放課後の部活動で、星矢はフルート演奏に夢中になった。
YouTubeであげている初心者向けのフルートの吹き方をスマホで凝視しながら、口を丸くして真ん中で吹くと説明していた。
口をタコのようにして丸くしてると、部長の翔子先輩が音楽室に入ってきた。
「工藤くん、どうしたの?」
部員は星矢以外は筋トレや学校の周りを走らなきゃと外に出ていて、他に誰もいなかった。走るのが苦手な星矢はとにかく、演奏を重点的に練習していた。
にらめっこをしてるようで、翔子は笑うしかなかった。
「あ、部長。お疲れさまです。来てたんですね。すいません、変顔して。フルートの吹く練習で口元作ってました。笑わすつもりはなかったです」
「あ、ほんと。面白かった。そっか、練習熱心だね。フルートはわりかし他の楽器と比べて難しいからね。まあ、それぞれにメリットデメリットあるんだけど、どれも言えるのは肺活量よね。工藤くんは外に走りに行かないの?」
「ちょっと体力的なことは……苦手で。ごめんなさい、サボってるみたいで」
「ううん。こちらとしても無理強いはできないから、いいんだよ。そしたら、その分、演奏の練習は真面目にね。1番は、吹くか吹かないかだから。やるかやらないか。他のことして、やらなきゃいけないことできなかったら、本末転倒だものね」
「良かった。怒られるかと思いましたよ」
星矢は拍子抜けした顔をした。
「怒らないよ。今はコンプライアンスにひっかかるから。昔から言われているのは、 ほうれんそうって言うでしょう? 報告・連絡・相談はどこでも同じだし、あと、おひたしも必要なのよ。怒らない・否定しない・助ける・指示するっていうのが、大事らしいんだわ」
指折り、順番に説明している姿を見て、感心する星矢。
「部長、かっこよ。いや、本当、かっこいいですね。上司にしたいです。まだ高校生ですが」
「そう? ありがとう。父親がそう言うの細かく言ってくるのよ。部長の心得とはって。面倒でしょう?」
「へー、そうなんですか。しっかりしたお父さんなんですね」
「工藤くん、まだあるのよ。小松菜もあるわ」
「え? 野菜ですか?」
「ほうれん草の続きね。困ったら、使える人に投げるって言う用語もあって、あと、チンゲンサイもあって、部下相手に沈黙させること、限界まで言わない、最後まで我慢をさせてはいけないって言う、ビジネス用語があってさ。 ごめんね、話長くなったんだけど、部員みんなには平和に過ごしてほしい部長の心得でした」
マジマジと翔子先輩を見て、勉強になった星矢だった。
「部長、もう今からでも会社立ち上げられるんじゃないですか?」
「いや、まだ高校生だし。それはないよ。確かにお父さんは会社で役員してるけど」
2人が会社の心得をなぜか部活の心得になった話をして盛り上がっていると、学校の外周をしていた部員たちが戻ってきた。
「今、戻りましたー。あれ、お2人は走らなかったんですか?」
2年部員の
「あ、ごめん。ちょっと顧問の先生と職員室で話しててね。外周お疲れさま!」
「工藤くんも?」
「はい、ちょっと走るのは……」
「それってサボりじゃないの?」
「杉崎さん。そう言うこと言わないで。走りたくないならあなたも走らなくてもいいのよ」
「え、いや、そう言うわけじゃ……。私はダイエットがてら走ってるだけで……」
サボるサボらないで人を貶してはいけない。それは自分と違うことの比較でマウントをとっている。それぞれやり方は違うのだ。
「それなら、杉崎さんなりに走ってるわけだから工藤くんは関係ないのよ」
「そうですね。すいません、余計なこと言いました」
すると、他の部員たちもぞろぞろと戻ってきた。
いい運動、いい汗をかいたようだ。
「みんな、お疲れ様〜。疲れたよね、今日は自主練習だけで終わりにしましょう。外も暗くなってきたことだし、あと20分、各自練習でお願いします」
「はーい。了解しました」
部員たちは良い返事をして、それぞれ練習を始めた。
※※※
午後6時になり、部員たちは楽器をケースにしまったり、帰り支度をした。
「工藤くん、今日はどうするの? 残って行く?」
音楽室の鍵を持って、部長の翔子は声をかけた。
「今日は早く帰るようにと家族から言われていたので、帰りますよ」
「そっか。んじゃ、翔太くんには会わないんだね」
「はい、そうなりますね」
部長の翔子先輩は残念そうな顔でいう。
「工藤くん、残念だけど、もう翔太くんと私と3人で一緒に食べることはできないわ」
「え?」
星矢は驚いた顔をした。窓の外では1番星が光っていた。