野球部の地区大会の試合が終わっての翌日の昼休み
いつものように星矢は、吹奏楽部の部長の翔子、野球部のキャプテンの翔太とともに中庭のテーブルで昼食をとっていた。
「昨日の試合頑張っていたよね」
お弁当に入っていたナポリタンを食べながら言う翔子は、口の周りにケチャップをつける。
「ああ、まぁな。翔子、口にケチャップついてるぞ」
翔太は何気ないこともよく気がつく。すぐにバックの中からポケットティッシュを渡した。
「ああ、ありがとう。ついつい、美味しくて気づかなかった。翔太がティッシュ持ってるなんて意外だわ。星矢くんの方が女子力高いのよ?」
「え?」
星矢はその発言にびっくりした。
「ね。ティッシュ、ハンカチはもちろん持っているし、絆創膏、ソーイングセットもバックに入れてるもんね」
「ああ、まぁ。母がそういうのうるさくて、いつも入れてますけど、女子ではないです」
「知ってるよぉ。きちんとしてるのをそう表現するの。気にした? ごめんね」
翔子は星矢の肩をバシッとたたいた。
「そうなんだ。しっかりしてるんだな」
テーブルの上、腕の中に顔をうずめて翔太は星矢を横から見る。なぜか翔太の顔がキラキラして見える。褒められたからか、頬を赤らめた。
「おっとぉ〜、そろそろ私は退散しようかな。んじゃ、また部活でね」
翔子は、2人の様子に邪魔してはいけないだろうと、ハンカチに包まれたお弁当を持ってその場から離れようとした。
「あ、ちょっと待って。昨日の試合で気になってたことがあって……」
翔太は、立ち去ろうとする翔子の肩に触れて、戻るよう促した。
「え?それ、私も関係するの? 星矢くんに聞けばいいんじゃない?」
「2人に聞きたいんだよ」
「あ、そう」
複雑な顔を浮かべて、ベンチに座る翔子。改めて、3人が顔を合わせる。
昨日の地区大会試合では、キャプテンである翔太が先発ピッチャーをつとめたが、途中ランナーを増やしたことにより、クローザーに交代した。それにより、さよならホームランに持っていくことができた。でも、その先発としてピッチャーをしたことで試合に負けそうになったと不安で仕方なかった。
「もっと早い段階で交代した方良かったのかな。投球数が増えたこともあるし、体力がなくなってきたことでコントロールが効かなくなったんだよ。俺がミスしなければ、早く点数を取れたんじゃないかって後悔してるんだ」
「翔太は、そんなことで悩んでるの。私は結果オーライだと思うわ」
「すいません、先輩。僕も翔子先輩に同感します」
「……考えすぎってことか」
「そもそもさ、勝てたのはクローザーをした後輩だからって思ったから悔しいんじゃないの?」
その言葉に星矢も頷く。
「野球てさ、9回まであって、その回数ごとにドラマがあるんだよ。最後の人がやったからその人の勝利、手柄とかじゃないんだなぁ。翔太が投げた分も勝利に繋がってるの。無駄なことはないと思う。自信持ってよ。途中、負けそうになったかもしれないけど、監督の匙加減で、軌道修正したわけだから、結果よかったじゃん。そのまま翔太がピッチャーやってたら負けてたよ。助けられたって思ったらラッキーじゃん」
「えーーー、負けてるって言ってるじゃん」
「先輩、意外とナイーブなんですね」
星矢はボソッと言う。
「翔太は過大評価しすぎよ。いつでも自分が100%出せると思うの? 野球はチームワークだよ。お互いに誰かに助けられて勝利を勝ち取るんだよ。人間1人じゃ生きられないって野球で教えてくれてんじゃん」
翔子はコンコンと納得させた。翔太は聞いてると、何だか大丈夫なんじゃないかと思えてきた。
「おー、そうか。俺は、自分に厳しいのか」
「何でもかんでも1人じゃないよ。生まれた時から親子で2人で出産がんばるんだよ。それが1人でできると思うの?」
「ん? 翔子は俺の母さんだったか?」
「んなわけないでしょう。これは、私のお母さんの受け売りよ。そう教えてくれた」
「だよな。わかっているけど、母さんに見えてきた」
「先輩、僕も翔子先輩がお母さんに見えます」
「崇めたまえ〜」
お釈迦さまのような格好になる翔子にハハーと土下座しようとしたが、慌てて体勢をもどす。
「冗談やめてよ。私は仏さまでもなければ観音さまでもないわ。普通の高校3年の女子だよ」
「……いい親御さんだな。きちんと教えてくれて」
翔太は、感心した。星矢も同様に何度も頷いた。
「まぁまぁ。人生平坦なことばかりじゃないし、むしろ失敗の方が多いっていうしね。明るく前向きに生きた方が楽しいでしょう。んじゃ、そろそろいくわ。今度こそ」
翔子は話が終わったと思うと颯爽と立ち去って行った。
星矢は、翔子の発言に感動した。
「僕も前向きに生きようかな」
その言葉を聞いて、じっと、黙って星矢の顔を見る翔太。
「ん? 何かついてます?」
「俺はいい友達を持ったよ。幸せだ。あ、星矢の場合は友達以上だけどな」
歯をにかっとさせて、さわやかな笑顔を見せた。顔の周りにキラキラとした 星が見えそうだ。星矢は、翔太の言葉にドキドキして、顔を赤くして下を向いた。
「今日の帰りもフルート吹いて。下で聞いてるから」
「え?」
「んー、モーツァルトでいいよ」
「えー、練習したことないですって」
「まぁまぁ、試しにね」
翔太は立ち上がって、お弁当を持ち上げる。立ち去ろうとする翔太を追いかけた。学校に来るのが楽しみになったのは、翔太と翔子のおかげかもしれない。
同じ同級生がいる教室で話す友達がいなくても、毎日がウキウキしていた。