「翔太先輩!」
フルートでモーツァルトの曲を演奏しているといつの間にかいつもの花壇のふちに座っている翔太先輩が目をつぶって聴いていた。
「え、もう、やめちゃうの? 聴いてたからもっと吹いてよ」
「……まだ練習してて、自信ないんですよ。それでも聴きますか?」
「俺は、不器用でも一生懸命吹いてんだったらどんな曲でも聴くさ。まぁ、星矢の場合は手を抜くってことはしないだろ」
「……ミスはしますけど、怠けることはしませんよ。もちろんです」
「んじゃ、いいから。吹いてみろって。待ってるから」
2階の窓から覗いて、ドキドキしながら、校舎外の花壇に座る翔太先輩に 向かってフルートを吹いた。腕を組みながら、真剣に聴く翔太先輩にミスしてはいけないとこちらも真剣に吹かないとと集中して吹いたら、案外間違えることなく吹くことができた。
吹き終わってから、ため息をついた。
「ど、どうでした?」
「ん!」
翔太は、いいねのポーズをして、アピールした。歯を見せてニカッと笑った。
その表情と仕草を見て、星矢は吹いて良かったと安心した。
「ほら、そろそろおりてこいよ。鍵、職員室に持っていくんだろ?」
「はい! 今行きます!」
ミッションをやり切った星矢は荷物をまとめて、バックを肩にかけた。
戸締りをしっかりとして、下で待つ翔太先輩のところへ駆け寄った。
息を荒くして、近づくと、翔太先輩は、星矢の額にそっと手を置いた。
ワシャワシャと撫でた。
「ヨシヨシ!!」
まるで犬かのような撫で方だった。でも少しでも翔太先輩に近づけたようで
嬉しかった。もっと一緒にいたい気持ちが高まった。
どうして、翔太先輩は、僕に対して、こんなに優しくてあたたかいんだろう。一緒にいることで逆に不安になる。
本当に隣にいるのは僕でいいのかと考え始めた。
*****
「んじゃ、ここでお別れだな」
十字路の分かれ道。翔太先輩は右の道に、星矢は左の道に行く。もっと長くいたかったが、別れの時間だった。
「先輩、ラインしてもいいですか?」
「ああ、いいぞ。でも、待ってな。俺、既読スルーしちゃう時あるけど、絶対読んでるから。返事かえすのが遅いだけだからな」
「あ、はい。わかりました。僕も返すのが遅れるかもです。その時は気づいた時に送りますね」
「ああ。んじゃな」
手を振って、翔太先輩は笑顔のまま、立ち去っていった。離れていく姿に心が欠けた。ホカホカしていたはずなのにだんだん寂しくなっていく。まだいたかったな。
そんな余韻を残しながら、星矢は、家路に向かった。
すると、翔太は、振り返って、星矢の体を自分の胸に押し付けた。ハグをしたつもりなんだろう。力が強くて、鼻がぶつかった。
「あ、わるい。そんなつもりじゃ」
「だ、大丈夫です」
「ごめんな」
「嬉しかったんで、謝らないでください」
「また一緒に帰ろうな」
翔太は、星矢の顎をくいっとあげて、キスをした。星矢は、背中に羽根が生えたように高揚した。
「歯止め効かなくなるかもしれないからここまでな」
「え?! 歯止め?」
薄暗い電灯の光の下で翔太は、そっと星矢から離れた。
「今度こそな」
別れ惜しそうに翔太は、振り返った。星矢は嬉しすぎて、プルプルと震えが
止まらなかった。まだこの手にぬくもりが残っている。
月明かりがぼんやりと2人を照らしていた。