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第21話 雨の中の静かな別れ

雨が降っていた。


屋根から滴り落ちる雨粒が、空き缶に触れる。

楽器のように聞こえるが、空き缶はゴミだ。それでも高音が鳴る。


水たまりには、何度も波紋が浮かぶ。

傘から落ちる水滴がぽたんと落ちた。


「星矢くん、何してるの。ほら、もうすぐ、和尚さんくるから。準備して」


 星矢に叔母が声をかける。ここは、葬儀会場。


 雨の降る中、母の葬儀が執り行われていた。

 親戚はさほど多くないが、少人数で行おうと取りまとめてくれたのは、母の妹の工藤紗希だった。星矢の叔母だ。ずっと独身のキャリアウーマン。東京で働いているというのに母が亡くなったことを知ると駆けつけてくれた。


 父は、単身赴任で病気で倒れても来てくれなかったのに叔母は心配して何度も帰ってきてくれる優しい人だった。


「紗希さん、香典リストの管理任せても大丈夫ですか?」


 父が、葬儀屋のスタッフとの話を終えると叔母に近づいた。


「はいはい。任せて。お金管理するからって取って逃げないから。そんなこと言ったら、姉ちゃんに怒られるわね」


 笑みを浮かべながら、香典受付に立つ叔母。

 父は受付の脇に立ち、参列者の方々に深くお辞儀をした。

 母が亡くなったことがまだ実感できない。医師からあと余命3ヶ月ですと言われて、亡くなったのは癌の宣言があって1ヶ月目だった。

 いろんな箇所に転移していたらしい。薬に頼るにも追いつかないスピードだったのかもしれない。


 ずっとそばで見ていた星矢は、目の前で亡くなっても涙が出なかった。信じられなかったんだと思う。まだ肉体は目の前にある。少し揺さぶれば、やめてって声を出すんじゃ無いかと妄想する。

 手は冷たくて、腕は力が抜け落ちていた。

 それでもまだ生きていて欲しかった。


 横で見守っていた妹の亜弥は母が眠るベッドに伏せて泣いていた。

 星矢はヨシヨシと背中を撫でてやることしかできなかった。


 そこへ父が血相を変えて、病室にやってきた。泣いてない。父も信じられなかったんだと思う。何度も何度も肩を揺さぶっていた。笑いながら、嘘だろとそこで声を出さずに泣いていた。


 それを見ても星矢は泣けなかった。

 心はどこに行ってしまったんだろう。


 葬式の最中。

 葬儀会場に和尚さんが到着した。いよいよ本格的にお葬式がはじまる。

 ポクポクと木魚の音が響く。お焼香が順番に参列者に回っていく。

 星矢はそこでも冷静だった。


 また、横で亜弥が泣いている。濡れた手でお焼香をしていた。正面には思いっきり笑顔の母の遺影が飾れられていた。こんなに笑ったことあったのかというくらいだった。星矢は、写真を見て、少し笑みが溢れた。天国でも笑って過ごしてほしいなと願った。



 ◻︎◻︎◻︎



 お葬式を終えて、自宅でのんびりとどっと気疲れをした星矢は、部屋の中、ベッドの上で、寝転びながらスマホをいじっていた。


『よ、元気か』


 いつもの変わりのない翔太先輩のメッセージにホッとする。


「元気ですっと」


 今日は日曜日。翔太先輩は大事な試合を終えたところらしい。今から会えるかと連絡をもらった。近所の公園で会おうということになった。


 星矢は、心なしかぽっかりと空虚感を味わっていた。


「先輩!」


 ブランコに乗っていた翔太先輩に手を振る星矢。すぐに隣のブランコに乗った。


「お葬式だったんだよな」


「はい、無事終えましたよ。母も苦しかったでしょうから、良かったのかな」


「……星矢」


「先輩、試合どうでした?」


 から元気に話題を変えようとした星矢の様子に翔太が何かに気づいた。


「無理に話変えなくていいぞ」


「……先輩」


 笑って、顔を向けた頬には無意識に涙が流れていた。


「あ、あれ。ずっと泣かないでも大丈夫だったのになんでだろう。本当です、先輩。僕、兄ですから、妹が泣いてるのに泣いたら、頼りないって……。 でも、何でですかね」


 とめどもなく滴り落ちる。翔太は眉を歪ませた。


「無理すんなって。泣きたい時は泣いていいんだ。俺を見たら、泣けてきたんだろ? 安心したか?」


 歯を見せてニカッと笑って見せたと思えば、翔太は星矢の頭を優しく撫でた。涙をとめたくてもとめられない。あんなに我慢できていたはずなのにおかしい。星矢は、体の水分が失われるんじゃないかくらいに翔太の胸で泣きつくした。



 午後5時。


 公園の電灯がぼんやりと光るとカラスが泣き始めていた。星矢の心が落ち着きを取り戻した。


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