いつもと変わらない音楽室。
部員たちは個人練習に熱心になっていた。窓際の席に1人ポツンと座る星矢に翔子先輩が話しかけてきた。
「星矢くん、どうした? 手が止まってるよ?」
クラリネット担当の翔子先輩は、星矢の隣に座って、吹き始めた。
「翔子先輩。何だか意気消沈してました。 引っ越し作業に追われてて、疲れているというものもあるんですが、せっかく練習してるこのフルートも演奏会で披露できないですし……」
ふーっとため息をつきながら、 フルートをじっと見つめる。初心者から始めたフルート。半年でだいぶ上達した。ピアノはもともと弾けていたが、フルートまで吹けるようになるとは
思っていなかった。
「そっか。誰かに聴かせたいのね。そしたら、今日演奏会ね。観客はいつも通りの人とプラス私」
翔子先輩は自分の顔に指差して笑顔で言った。
『いつも通りの人』とは、野球部キャプテンである翔太先輩のことだ。
「今日、演奏会? でもどこで?」
「いつも通りそのままの星矢くんでいいのよ。
リラックスして吹いたほうがいい気がするわ。今、練習してるのは全部吹ける?」
「そうですね。全部は吹けるようになってますが、まだ自分のものにはなってません。宙ぶらりんというか……引っ越すってなってからこんな感じです」
「気持ちの置き場に困ってるのね。そしたら、翔太にラインしておくわ」
「え? なんで、連絡するんですか。そんな、前もっていろいろ言ってたらいつものペースで吹けないですよ。緊張しちゃいます」
「何を今更。ほとんど毎日聞いてもらってて?
緊張するって無いでしょう。初めて会った人じゃないよ」
「いや、その。翔子先輩ありきの演奏は初めてですよ」
「いつも聴いてるよ? ここで」
「あ、確かに……」
「演奏会のつもりで吹いてみてね。翔太に連絡しておくから。DMで送られてきた案内みたいに」
「あ、はい。んじゃ、頑張ってみます」
「うん。頑張って」
翔子先輩はニヤニヤしながら、翔太先輩にラインしていた。
まるでチラシで宣伝しているような文面だった。
星矢は内心いつもより緊張していた。構えられると完璧にしないといけないという気持ちになる。
自分にリラックスだと言い聞かせた。
音楽室は楽器演奏で騒がしくなっていた。