりもちををつく形で体勢を崩してしまう。

 刹那だった。背後から、落ち着いた声がかけられたのは。


「これを……」

「え――」


 振り返れば、そこにはいつの間にか意識を取り戻していたのか――聖女ルナが片膝をついて、視線を注いでいたのである。

 とはいえその身は朱に染まり、顔色は青ざめ、相当の重症である事には間違いなさそうだが。


「これを、お使いください」


 彼女はカイトに、片手を差し出していた。緩く握られているのは、白銀の装飾が施された白樺の杖。先端には小さな水晶が埋め込まれている。

 一見すると清浄な輝きを放つ美しい造作だったが、表面には幾筋もの傷跡があり、それらが丁寧に修復されていた。その傷跡から、かすかに古い魔力が漏れ出しているのを感じ取る。

 剣みたいだ、とカイトは思った。幾度もの激しい戦いを耐え抜いてきた武具みたい。

 否――これぞ、持つ者に多大な魔力を与えるという、賢者の杖だ。


「私はもう、戦えませんから……さあ、お早く」

「で、でも、俺みたいな初めての奴に……」

「……あなたの言葉は。あなたの背中は。届いておりました。ですから、この杖を……譲渡いたします」


 カイトも息を呑んで、見返す――。


「何をごちゃごちゃやってやがる! 三下カンスト風情が、てめぇの装備も奪って、二束三文で売りたたいてやるぜェ!」


 この期に及んでの斬撃が飛来する。もはやとっさであった。カイトは杖へ手を伸ばし。

 振り向きざまに地面を蹴り、踏み込みながら――右手の剣と左手の杖を、交差するように振った。

 触れた瞬間、黒刃は何の抵抗もなく、霧みたいに消散する。振り抜かれた剣先と杖先がかざされ、リミッター・シックスは口を開けて硬直した。


「な、なんだと……!?」


 二刀流――と、ミアも瞠目する。


「自前の剣と、賢者の杖、二つ分の相乗効果……! 他の能力は劣っていても、少なくとも攻撃力だけは……!」


 ――上回る!


「うおおぉぉぉぉっ!!」


 残る力を振り絞った、無我夢中の特攻。浴びせられる斬撃をかたっぱしから叩き落とし、ついには目前まで、カイトは迫った。


「や、やめろ、来るんじゃねぇ……!」


 右手に剣、左手に杖。倍であり、それぞれ違う比重の重みを抱え、前へ、前へと進む。

 複雑な技巧も、華麗な戦術もない。ただ真っすぐに、全力で。

 ありったけの勢いで、両腕を振るう。

 剣と杖が同時に空を切り、真っ向からの一撃となる。

 二つの武器が生み出す圧倒的な質量と勢い。

 直撃。

 鈍い衝撃音と共に、リミッター・シックスの体が宙に舞う。高々と吹っ飛び、回転しながら遥か先へ。頭から地面へ激突し、大きな音と共に土煙が舞い上がる。

 カイトは肩を激しく上下させ、荒く呼吸を整えながら、自分の両腕を見つめた。愚直なまでの力技。しかしそれが、今の自分にできる最高最後の一発だった。


「や、やった……のか……?」


 手ごたえはあった。けれど我ながら信じられず、カイトはその場で力が抜けて膝をつく。

 体中が痛むが、相手から目をそらせない。立ち上がってこない事を願っていた。

 しばし、息の詰まる沈黙ののち――それを破り、ミアが茂みから歓声を上げて飛び出してきた。


「や、やったじゃない! すごいわカイト! あんたを狙った目に狂いはなかった!」


 ミアは一直線にリミッター・シックスの側へ飛びつくや、兜や鎧を脱がし、袋へ詰め込みにかかっている。


「シリーズを揃えられなくなったのは痛手だけど、こいつが序列六位のリミッター・シックスだったってのは嬉しい誤算よ! アイテム的にも名声的にも大金星だわッ!」

「え、そ、そうなの……?」


 あまりにも手際のよい戦利品回収と、どこからか取り出したロープでリミッター・シックスを縛り上げたミアは、ニヤニヤしながら向き直る。


「カンストゾンビ界隈じゃ、早くカンストした奴ほど偉いルールなのよ。そういう奴はナンバーズと謳われ、優遇される。リミッター・シックスは特にひどい犯罪者だから、そんな悪党をとっ捕まえた日には、有名となる事間違いなし!」

「なら……これからもこうやって?」

「ええ! それにもう、草の根で雑魚を狩っていく必要なんかないわ!」


 すでにノリノリで展望を語り続けるミア。


「あんたの名を大々的に売り出して、対カンストゾンビの専門家として、カンストハンター事務所を立ち上げるの!」


 どうにも流れに乗せられかけている感は否めない。今後に関わる事だから、カイトは今日一日の出来事を振り返る。

 『無駄』とギルドで指摘され、流され続けて始まりそうなこの仕事。

 でも――自分は確実に一人の命を救えたのだ。

 そして、まぁ正直怪しいけど、家族に送るお金を稼ぐ道も見つけた。

 何より、知ってしまった。リミッター・シックスみたいな奴らが暴れていたら、村の家族だって安心できない。

 誰かがやらなきゃいけないなら……。

 ――分かった、とカイトは吐息交じりに答えた。


「俺、やるよ。強く……なりたいし」

「その意気よ! イェイッ!」

「命を助けていただいて、ありがとうございます」


 そこに、再び背後から声がかけられる。うわっと飛び上がりつつ振り向けば、ルナだ。


「あ、いや、その、これって半分自作自演というか、実はそこのミアがリミッター・シックスを仕留めるために、あなたを利用しようとしていて。でも俺は反対してグダって」

「なに全部喋ってんのよォぉおぉッ!?」

「……大体の事情は分かりました。ですが救われたのは同じこと。お礼になるかはわかりませんが……その賢者の杖は、進呈いたします」

「え、いや、そんな、これは成り行きなだけで……受け取れませんよ!」

「ありがとう! あんた聖女のくせに話がわかるわね! いい奴だわ! もらうからッ!」


 カイトの手から杖をひったくるミア。なんだろう。そのうち身ぐるみはがされそうな気がする。


「それと、ものは相談ですが……私もその、事務所へ迎えてはいただけませんか」


 え、とカイトは目を瞬かせる。


「ど、どうしてですか? あなたは教会の……」

「――実は、私も一年前まではナンバーズ『花の十七位』と呼ばれていました。教会に拾われる前はカンストゾンビの世界で生きていたのです」

「えぇぇぇぇぇッ!?」

「なるほど。ブタ箱入りするリミッター・シックスが、昔のあんたの悪事を公表する可能性があるわけだ。だからその前にあたしたちの仲間になって、保身を図りたい、と」

「お役に立ちます」


 上等じゃない、とミアが手を叩いて口の端を吊り上げる。


「それじゃ、この三人で事務所結成ね! さあ稼ぐわよ~ッ!」

「村への仕送りどころか、思わぬ事業主になっちゃったよ……」


 こうしてカイトは、カンストハンターとしての第一歩を、踏み出したのだった――。

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