「ここだよ!ここ!」
そう叫んで有紀が飛び込んだ店には、とても目立つ派手なカラーリングの看板が上がっていた。
AKIBAコンパス。
青地に白文字、しかも赤い縁取りが大いに自己主張している。
AKIBAコンパスは秋葉原発祥の、オタク向け全国チェーン店だ。その本店であるこの店は、秋葉原文化村と言う地上6階・地下2階建ての巨大なビルの一階と二階の二フロアーの全てを占めている。
扱っている商品も多彩で、新作、中古を問わず漫画の単行本やラノベ等の小説に始まり、アニメのCDやDVD、キャラクターグッズやフィギュアなどなど、オタクにうれしいアイテムが山積みである。そして、紗菜と有紀のお目当てである中古同人誌の品揃えも抜群だ。男性向け、女性向け、成年コミックからBLに至るまで、無いジャンルを探すのが難しい。
しかも、広大とも言える売り場面積を誇ってはいるものの、平日の日中でさえ混雑を免れない。日本中のオタクが集まる、ある意味聖地だと言っても過言では無い場所なのだ。
そんな店に初めて訪れた二人である。欲しい物を探すのに、まさに右往左往していた。
中古同人誌売り場は二階だ。
そして、紗菜が探しているのはテレビアニメのパロディ本、いわゆるアニパロである。
「たぶん、このあたりだと思うんだけどなぁ」
そうつぶやきながら、紗菜は巨大な図書館のように並んでいる書棚をたどっていた。サークル別に五十音順に並んでいる場所と、作品別に並んでいる書棚は違うらしい。少し混乱しながらも、彼女はついにその作品名にたどり着いた。
「あった!ここだ!」
紗菜が思わず指差した棚には「ワールドカーラー」と書かれた仕切り板が差し込まれている。
ワールドカーラーは、冬季オリンピックを目指すカーリング女子たちの青春を描いたテレビアニメだ。紗菜がカーリングに夢中になったのは、カーリング女子世界選手権2025のテレビ中継を見てからという、いわゆるニワカである。スポーツは、見るのもプレイするのも大の苦手だった彼女にとって、それは青天の霹靂だった。テレビ中継の巧みさもあり、彼女にもそのルールが理解できたのだ。そしてタイミングよく始まったカーリングのアニメ、それがワールドカーラーだったのである。
女子ヲタに人気のスポーツアニメは、サッカーや水泳、バスケットボールなどの男子選手を描いたものが多い。しかも同人誌の中には、単なるパロディにとどまらずBLと呼ばれるジャンルのものも多いのが現状だ。だが、紗菜はまだそこまでには手を出していなかった。と言うより、彼女は女子たちが主人公の青春モノを好む傾向がある。可愛い女子たちがわちゃわちゃしている、微笑ましい内容のパロディが好みなのだ。
紗菜は同人誌の一冊を手に取ると、急いでページをめくった。やっと見つけたお目当てに、はやる心を抑えきれない。
「やっぱりジュナちゃん、可愛い〜」
彼女はワールドカーラーの主役の一人、スキップのジュナがお気に入りなのだ。
「お!紗菜どの、良いブツは確保できたのかね?」
有紀が、時代劇のような違うような謎の口調でそう言うと紗菜に歩み寄る。
「うん!これ見て、可愛いでしょ!」
「うひょー、紗菜どのは相変わらず百合がお好きじゃのぉ」
「百合じゃないよ!青春だよ!」
紗菜はちょっとふくれると、有紀の言葉を否定した。
有紀ったら、何でもえっちな方向に考えるんだから!
紗菜は有紀のことを、進歩派のオタクのように感じる時があった。R18の成人コミックはもちろん、同人誌ではBLモノについてもとても詳しいからだ。もちろん、それが良いことなのかどうかは、紗菜には判断がつかなかったのだが。
「このジュナちゃん、カワイ過ぎ!」
そう言って紗菜は、開いていたページを有紀に向けた。
「どれどれ」
あれ? 有紀がダブって見える?
もしかして、立ちくらみ?
その時突然、紗菜の意識が飛んだ。
いや、飛んだように一瞬途切れたように感じたのだ。
いけない……こんなところで倒れるなんて。
そう思い、首を左右に振る紗菜。
そのおかげか、彼女の意識はスッと覚醒するようにハッキリとしてくる。
良かった……きっともう大丈夫。
そう思い、再び有紀に同人誌を見せようとして自分の手元に目をやった。
「え? 何、これ?」
そこに同人誌は無かった。代わりに彼女が手にしていたのは、メガネをかけた少女の人形である。どうやら、ディスプレイしてあったものを手にとっているようだ。驚いてその手に力が加わると、人形の右手が自動的にサッと上がった。
あわてて、その人形のパッケージらしき箱に目を向ける。
超合金Dr.スランプ「んちゃ!アラレちゃん」
「んちゃって?」
わけが分からないままその人形を見つめていた紗菜に、後ろから声がかかった。
「お!スイッチ押すと、んちゃってするのか!よく出来てるな!」
声のした方へ目をやると、そこにいたのは有紀ではなかった。若い男性である。真面目そうな見た目でメガネをかけている。髪は染めずに黒いままで、筒のような不思議なバッグを肩から下げていた。
大学生ぐらい?
そう思った紗菜だったが、どうして大学生男子が自分に話しかけて来たのか、サッパリ分からない。いやそれ以前に、同人誌を眺めていたはずの自分が、どうして人形を手にしているのか?
驚きのあまりパッと顔を上げた紗菜の目に飛び込んできたのは、派手な文字が踊る看板ではなかった。
キデイランド大阪梅田店。
白地に真っ赤な可愛い文字が並んでいる。
大阪って? 私、秋葉原にいたはずじゃ?
「おい大輔、大丈夫か?」
さっきの大学生が、心配そうに紗菜の顔を覗き込む。
大輔? 男の子の名前? 私、女の子だけど?
いや、その前に私、紗菜だけど?
全ての状況が、彼女を混乱させていた。