「これ、母さんから。こずえのお母さんにって。」
茶封筒…それほど厚みは無い。
「へ? 何で?」
聞くと昂大が少し頬を染めて言う。
「あ、いや、昨日、こずえと一緒の学校になったって言ったんだよ。そしたら小さい頃はお世話になっただの言い出してさ。思い余って手紙書いたらしいんだけど。」
小さい頃に会った昂大のお母さんを思い出す。快活な人だったなー、確か。
「渡せってうるさいからさー。渡しといて。」
そんな昂大に笑いながら、思い出す。
「そうだ、昂大さ、連絡先、教えてよ。」
言いながらスマホを出す。昂大もポケットからスマホを出しながら言う。
「これでこずえの事、いつでも呼び出せるな。」
そんなふうに言われて私は笑う。
「応じるかどうかは分かんないんだからね!」
『昂大』
登録をする。そしてふと気になって聞く。
「そう言えば昨日、うちのお母さんが昂大の事、心配してたけど。」
昂大はスマホを操作しながら聞く。
「心配?」
昂大を見上げる。
「うん、ちゃんとご飯食べてるのかなって。」
昂大は笑い出し、そしてふと優しい顔で言う。
「食ってるよ、でも心配してくれてありがとうございますって言っといて。」
昂大ってこんな顔もするんだな、そう思う。
「昂大くーん!」
不意にそんな大きな声が聞こえて来る。昂大は一瞬、顔を曇らせる。声の主は昂大へ走って来ていて、昂大の隣に来ると、昂大の腕を掴む。
「こんなところに居た! 探したんだから!」
長いストレートの黒髪が印象的な子だった。
「この子、だーれ?」
その子がそう昂大に聞く。昂大は面倒くさそうに言う。
「幼馴染だよ、お前には関係ねぇじゃん。」
そう言いながら昂大は掴まれた腕を引っ張り、その子の手を自分の腕から剥がす。
「私、山下 静香。昂大くんと同じ中学だったの。」
聞いてもいないのに、スラスラとそう言う山下さんに面食らう。
「あ、私、佐野 梢です。」
言うと山下さんは私を上から下までジロジロと見る。
「別に普通じゃん。」
そう呟くように言う。普通? 私の事だよね? ええ! 普通ですとも! それが何か? そう思いながら、何だか失礼な子だなと思う。
「こずえ、わりぃ、俺、行くわ。」
昂大はそう言って、私に手を上げるとスタスタと歩き出す。
「えー! 待ってよ、昂大くーん。」
そう言いながら山下さんが昂大を追いかけて行く。そして途中で振り返った山下さんは私をキッと睨み、まるで漫画の登場人物のように フンっ! と髪をなびかせて昂大を追いかけて行った。
何だったんだろう?
そう思いながらも、あの子はきっと昂大が好きで、追いかけているんだろうなと思う。昂大がモテる、そんな事を実感する。本当にモテるんだ…。そう思いながら私は席に戻る。
◇◇◇
5時限目は体育。体育の授業は2クラス合同。女子と男子で分かれるからだ。私のクラスは男子の着替えに使う為、隣のクラス…橘くんのクラスで着替えをする。B組の入口に行くと橘くんが私を見て言う。
「俺の席、そこだから。」
橘くんが指をさして、机を教えてくれる。これって…橘くんの机、使えって事? そう思ってドキドキする。
「佐野の席、どこ?」
聞かれてしどろもどろになりながら答える。
「えーと、廊下側2列目の後ろから3番目…です。」
言うと橘くんが笑って言う。
「ですって。」
そう言ってまた私の頭をポンと撫でて行ってしまう。ドキドキしながら橘くんの机に着替えを置く。静まれ! 私の心臓! 周囲の目を気にしながら、私は着替えを始める。何で橘くんは私に自分の使ってる机、教えてくれたんだろう? ただ単に知らない人に使われるのが嫌だったのかな?
体育の授業が終わって、着替えに戻る。制服を着て、由紀子ちゃんと教室を出る。自分のクラスに戻ろうと思ったけど、まだ着替えをしている人も居る。チラッと見た時、私の席で橘くんが着替えをしていた。体操服を脱いだ橘くん、上半身裸で友達と話をしながら着替えている。割と筋肉質なんだな、でもそうか、バドミントンやってるんだもん、そりゃ筋肉質だよね。見ないようにして入り口で着替えが終わるのを待っていると、橘くんが出て来る。
「お、わりぃ、待った?」
くしゃくしゃに丸めたジャージを持っている橘くんに笑う。
「ううん、大丈夫。それより、くしゃくしゃだね。」
ジャージを見ながらそう言うと、橘くんも笑う。
「畳むの、めんどい。」
そう言われて本当にただ何となく、言う。
「畳む?」
橘くんは笑って私にジャージを渡して来る。私は橘くんのジャージをその場で簡単に畳んで渡す。
「はい。」
橘くんは笑ってジャージを受け取る。
「サンキュ。」
そして何か思い出したように言う。
「後で、メッセージ見といて。」
そう言い残して、B組に帰って行く。メッセージ? スマホを取り出す。そういえばスマホは学校に来てから見てないな。待ち受け画面にはポップアップがあって、メッセージが来ていますって書いてある。タップすると、メッセージが読める。
『帰り、駐輪場で』
それだけ書かれている。駐輪場で? これって……待ち合わせ?! 胸が急にドキドキして来る。
「6限目、現国なんだよね。眠くならない?」
そう言っている由紀子ちゃんの言葉すら耳に入っていなかった。
現国の授業を受けながら、考える。橘くん、今日、部活じゃないのかな。帰り、駐輪場で。それだけのメッセージ。一緒に帰るのかな。それとも何か話があるのかな。メッセージを確認した後、慌てて返事をしたけど。なんだろう? 考えがまとまらず、現国の授業なんて頭に入らなかった。
◇◇◇
帰り支度を始める。ドキドキして来る。
「バイバーイ。」
「また明日―。」
そんな声が聞こえる中、私はカバンを持って教室を出る。廊下には帰り支度をしている人、話に花を咲かせている人、色んな人がたくさん居る。
「こずえちゃん、また明日。」
由紀子ちゃんにそう言われて私も言う。
「うん、また明日。」
階段を下りる。こういう時ってどうして途中で橘くんに出会わないんだろうなぁ。そんなふうに思いながら昇降口で靴を履く。
「あ、佐野だ。バイバーイ。」
そう挨拶してくれたのは槙野くんだ。
「バイバーイ。」
そう言って昇降口を出る。坂道を下る。桜がまだ舞い散っている。ドキドキが収まらない。ただ単に挨拶するだけかもしれないじゃん。そう自分に言い聞かせる。駐輪場に入る。橘くんが待っていた。
「オッス。」
キラキラした笑顔でそう言う橘くん。私は言葉を発する事が出来なくて、手を上げる。