そう言えば昂大のところは母子家庭だったっけ。昂大のお母さんは看護師で、夜勤なんかもあるって聞いた事があった。園児時代は昂大がうちに来て夜ご飯を一緒に食べた事もあったな。小学校が分かれてからは、そんな行き来も無くなってしまったけど。
「もう高校生だもんね、大丈夫よね?」
お母さんが呟くようにそう言う。
「大丈夫じゃない?学校では元気に軽音一緒にやろうぜって言ってたし。」
私がそう言うとお母さんが笑顔になる。
「そうなのね…ってこずえ、軽音やるの?」
聞かれて私は首を振る。
「えー! やらないよ。」
そう答えるとお母さんが残念そうに言う。
「部活、やらないんだっけ。」
お母さんはお父さんを見て言う。
「軽音やるなら応援しに行ったのにね。」
お父さんは笑って言う。
「軽音じゃなくても、応援するぞ。横断幕なんかも作っちゃうぞー。」
私はそんなお父さんに笑う。
◇◇◇
夜ご飯を終えて、部屋に戻る。明日の準備! そう思ってカバンの中を確認していると、ドアの向こうから声がする。
「こずえー!」
お母さんの呼ぶ声。
「なーにー?」
大声でそう聞きながら、ドアを開ける。階下でお母さんが言う。
「昂大くんに連絡つかないの?」
階段下でそう聞くお母さん。そう言えば昂大の連絡先、聞いて無かったな。
「昂大と連絡先、交換してない。」
階段の上から階段下のお母さんにそう言うと、お母さんは少し溜息をつく。
「なら仕方ないわね。差し入れーって思ったんだけど。」
そんなお母さんに笑って言う。
「明日、昂大に聞いておく。」
◇◇◇
翌朝、自転車で学校へ向かう。朝の空気がまだ少し冷たい。住宅街を抜けて自転車を走らせる。色んな制服を着た高校生が同じように自転車を走らせていたり、歩いていたり。もう少しで学校へ到着する、そんなタイミングで声を掛けられる。
「オース。」
声の方を向くと、橘くんが自転車を漕いでいた。
「おはよう。」
答えながら自分の顔がパッと明るくなるのを感じる。高校の校門を通り、駐輪場へ自転車を入れる。クラスごとに分かれている駐輪場。隣のクラスの駐輪場へ自転車を止めている橘くんを視界の隅で意識する。カバンを自転車の籠から出して歩き出すと、後ろからタッタッタッと足音。振り返ると橘くんが駆けて来ていた。立ち止まってみる。橘くんは少し笑って私の隣に来ると言う。
「行こうぜ。」
駐輪場を抜けて歩き出す。桜が舞い散っていて、そんな中を橘くんと歩けるなんて、すごく嬉しい。今日は良い日だ! そんなふうに思いながら、少し距離を取りながらも並んで歩く。
「朝練とかは?」
聞くと橘くんが言う。
「まだ仮入部だから、朝練は免除。」
あ、なるほどね、そう思いながら歩く。その時、ふと思い付く。
「あ、そうだ。もし良かったら、なんだけど。」
そう言いながら制服のポケットの中を探る。橘くんが私を見て聞く。
「ん?」
私はポケットの中からスマホを取り出して言う。
「連絡先とか、交換しない?」
橘くんは笑顔で頷く。
「あ、いーよ。俺も聞きたいと思ってた。」
そう言って橘くんがポケットからスマホを出す。
『橘くん』
登録して、エヘヘと笑う。やった! 橘くんの連絡先、ゲット出来た! ふと思い付いたのは昨日のお母さんとのやり取りのお陰。昂大の連絡先を聞いておくと言った、あの言葉だった。これは昂大とお母さんに感謝だな、そう思って心の中で手を合わせる。
「メッセージとか、送っても大丈夫?」
橘くんがそう聞く。私は笑顔で言う。
「うん!」
その瞬間だった。パシャリ。響いたシャッター音…シャッター音? 橘くんは私にスマホを向けていて、写真を撮っていた。
「えっ! 何で写真なの?!」
そう聞くと橘くんが笑って言う。
「連絡先のアイコンにしとく。」
スマホを操作しながら橘くんが笑う。
「えー! どんな感じに撮れてる? ちゃんと可愛く写ってる?」
聞くと橘くんが私にスマホを見せてくれる。
「ほら、ちゃんと撮れてるよ。」
スマホに写った私は笑顔で幸せそうな顔をしていた。あー、私、こんな顔してたんだ。急に恥ずかしくなって橘くんに言う。
「もう! 撮るなら撮るって言ってよ!」
橘くんは笑って言う。
「良いじゃん、可愛く撮れてるんだし。」
か、可愛くって言った? 今、可愛くって言ったよね? 私は照れ隠しにちょっと膨れて言う。
「じゃあ、私も橘くん、撮る!」
そう言ってスマホを向ける。橘くんは笑っている。パシャリ。ものすごく良い笑顔。
「撮れた?」
そう言って私のスマホを覗き込んで来る橘くん。私のスマホの中の橘くんは桜が舞い散っている背景をバックに素敵な笑顔を見せてくれている。写真を見た橘くんは満足そうに微笑む。
「うん、合格。」
◇◇◇
うん、合格
そんな言葉が私の中でリフレインしている。こっそり隠れて今日撮った橘くんの笑顔の写真を見る。待ち受けにしたいくらいの笑顔の写真。朝から破壊力抜群の笑顔…。振られてるのに、そんな思いが私の中にまた浮かび上がって来る。モヤモヤしない訳じゃない。橘くんは何で私の写真なんかを撮ったんだろう? 美琴ちゃんとはどうなったんだろう?
そんなモヤモヤを抱えたまま、お昼になる。お昼はお母さんの作ってくれたお弁当。由紀子ちゃんと向き合って食べる。
「何か良い事、あった?」
由紀子ちゃんにそう聞かれて私はちょっとドキッとする。
「え?」
そう言いながらも私は顔がにやけてしまう。
「何かこずえちゃん、今日すごく機嫌良さそうだったから。」
そんなに態度に出てたかな? 照れ隠しにお弁当の中の卵焼きを頬張る。
◇◇◇
お昼休み。私は由紀子ちゃんと他愛もない話をしていた。もうすぐそこまで迫っている中間試験の話。中間試験が終わったら、数学なんかは2クラスを成績順で上と下に分けて、授業をするらしい…そんな話。
「あ、居た、こずえ!」
昂大の声。振り向くと笑顔の昂大が私に手招きしている。もう! また! そうやってされると誤解されちゃうじゃん! そう思いながら立ち上がって昂大の方へ行く。
「大きい声で呼ばないでよ、恥ずかしいじゃん。」
昂大は へ? 何で? なんていう顔をしている。
「もう! 何か用事?」
聞くと昂大は手に持っていた茶封筒を差し出す。