パルティータ<組曲>
この高校の前にある坂道は桜並木がとても綺麗で、入学した私はその桜並木の下を歩きながら、これから3年間、ここに通うのかと、心が躍った。真新しい制服、カバン。少し緊張しながら私は校舎へ入る。
同じ中学からここ、
「私、川島由紀子、よろしくね。」
隣の席に座った子がそう挨拶する。
「
そう言うと由紀子ちゃんは笑顔で言う。
「
その声が大きくて、何だか恥ずかしい。
「あ、俺、槙野、
反対側の席に座った男の子がそう言う。
「あ、よろしく。」
由紀子ちゃんは明るくて、すぐに周囲と打ち解け、私もそれに巻き込まれるように、周囲の子たちと挨拶をする。
◇◇◇
初日にしては上出来かな?そう思いながら帰り支度をする。
「
由紀子ちゃんにそう言われて私も言う。
「じゃあねー、また明日。」
教室を出て、階段を下りる。1年生は校舎の4階にある。1年生だからって! 最上階に教室があるなんて、上がったり下がったりが面倒臭い。
「バイバーイ。」
「明日ねー!」
そんな皆の挨拶を聞きながら昇降口へ向かう。トントンと靴を履く。
「あれ?梢じゃね?」
そう声を掛けられて振り向く。そこには背の高い、すらっとした男の子が一人、見た事のある顔。
「え…?
「おぉー!!やっぱり梢だ!」
昂大は嬉しそうに近付いて来る。昂大は遠い記憶にある小さな男の子ではもちろん無く、私よりも背も高くて、日に焼けている。
「何、柊花なんだ?」
そう聞かれて頷く。
「うん、昂大も柊花なんだね。」
そう言いながら昂大を見上げる。昂大はちょっとニヤニヤと笑い言う。
「何か成長したなぁ、梢。」
吹き出して昂大に言う。
「昂大だって!」
そんな会話をしていた時、私たちの後ろを誰かが通り過ぎる。ちらっと見ればそれは橘くんだった。橘くんは私にちらっと視線を送り、軽く手を上げてくれた。私もそれに応え、軽く手を振る。
「誰?」
昂大にそう聞かれて言う。
「あ、同じ中学だった人。」
橘くんは自転車を出して、私たちの後ろを通り過ぎる時、私に言う。
「じゃあな、また明日。」
ぶっきらぼうだけど、声は優しい。
「うん、また明日。」
橘くんは軽く手を上げ、自転車に乗って行ってしまう。
「同じクラス?」
そう聞かれて言う。
「ううん、隣のクラス。」
そう、橘くんは隣のクラスだった。中学でも橘くんと同じクラスになったのは最初の1年だけ。でもその1年で私たちは結構、仲良くなった。
「ふーん。」
昂大はそんな橘くんを見送りながら、言う。
「一緒に帰るか。」
そう言われて笑う。
「昂大、同じ方向だっけ?」
そう聞くと昂大が笑い出す。
「お前、ひでーな、忘れたのかよ。」
昂大とは保育園の間、ずっと仲良しだった。何か遊ぶにしてもいつも昂大は私を誘った。お昼寝の時間なんて、敷かれている布団が離れているにも関わらず、昂大はいつも私にちょっかいを掛けて来ていた。懐かしいな、昂大と歩きながらそう思う。
◇◇◇
「ただいまー。」
そう言いながら家に入る。私の家は自営業でお店をやっている。
「おー。おかえりー。」
父がそう言う。
「今日ね、昂大に会ったよ。」
そう言うと父が少し考える。
「コウダイ…?あぁ!渡邊くんか!」
父は懐かしそうに微笑む。
「同じ柊花なのか?」
そう聞かれて頷く。
「うん、柊花だった。」
父は目を細めて言う。
「そうか、良かったなぁ。」
何が良かったのか、分からなかったけど、そのまま自宅へと入る。
部屋に入って制服を脱ぐ。
「ワイシャツ、出しておきなさいね。」
階下から母がそう言う。「はーい」と返事をして、脱いだワイシャツを階下へ持って行く。部屋に戻ってベッドに横になる。初日にしては上出来。このまま何も起こらずに平穏に過ごしたい。そして思い浮かぶのは昂大…では無く、通りすがりの橘くんの事。相変わらずのクールさ。でも必ず、私には挨拶をしてくれる。懐かしい中学時代の思い出。胸が疼く苦い思い出…。
◇◇◇
中学1年の時、同じクラスになった橘くんとそれなりに仲良くなった。持っていたアニメのキーホルダー、それがきっかけで話すようになった。橘くんからの提案で当時500円くらいする新しいキーホルダーを頼んで買って来て貰うなんて事もあった。どんなキャラのものがあるのか分からなかった私は橘くんにチョイスを任せた。そして買って来て貰ったキーホルダーが私の宝物になった。3年経った今も、そのキーホルダーは私の宝物だ。
2年になってクラスが分かれてしまい、廊下で時たま、橘くんを見掛けるだけになってしまった。離れてみて初めて、自分の気持ちを自覚した。自覚した私は橘くんに自分の気持ちを伝えようと思ってそうした。でももう遅かった。橘くんは2年になった時、同じクラスにいた女の子と付き合い始めていたのだ。時田美琴ちゃん、それが橘くんの彼女だった。美琴ちゃんは学年の中でも可愛いと噂されている子で、バドミントン部。橘くんもバドミントン部に入っていたからか、二人はお似合いのカップルとして、校内で有名になっていった。
◇◇◇
翌日、学校へ行き、駐輪場に自転車を止めている時、同じように自転車を止めに来た人。橘くんだった。
「オッス。」
橘くんにそう挨拶される。
「あ、おはよう。」
そう返すと、橘くんが言う。
「行こうぜ。」
行こうぜ?今、私に言ったよね?そう思って戸惑っていると橘くんがクスっと笑う。
「ほら、早く。」
橘くんの笑顔が優しい。あぁ、私は橘くんのこういう笑顔が好きなんだなと思い直す。坂道を並んで歩く。