「ごめんなさい、今、麦茶しかなくて……」
星矢は、誰もいないリビングに翔太を招き入れた。台所から持ってきたコップに麦茶を注ぎ入れた。
「あ、どうも。お構いなく……」
「あ、そういや。ウチに来るって初めてでしたよね。いやーすいません、めっちゃ散らかってて」
星矢は慌てて、テーブルの上に散らかったチラシや新聞、床には、干し終えた洗濯物が乱雑に置かれていた。
「ああ、いや、いいよ。そのままで。見てみないふりするから。それより、麦茶、いただきます」
「あ、はい。どうぞ」
星矢は、片付けようとした体を
落ち着かせて、椅子に座った。
「大変だったな。お母さん、倒れたって。入院になったのか」
「あ、はい。そうなんです。父が、単身赴任してて、なかなか帰ってこれなくて僕が家のことしてるんです。妹いるんですけど、妹の世話というかまぁそんな感じですね」
「学校も落ち着いて通えないよな。おばあちゃんとか頼れないのか?」
「それが、母方の祖母はだいぶ前に他界してるのと、父方の祖母は他県で介護施設に入所しててもう頼れないんです」
「なるほどね。それは大変だ。長男の星矢がやらなきゃないって感じになってるのね」
翔太はずずっと飲んだ。
「母は、年取ってから僕を産んだからとか言ってたので、祖母との年齢のことも考えられなかったって言ってましたね。まぁ、そういう人生です。学校退学になってもあとから定時制でも
通って挽回しようかなって考えてましたし」
「……そこまでなのか」
「でも、今は、学校行ってる暇がなくて……母の容態も怪しいですし。……母が死んだらどうしようって。涙出す予定じゃなかったんですけど」
星矢は話していくうちに担当医の話を聞いて余命が3ヶ月と診断されたことを思い出した。
母が亡くなるかもしれないと考えただけで
悲しくなる。
翔太は、星矢の気持ちを汲み取って、自分の胸に星矢の顔を埋めた。
「な、泣きたい時は泣いていいんだ。男でも女でも関係ねぇ。感情は出すべきだ。赤ちゃんから泣いてきたんだから。な」
翔太は、星矢の頭にそっと手を添えた。
「あ、ありがとうございますぅぅ」
お礼を言いながら、さらに涙を流した。
「うん、よしよし」
今は、このままこうしていたい。
忙しい時間から解放された気分だ。
すると、玄関からドアを開ける音が
聞こえた。
「ただいまぁ!」
妹の亜弥が帰ってきた。
「あ、亜弥、おかえり」
涙を拭って、星矢が声をかける。
「あ、あれ、すごいマッチョなお方。どなた?」
「あ、学校の先輩だよ。挨拶して」
「こんばんは。兄がお世話になってます。妹の工藤亜弥です」
「あ、はい。はじめまして、3年の竹下翔太です。星矢にはもったいないくらいかわいらしい妹だ」
「え、そんな、初対面で褒めてくれるんですか。何も出ないですよ。あ、チロルチョコはあった。どうぞ」
亜弥は制服のポケットから
翔太にチロルチョコを差し出した。
「ど、どうも」
「亜弥、今日、部活は? ジャージ着てないね。サボったの?」
「いいでしょう。別に。私だって、付き合いあるんだから」
「え、亜弥ちゃんは何部?」
「聞きます? 聞きたいですよね。ソフト部です。先輩は何部ですか?」
「マジか、ソフト部か。ポジションどこ? 俺は野球部ピッチャーだぞ」
「うそ、翔太先輩、野球でこの筋肉マジやばくないですか? すっげー。わたし、ポジションはキャッチャーっす。最近、ピッチャーと喧嘩して、部活行きたくないっすよね」
亜弥は、ぷにぷにと翔太の腕を触る。星矢はそれを見てイラッとした。
(僕でも触ってないところなのに)
「喧嘩、それは大変だな。仲直りできるといいけどな」
「先輩、亜弥は気が強いから。手が出ちゃう。それはやめろって指導したら、逃げることを覚えちゃって」
「あー、そうなったのか」
「タイマン張りたくないっすもん。傷つくのいやだし、逃げるが勝ちってあるじゃないですか」
「……そうなると、話は先に進まないけどな。中学生、とりま、頑張って」
翔太はめんどうになったのか、話を終わらせた。星矢は安堵した。
「星矢、俺もできる限り協力するから無理だけはするなよ。」
「はい。ありがとうございます。」
「え? 私の話は終わり?」
「亜弥ちゃんは社会勉強頑張って。友達との関わりね。んじゃ、お邪魔しました」
翔太は玄関で靴を履いて、外に出た。
星矢は追いかけるように一緒に外に行く。
亜弥は、リビングのソファに座った。
「突然来てごめんな。忙しいのに」
「いえ、大丈夫です。先輩に会えて息抜きできたので嬉しかったです」
「そっか。いつでも連絡していいから。迷惑だなんて思わなくてもいいからな」
「は、はい。そう言ってもらえると助かります」
翔太は自転車に乗って家路を急ぐ。
その姿を星矢は見えなくなるまで見送った。
夜空にはカシオペア座の星が輝いていた。