「先輩! 聞いてもいいですか?」
いつものお昼休み。中庭のベンチで星矢は翔子先輩に身を乗り出して聞いた。
「え、なになに、急に」
お弁当を食べていた証拠は、箸でつかんでいた卵焼きをぽろっと落とした。偶然にも弁当箱のふたに落ちていて、セーフだった。
「危なかった。大丈夫食べられるよ。それで? 星矢くん、何を聞きたいって?」
「星矢も突然だよな」
翔太先輩は片手の頬杖をつきながら、言う。
「いやいや、翔太先輩も気にしてましたよね?」
「え、いや、そこまでじゃないし」
「そんな、昨日はそんなこと言ってないじゃないですか」
「え、だから、何の話よ? 2人で話を進めないで。私だけ仲間外れじゃん。ずるいよぉ」
少し泣きそうになる翔子先輩。
「あ、ごめんなさい。そんなつもりはないです。仲間ですよ! 安心してください」
「え?パンツ履いてるかってこと?」
「先輩、僕アメリカに行った芸人じゃないです」
翔太先輩は横で笑いをおさえた震えをずっと起こしていた。
「そっか。違うか。その話かと思った」
「いやいや、話がどんどんずれちゃいますよ。てか、翔太先輩は普通に笑ってくださいよ。逆にそれ、気持ち悪いですし」
「ごめんごめん。それで? 私に聞きたいことって何? ちょっと翔太は、真面目にしてて」
「えっと、翔子先輩に彼氏できなくなったら困るかなと思って、僕たちと一緒にいない方がいいじゃないかと……だんだん申し訳なくなってきて」
「……? 何が? どんな理由で申し訳ないの? というか、私に彼氏いない前提で話を進めないでくれる?」
星矢と翔太は目を丸くして驚いた。翔子先輩は頬を少し膨らませて怒っている。
「え?! 翔子先輩に彼氏いたんすか?」
「翔子にいたの?」
「いるに決まってるでしょう。いなかったら、ここにいないわよ。むしろ、ここにいた方が落ち着くわ。詮索されるの嫌だから」
「詮索? どういうことすか?」
「あまりこういう話したくなかったんだけど、2人は外部に漏らす友達も
いないだろうから言っちゃうけど……」
翔子先輩は、星矢と翔太に耳打ちで彼氏である人のことを話した。
「えーーーー!! 顧問の先生?!」
「し、ばか、みんなに聞こえるつぅーの」
翔子先輩は、ペチンと星矢の頭をはたいた。
「そっか、翔子はそういうのが好みなんか」
翔太は、変に納得していた。 星矢は、これまでのことを思い出すとずっと部活ではべったりと寄り添っていなかった顧問と翔子先輩。むしろよそよそしい態度で、いるんだかいないんだか先生だった。まさかそこまでの関係なんてと変な想像したら、星矢の鼻から血が出てきた。
「星矢くん、どんな想像した?」
翔子は星矢を睨んだ。
「ご、ごめんなさい。僕、花粉症で、ひどくなると鼻血が出るんです」
言い訳をするように慌てて、ティッシュを鼻につっこむ。
「いや、今の絶対変な想像だな」
翔太はツッコミをする。
「だよね。星矢くん、やめてもらえる? 私と先生の想像するの。確かにここで言えない1つや2つ以上の関係ではあるけどね。あなたたちには負けるわ」
「は?!」
「え? 違うの? ラブラブじゃん」
「まだそこまでは……」
「先輩、喋りすぎです!!」
耳まで真っ赤にする星矢。翔太は照れて嬉しそうだった。
「そこまで行くつもりだったのか?!」
翔子先輩はお笑い芸人のようにツッコミをした。
翔太先輩は笑いがとまらない。星矢は鼻血がとまらない。
「まぁまぁ、仲良くて何よりよ。他人と仲良くするのも大変な世の中で、家族と仲良く持続するのも大変だからさ。うまくやんなよ、お2人さん。私はそろそろ退散するわ。女子チームとの時間も取らないとね」
「お、おう」
翔子先輩は、翔太先輩の肩を叩いて立ち去った。
「何か、含みのある言葉でしたね。大丈夫かな。翔子先輩」
「まぁ、いいじゃね。んで? 俺らはどうすんのさ。いつ俺の家来るの?」
「うわ、襲われる!?」
「んなわけないだろ。星矢が読みたい漫画あるから貸すって話してただろ」
「あ、そうでしたっけ。はい。んじゃ、近いうちに」
「えー、それって、いつよ」
「近いうちで」
「つまらない」
「駄々っ子ですか?」
「ぶぅー」
頬を大きく膨らます翔太先輩に星矢は笑みをこぼした。
「欲しがりですね。そうだなぁ。んじゃ、次の試合で勝ったら?」
「遠い道のり……」
「がんばろうという気がないんですか?! キャプテンですよね?」
「それとこれとは別だろ。モチベ上がらねぇなぁ」
テーブルに顔をうつ伏せた。
「わかりました! 今日、金曜日だから。部活終わりの今日にしましょう」
「き、今日?! 心の準備がまだできてないからちょっと……」
「急かす割には……チキンですね」
「俺は鶏肉より豚肉が好きだ。ひきにくです!!」
「何を言ってるんですか。もう日程決めるのやめますね。SNS見過ぎですよ、先輩。そして、少し古い……」
予鈴のチャイムが鳴った。星矢は翔太先輩を置いて、教室に向かった。
そんなやり取りも楽しくて好きだった。こんなに学校に来ることが
楽しくなるなんて、ほんの数ヶ月前には考えられなかった。
星矢は教室で1人過ごすのも特に嫌がることはなかった。
誰かに好かれていて自己肯定感が上がったからだと感じた。