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第6話ーストレッタ~緊張感を高めて~

駐輪場に入る。周りには帰る人たちが自転車を出していたりする中、橘くんが言う。

「帰ろうぜ。」

そう言われて少し慌てる。

「え…うん。」

自転車を取りに行く橘くんの背中を見ながら、考える。今日って部活、無いのかな。自分の自転車を出していると橘くんが自転車を引いて来て、私を追い越す。駐輪場の出口で待っている橘くんに近付くと、橘くんが言う。

「行こう。」

校門の周辺は帰りの生徒たちがたくさん居る。その中を自転車を引いて歩く。歩きながら私の頭の中は疑問でいっぱい。


何で帰ろうぜなの? ただ単に一緒に帰るだけ…?


それでも一緒に帰る、それが出来てすごく嬉しい自分も居る。部活無いのかな…部活無いから誘ってくれてるんだよね…。学校の校門を出てすぐの場所は交通量も多くて、自転車を引いて歩く時は橘くんが前で私がその後ろを歩く。交通量の多い所を抜ければ、住宅街になって、そこは自転車を引いていても並んで歩ける。ようやく住宅街に入って、並んで歩く。

「今日って部活、お休み?」

聞くと橘くんが言う。

「今日は1年だけ休みなんだよ。」

そう言われて、そんな日もあるんだなと思う。

「帰る方向、一緒だしさ、こんな時じゃないと一緒に帰れないから。」

そう言って微笑む橘くん。私はえへへ、と笑う。

「佐野さー、前に言ってたじゃん。」

そう言われて聞く。

「え? 私、何か言ったっけ?」

橘くんが笑う。

「俺んちにある、紅薔薇姫伝説、読みたいって。」

あー! そう言えばそうだった。中学の時に小説が出て、その後、アニメ化されて、人気作になった紅薔薇姫伝説。そのアニメ化されたグッズが私と橘くんを引き合わせたんだっけ。

「その時にさ、じゃあ貸すよって言ってから、まだ貸して無かったから。」

私のカバンには紅薔薇姫のキーホルダーが揺れている。あの時、頼んで買って来て貰ったキーホルダー。

「そんな前の事、良く覚えてたね。」

言うと橘くんが少し笑う。

「うん、何か覚えてた。」

そして私を見て言う。

「俺んち寄って。本貸すから。」



◇◇◇



他愛もない事を話しながら、橘くんの家に到着する。実は橘くんの家は知っていたりする。別にストーカーしてたとか、そういうんじゃなくて。橘くんの家の近くに住んでいる友達の家に遊びに来た時に、教えてくれたんだってば。そんなふうに自分に言い訳する。住宅街の少し奥まった場所。自転車を止めて、振り返った橘くんが言う。

「その辺、止めといて。」

そう言って自分の家の敷地内を指さす。

「あ、うん。」

促されて自転車を止めながら、疑問に思う。本貸して貰うだけだよね?! 自転車を止めて橘くんを見る。橘くんは鍵を出して玄関を開けている。そして振り返って聞く。

「上がる?」


えっ


心臓が飛び跳ねる。

「上がっても良いの?」

聞くと橘くんが笑う。

「別に良いけど。」

橘くんはそう言って、玄関の中に入って行く。私もドキドキしながら橘くんの後に続く。玄関を入ると橘くんがスリッパを出してくれる。

「ん、どうぞ。」

そう言われて靴を脱ぐ。

「お邪魔します…」

スリッパを履く。綺麗な家だった。橘くんは私の横をすり抜け、玄関の鍵をかける。目の前に廊下、そして二階へ上がる階段。橘くんは階段を上がって行く。私もその後に続く。二階に上がると、開けっ放しのドアの部屋がある。そこに入って行く橘くん。あの部屋が橘くんの部屋なのかな。そう思いながら付いて行く。入った部屋は思った通り、橘くんの部屋だった。ベッドに勉強机、大きな本棚とクローゼット。

「適当に座って。」

そう言いながら橘くんが学ランを脱ぐ。適当に座って、と言われても…そう思いながら見回す。座るところ…そう思っていると橘くんが笑う。

「ベッドに座って良いよ。」

そう言われて聞く。

「良いの?」

橘くんは笑って言う。

「俺、別に潔癖とかじゃないから、全然、平気。」

言われて私は持っていたカバンを床に置いて、とりあえずベッドに腰掛ける。橘くんは本棚から本を数冊取り出して、私に渡してくれる。

「ん。」

それは紅薔薇姫伝説の本と、それに関する関連本だった。

「あー、これ読みたかったヤツ!」

紅薔薇姫伝説の関連本は、裏設定なんかも書いてあって、読み応え満点の本だ。初回限定版だと限定のショートストーリーが書いてある小冊子なんかも付いて来る。

「読んでも良いの?」

聞くと橘くんが笑う。

「うん、良いよ。っていうか貸すし。」

そう言って笑った橘くんは優しい顔をしている。急に恥ずかしくなって、私は本に視線を移す。

「ご両親とか、居ない感じ?」

本を開きながら聞く。

「うん、親父は仕事だし、母さんはパート行ってる。」

橘くんはそう言うと私のすぐ横に座る。美麗な紅薔薇姫のイラストを見ながらも、隣に座った橘くんを意識する。ページをめくりながらも、橘くんを意識し過ぎていて、紅薔薇姫の内容が入って来ない。貸してくれるって言ってるし! うちに帰ったらまた見直せば良いけど…。

「あ、これさ、紅薔薇姫が白い騎士に突き付けるセリフ…」

そう言いながら橘くんが私の後ろに手を付いて、反対側の手で私が開いている本を指さす。…近い。距離が近いよぅ…。こんなに近い距離だと心臓バクバクなの、聞こえちゃうんじゃないかと思う。

「ここ、格好良かったよな! 悲しくて切なくて、でもそこには愛があってさ…」

そう言いながら橘くんが少し離れる。離れてくれた事に少しほっとする。

「そうだね…」

そう答えた私を見て、橘くんが少し息をつき、微笑む。

「佐野さ、もしかして無理してる…?」

聞かれて驚いて橘くんを見る。

「無理?! 無理なんてしてないよ。」

言うと橘くんがホッとしたように微笑む。

「なら良いんだけど、何か俺だけ盛り上がってる気がして…」

あぁ、そういう事か。橘くんは紅薔薇姫の話題で盛り上がってる自分をちょっと気にしてるんだ、そう思ったら少し笑えた。

「橘くんの家に初めて来たから緊張してるの!」

言うと橘くんが笑う。

「あぁ、そういう事ね。」

笑った顔、やっぱり素敵だな。こうして二人で居ると、中1の時の事を思い出す。二人で良く冗談なんかも言い合って、ふざけ合ったりしてたな…。私が橘くんを意識し出して、恥ずかしくなっちゃって、でも話したくて、良く冗談交じりに橘くんに意地悪言ったり、言われたりしてたな…。

「…そういえば、美琴ちゃんと付き合ってたよね?」

そう聞きながら私は本に視線を移す。ドキドキして心臓が口から出そうだった。どんな答えが返って来るのかな…。


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